第9話「王都攻略:『強制メンテナンス』の告知」
王都は、想像以上に巨大だった。
方舟のモニターに映し出される城壁。一辺が数キロはある。石造りに見えるが、管理者モードで見ると、ナノマシンで強化された複合素材だ。数百年の風雨に耐え、今も防御力を維持している。
城壁の内側に広がる街並み。石畳の大通り。市場。住宅区画。そして中央に聳える白い塔。王宮だ。塔の頂上から、光の筋が四方に伸びている。ナノマシンの信号線。この街全体が、あの塔を中心にネットワーク化されている。
その塔の周囲に、自動砲台が十二基。「神の雷」。この世界の住人が崇める最強兵器。
管理者モードで都市全体をスキャンする。ナノマシン濃度が異常に高い。村の百倍以上。この濃度なら——あの砲台も、街の防壁も、全て俺のコマンド圏内だ。
「あれが王都……大きい……」
リーゼが窓に張り付いている。その目には、畏怖と好奇心が混ざっている。村の外に出たことのない少女が、空の上から人類最大の都市を見下ろしている。
「宙の旦那。真っ正面から行くのか」
カインが操縦席の後ろに立って腕を組んでいる。いつもの姿勢だ。
「真っ正面から行く」
「正気か?」
「正気じゃなかったら、宇宙船で王都に乗り込んだりしない」
「……たしかに。で、作戦は?」
「作戦も何も——挨拶してから入る。礼儀正しくな」
「礼儀正しく宇宙船で乗り込むのは、礼儀正しいって言わねえと思うが」
「細かいことは気にするな」
方舟を王都の上空一千メートルに停止させた。ここなら「神の雷」の射程内だ。当然、向こうも気づいている。城壁の上で兵士たちが走り回っている。鐘が鳴っている。街がざわめいている。空に浮かぶ銀色の船。この街の住人にとって、こんな光景は見たことがないだろう。
モニターが警告を出す。
『マスター。地上から複数の攻撃シグネチャを検知。自動砲台が方舟をロックオンしています』
「何基ある」
『十二基。全基が充填完了。発射まで推定三十秒』
「リーゼ。怖いか」
「……怖くないって言ったら、嘘になる。でも——宙さんが大丈夫って言うなら、大丈夫」
この子の信頼は、本当に重い。重いけど——応えなきゃいけない重さだ。
「カイン。座っとけ」
「立ってた方が剣を——」
「上空一千メートルで剣を抜いてどうすんだよ」
「……座るわ」
このやり取り、二回目だな。
管理者モードで、十二基の自動砲台をスキャン。構造解析。——読めた。こいつらも同じだ。ナノマシン製。OSは旧式。管理者権限が通る。冷却システムが劣化しているから、無理に撃ったら自壊するやつもある。
だが、ここで黙ってデバッグするだけじゃ足りない。この街に住む十万人に、伝えなきゃいけないことがある。
「方舟。この都市全体に、管理者通知を強制送信できるか」
『可能です。都市内のナノマシンネットワークを中継すれば、全住民の視界に直接テキストを投影できます』
「全住民の視界に——」
つまり、ポップアップ通知。回避不能の。ゲームのメンテ告知みたいなやつ。ログイン中のプレイヤー全員に強制表示される、あの鬱陶しいやつ。
「……やるぞ」
「旦那、何する気だ」
「メンテナンスの事前告知。——様式美だろ」
「あんたの美学はよくわかんねえよ」
コンソールに手を置いた。管理者権限で、テキストを入力する。
——送信。
その瞬間、王都の十万人全員の視界に、半透明の文字が浮かんだはずだ。市場で買い物をしている商人にも。路地裏で遊んでいる子供にも。王宮で玉座に座っている王にも。平等に。回避不能で。
『【緊急通知】
無能な運営による不当な管理を検知しました。
これより、全システムの「強制メンテナンス」を実行します。
ご不便をおかけしますが、ご理解とご協力をお願いいたします。
管理者:倉橋宙』
「……なんでお知らせ文体なんだよ」
カインが後ろから突っ込んできた。
「メンテナンスには告知が必要だ。ユーザーへの事前通知なしのメンテは炎上する。基本だろ」
「何の基本だよ」
「運営の基本だよ」
リーゼが首を傾げている。「めんてなんす」の意味がわかっていない。だが、空気は読んでいる。何か大きなことが起きるのだと。
十秒後。応答が来た。
自動砲台十二基が——一斉に火を噴いた。
蒼白の光が方舟に向かって殺到する。「神の雷」。この世界の最強兵器。王都を何百年も守ってきた絶対防衛圏。十二条の光が、空を切り裂いて迫ってくる。
リーゼが声を上げた。カインが反射的に剣の柄に手をかけた。——上空一千メートルで剣を抜いても意味ないって言っただろ。
——コンソールをスワイプする。
「管理者権限——対象:自動砲台十二基。全基、強制シャットダウン」
光が——消えた。
発射された「神の雷」が、放物線の途中で崩壊した。蒼白のエネルギーが霧散し、空に青い粒子を撒き散らして消える。花火みたいだった。ただし、殺意のこもった花火だ。
同時に、十二基の砲台が沈黙した。砲身の光が消え、稼働音が止まり、何百年も街を守ってきた「神の力」が——ただの鉄の筒に戻った。
「……綺麗だった」
リーゼが呟いた。光の粒子が窓の外で舞っているのを見つめている。
「綺麗って……あれ、俺たちを殺そうとした攻撃だぞ」
「でも、消える時は綺麗だったよ」
……この子の感性は、時々よくわからない。嫌いじゃないけど。
方舟のモニターに、王都の映像が映っている。街中がパニックだ。空に浮かぶ銀色の船。消えた「神の雷」。そして全員の視界に焼き付いた、あの管理者通知。
市場では商品が散乱している。兵士たちが右往左往している。城壁の上から、望遠鏡でこちらを覗いている者もいる。
『マスター。地上から通信要求が来ています。王宮からです』
「出ろ」
ノイズの向こうから、怒声が響いた。
「——何者だ! 神の雷を止めるなど、ありえぬ! 貴様、一体何を——」
「聞こえるか。俺の名前は倉橋宙。管理者だ」
沈黙。
「お前たちが『神の力』と呼んでるものは、全部、俺のコマンドで動いてるシステムだ。砲台も、城壁も、鎧も。全部。——お前たちは、その力を使って何をした? 民を搾取し、魔法使いを徴兵し、歯向かう者を殺した。違うか」
「き、貴様……! 何を知った口を——」
「知ってるよ。全部見えてるんだ、上からは。——言い訳は聞かない。今からそっちに降りる。玉座を空けて待ってろ」
通信を切った。
リーゼが呆然としている。カインが口笛を吹いた。
「……旦那。今の、録音してたか?」
「してないけど」
「惜しいことしたな。歴史に残る啖呵だったぜ」
「歴史に残らなくていい。バグが直ればそれでいい」
「謙虚なんだかふてぶてしいんだか、わかんねえ男だな」
方舟が、ゆっくりと王都の中心に向けて降下を始めた。
城壁の上で、兵士たちが見上げている。街の住民が、空を見上げている。子供が指をさしている。老人が膝をついて祈っている。
銀色の船が、白い塔の隣にゆっくりと着地した。着地の衝撃で石畳が割れ、砂埃が巻き上がる。
ハッチが開く。
俺は一歩、踏み出した。
王都の空気は、村より乾いていた。石と金属の匂い。人の気配が濃い。十万人の都市。その全員が、今、空を見上げている。
石畳の上に、三人の影が伸びる。俺と、リーゼと、カイン。
目の前に、王宮の門が開いている。門番は逃げたらしい。誰もいない。
「さて」
首を鳴らした。
「メンテナンスの時間だ」




