第7話「傭兵カインと、バグだらけの騎士道」
男の名はカイン・ヴェルナー。傭兵。年齢は「覚えてねえ」。
——とは言っても、最初から友好的だったわけじゃない。
方舟のハッチを開けた瞬間、刃が喉元に突きつけられていた。
振動剣。刀身に溝が走った、この世界では珍しい近接武装。ただし——光っていない。管理者モードで見ると、エネルギーセルが完全に枯渇している。今のこれは、ただの重い鉄板だ。
「悪いな、管理者の旦那。雇い主が寝ちまったんでな、俺だけでも仕事を完遂させてもらう。——死んでくれ」
「やめとけよ、おっさん」
「おっさん言うな。……で、なんでそんなに落ち着いてんだ」
「その剣、電池切れだろ。今のそれ、ただの鉄板だぞ。俺を殺すなら、もう少し振り回す必要がある」
カインの目が細くなった。嘘じゃないとわかったんだろう。十年間、光らない剣を振るってきた男だ。自分の武器の状態くらい、体でわかっている。
「……知ってたのか。なら、なおさら——」
「なおさら、死ぬ前にやることがある。——その剣、ちょっと触るぞ」
刃を避けて、刀身に指先を「トン」と触れた。
管理者権限でナノマシンの配列を読む。振動剣の設計図が頭の中に展開される。共振周波数の設定値。エネルギーセルの規格。出力リミッターの閾値。——なるほど、いい剣だ。設計は悪くない。ただ、電池が空っぽで、リミッターが低く設定されすぎている。
エネルギーセルに方舟の魔力素を流し込む。急速充電。ついでにリミッター解除。
ブゥン、と低い振動音。
刀身が——青白い光を纏った。
「——っ!?」
キィィィィィン、と高周波の駆動音が響く。大気が刀身の周囲で物理的に削れている。カインの手が激しい振動で痺れ、剣を取り落としそうになる。出力が、かつてのそれを遥かに超えている。
「な……っ! 出力が……さっきまでとは桁が違う……!」
「充電しただけだ。あと、ついでにリミッターを外した。共振周波数もちょっと調整した。——おっさんの腕なら、扱えるだろ?」
カインが両手で剣を握り直した。震える腕に力を込めて、振動を制御する。さすがにプロだ。数秒で剣を制御下に置いた。
刀身を見つめている。青白い光の中に、自分の顔が映っている。
「……十年だぞ」
声のトーンが変わった。
「十年、こいつは光らなかった。『聖剣』なんて呼ばれてた頃が嘘みたいだった。どこに持って行っても直せなかった。魔法使いにも見せた。鍛冶にも見せた。誰も、こいつを起こせなかった。——それを、指一本で」
「呪文じゃない。充電だって言ってるだろ——」
「いや、俺にとっちゃ呪文だ」
カインが剣を持ち上げた。光が天井に反射して、ブリッジの壁に模様を描く。
「——死んだと思ってた相棒が、生き返ったんだからな」
その声に、ほんの少しだけ震えがあった。この男にとって、この剣は単なる武器じゃない。十年間、光らない鉄の棒を背負い続けた男。捨てなかった。手放さなかった。動かない相棒を、ずっと連れて歩いていた。
「……大事にしろよ、おっさん。定期的に方舟で補充すれば、使い続けられる」
「大事にしろ、か。……言われなくてもな」
カインが剣を鞘に収めた。そして——笑った。鉄面皮が、初めて崩れた。歯を見せて、ガキみたいに。
「……参ったよ、旦那。殺しに来たはずが、恩を売られちまった。プロとしちゃ最悪の展開だ。——で、用件は? こうなった以上、タダで帰るわけにもいかねえ」
「話が早くて助かる。——この船のセキュリティ、つまり警備員にならないか」
「警備員、ね。物騒なデカい箱の番犬か。……報酬は」
「その剣の永久メンテナンス。見たこともない美味い酒。それと——この世界の『裏コマンド』を教えてやる。お前が知らない真実への招待券だ」
カインが腕を組んだ。考えている——ふりをしている。目は既に決まっていた。
「酒と真実か。……金より長持ちしそうだな。悪くねえ。——最高にイカした雇い主だよ、あんた」
拳を突き出してきた。
握り返した。硬くて、熱い手だった。
おっさんを強化して仲間に引き入れる。うん、テンプレ通りすぎて安心するわ。あとは酒場があれば完璧だったんだけどな。
後ろから声がした。
「……あの……」
リーゼだ。ブリッジの入り口から顔だけ出して、こちらを窺っている。カインと目が合った瞬間、ひっ、と首を引っ込めた。
「出てこいよ、リーゼ。こいつは今日から味方だ」
「……ほ、本当に? さっき、宙さんに剣を向けてたのに……?」
「仕事だったんだよ、嬢ちゃん」
カインが苦笑した。刺々しさはない。
「雇い主が消えたんでな。新しい雇い主に乗り換えただけだ。プロの流儀ってやつさ」
リーゼがおそるおそる近づいてきた。カインの顔を見上げる。カインが見下ろす。身長差が五十センチ以上ある。
「……カインさん、怖い人かと思ったけど……剣が光った時、すごく嬉しそうだった」
「聞こえてたのか」
「うん。……だから、悪い人じゃないんだなって」
カインが一瞬、面食らった顔をした。それから、ぼりぼりと後頭部を掻いた。
「……鋭い嬢ちゃんだな」
「リーゼだよ。リーゼ・アルヴァイン」
「カインだ。よろしくな、リーゼ」
悪い空気じゃない。三人目の仲間。パーティー編成としては——物理攻撃担当のおっさん、サポート担当の村娘、そしてシステム管理者の俺。バランスは悪くない。
——さて。仲間が増えた。船がある。剣もある。次は——。
『マスター。長距離通信に、微弱な信号を検知しました』
方舟のAIが報告する。あの、どこか懐かしい声で。
「信号? どこからだ」
『発信源は……この惑星外です。座標を特定中——完了。信号の種類は、SORA管理ネットワークの暗号化プロトコルと一致します』
SORA。
あの世界のAI。俺を「欠陥品」と呼び、「0.003%のエラー」として追放した存在。
その通信が、この星の外から飛んできている。
「……方舟。その信号、復号できるか」
『部分的に可能です。解析には、上空へ移動してアンテナの展開が必要です』
上空。つまり——飛ぶ、ということだ。
「……リーゼ。カイン」
二人が振り向く。
「この船、飛べるらしい」
リーゼの目が輝いた。カインの目が細くなった。
窓の外には、二つの月が昼の空にうっすらと浮かんでいる。あの月の向こうに、答えがあるかもしれない。俺が何者なのか。なぜこの権限を持っているのか。そして——「ユイ」が、誰なのか。
だが、飛ぶ前にやることがある。
「……まずは、村の防衛を固める。領主が諦めるはずがない。次はもっと大きな力で来る」
カインが頷いた。
「同意だ。飛ぶのは、地面を固めてからだな」
「さすが警備員。話が早い」
「褒めんな。照れる」
絶対照れてない顔で言った。
「やれやれ、若い主人は使いが荒い」
「まだ何も頼んでないだろ」
「勘だよ。プロの」
……嫌いじゃない、このおっさん。
——その頃。はるか遠い世界で。
白い軍服の女が、暗いモニターの前に座っていた。
ミレイ・ヴァン・ホーエン。SORA執行官。
画面に表示されているのは、一つのバイタルサイン。追放した「欠陥品」の生体データ。本来なら、転送と同時に消えるはずだった信号。
それが——ありえない座標で、再起動していた。
心拍数。体温。脳波パターン。すべてが正常値を示している。生きている。あの男が——生きている。
「……バカね」
震える指が、データに触れた。あの日、自分の手で転送ボタンを押した。「欠陥品を排除する」というSORAの命令に従って。従うしか、なかった。
なのに。
「……どこまで、計算外なの、あなたは」
モニターの光が、彼女の頬を濡らした。
感情の抜け落ちた瞳——と、誰もがそう評した女が。
泣いていた。




