第6話「初期装備が『強襲偵察艦』だった件」
朝日の中で、方舟は異様だった。
苔と蔦を纏った銀色の船体が、森の木々の間から頭を出している。全長五十メートル超の宇宙船が、中世ファンタジーの村の隣に鎮座している光景は、控えめに言って意味がわからない。
初期装備が宇宙戦艦とか、どこの俺TUEEE系だよ。……あ、俺か。
昨夜のうちにリーゼとバルドには船のことを伝えた。バルドは一言「あんたの船には上がらん。地面が好きだ」と言って村に戻った。肝が据わっているのか、興味がないのか。たぶん両方だ。
リーゼは違った。ハッチを開けた瞬間、目を輝かせて中に飛び込んでいった。
「宙さん、宙さん! 中に光る文字が浮いてます!」
通路を駆け回っている。ホログラムのUIが宙に舞うたびに、両手を伸ばして捕まえようとしている。光の粒子が指をすり抜けるたびに、「あっ」「えっ」と小さな声を上げている。小動物か。
「それ、触ると操作しちゃうから触るな」
「はわっ、ごめんなさい!」
両手を胸の前でぎゅっと握る。三秒後にはまた別のホログラムに手を伸ばしている。学習能力はあるが、好奇心がそれを上回るタイプらしい。
「宙さん、この箱は何? 中が光ってる!」
「全自動クリーニング機。……たぶん洗濯機だ」
「せんたくき……?」
「服を入れると勝手に綺麗になる箱」
「ええっ!? 川で洗わなくていいの!?」
リーゼの目が過去最大に見開かれた。魔法より宇宙船より、洗濯機に一番衝撃を受けるのか、この子は。
「宙さん、こっちの部屋にはふわふわの台がある!」
「ベッドだ。寝る場所」
「村のベッドよりずっと柔らかい……! これ、雲で出来てるの……?」
「低反発フォームだよ」
「ていはんぱつ……」
理解を諦めた顔で、リーゼがベッドにダイブした。ふかふか、と沈み込む感触に「ふわぁ……」と声が漏れている。
——ヒロインが船内で寛いでいるところ悪いが、仕事だ。
ブリッジに戻る。艦長席に座った。
不思議な感覚だ。この椅子の形を、背中が覚えている。肘掛けの位置、コンソールまでの距離。全部、体に馴染む。
管理者モードで船の状態を確認する。
推進系——修復が必要。垂直離陸には出力が足りるが、長距離航行は無理。武装系——完全にオフライン。偵察艦だから当然と言えば当然だ。通信系——生きてる。外部センサーも稼働中。生命維持系——稼働。そして外部スピーカー。
使えるものは限られている。だが、今必要なものは揃っている。
……あとは。
コンソールの端に、小さなユニットがある。形状からして飲料生成装置。つまりコーヒーメーカー。
ボタンを押した。
沈黙。
もう一度押した。ランプが点いて、すぐ消えた。
『飲料生成ユニットは経年劣化により稼働不可です。申し訳ありません、マスター』
「……一番大事なとこが壊れてんじゃねえか」
宇宙船の推進系より、コーヒーメーカーの故障の方がダメージがデカい。優先順位がおかしいのは自覚している。だが、この感覚も——体が覚えている。俺は、コーヒーを飲みながらこの席に座る人間だったんだ。
「宙さん、ここ座ってもいい?」
リーゼが船内探索を終えて戻ってきた。艦長席の隣の補助席を指さしている。
「……好きにしろ」
ちょこんと座った。足が床に届いていない。ぶらぶらさせている。
「ここ……なんだか、すごく落ち着く」
「……そうか」
ヒロインの隣、確保完了。……いや、これイベント発生フラグか?
考える暇はなかった。
センサーが反応した。
『マスター。船体の半径五百メートル圏内に、武装した集団を検知。三十体。ナノマシン兵器搭載型のパワードスーツです』
「……領主の本隊か」
「三十人……! 昨日は五人だったのに……」
リーゼの顔が青くなる。
「方舟、外部センサーの映像を出せ」
『了解しました、マスター。外部映像を表示します』
ブリッジの正面モニターに、村の全景が映し出された。
——まずい。
村の東門に、武装した集団が押し寄せている。全身を鉄の外殻で覆った巨躯——高さ三メートルの鉄の兵士。腕に光る砲身。胸に刻まれた領主の紋章。関節部から蒸気のようなものが噴出している。
「……パワードスーツ?」
管理者モードで構造を読む。中に人間が一人ずつ入っている。外殻はナノマシン製。駆動系は——作業用パワーアシストスーツの改造品だ。本来は重労働用の装備を、無理やり軍事転用している。OSのバージョンは信じられないほど古い。セキュリティパッチは一度も当たっていない。ウイルス対策もゼロ。
つまり、バグの塊。
モニターの中で、先頭の鉄騎兵が腕部の砲身を村の方角に向けた。光が収束する。
『マスター、外部からの攻撃を検知。村への砲撃が開始されています』
「リーゼ、座ってろ」
「は、はい!」
リーゼが補助席のシートに張り付いた。両手で肘掛けを握りしめている。
外部スピーカーのスイッチを探す。コンソールのどこだ。配置が直感的にわかるはずなのに、細部が思い出せない。これか? いや、これはさっきのコーヒーメーカーだ。なんで艦橋にコーヒーメーカーがあるんだよ。設計した奴の優先順位がおかしい。……俺が設計した奴だとしたら、納得しかないけど。
こっちか。照明。こっちは空調。その隣——あった。
スイッチを入れる。
「あー……あー。マイクテス、マイクテス」
俺の声が、方舟の巨大な外部スピーカーから轟いた。想像以上の音量だ。森の木々が揺れ、鳥が一斉に飛び立った。村全体に響き渡る。
鉄騎兵たちの動きが止まった。三十体の鉄の巨人が、一斉に方舟を見上げている。
「そこのブリキ缶たち、聞こえるか? えー、領主様だか何だか知らないけど。君たちの装備、ライセンス違反なんだよね。作業用スーツを軍事転用してる時点でアウト。しかもOSの更新が止まっててセキュリティがガバガバ。ウイルス対策もゼロ。よくそれで外出できるな。風邪ひくぞ」
沈黙。鉄騎兵の中から、拡声された声が返ってくる。
「何者だ! 領主ハイデン公の命に逆らう者は、死罪に処す!」
「死罪ね。物騒だな」
「我が鉄騎兵は無敵なり! いかなる魔法も、この神鎧を貫くことは——」
「あー、はいはい。自慢はいいからさ。その『無敵の神鎧』、設計書見せてもらっていい? ……いや、もう見えてるんだけど。ファイアウォールがないから中身丸見えなんだよね。恥ずかしくないの?」
「き、貴様……! 全軍、放て! 雷光の魔法を!」
三十体の鉄騎兵が、一斉に腕部のナノマシン砲を構える。光が収束し、蒼白のエネルギーが方舟に向けて放たれた。
船体に着弾。振動。
『被害なし。外殻の防御力が攻撃出力を大幅に上回っています』
「だろうな。……じゃあ、忠告はしたからな」
管理者権限を起動。方舟のコンソールを通じて、三十体の鉄騎兵を同時にスキャン。構造解析。互換性チェック。全機、俺のコマンド圏内。直接やるより方舟のシステム経由の方が処理が軽い。体への負荷もほぼゼロだ。
コンソールを二本指でスワイプする。
「管理者権限——広域デバッグ。全装備に最新パッチを適用。動作モード:『強制停止』」
パチン、と乾いた音が鳴った。
三十体の鉄騎兵が——同時に、崩れ落ちた。
光が消える。関節がロックされる。三メートルの鉄の巨躯が、糸の切れた操り人形のように、一体、また一体と地面に倒れていく。ドミノ倒し。金属が地面を叩く轟音が連鎖する。中の兵士たちが悲鳴を上げながらハッチを蹴破り、革の服姿で這い出してくる。
走って逃げていく。鉄の鎧を脱ぎ捨てて、来た方角に全力疾走。さっきまでの威勢はどこへ行った。
モニターに映る光景。散乱する鉄屑と、逃げ惑う元・鉄騎兵たち。
「……三十体一括処理。船のシステム経由だとラクだな。鼻血も出ない」
第5話の守護獣では死にかけたのに。やはり、生身でやるのと船のシステムを経由するのでは、体への負荷がまるで違う。
「す、すごい……! 宙さん、指一本で……!」
リーゼが目を丸くしている。隣の席で、両手を口に当てて。
「指一本じゃない。スワイプだ。二本指」
「すわいぷ……?」
「……なんでもない」
村人たちが恐る恐る東門の外を覗いている。散乱する鉄の残骸。動かなくなった巨人たち。そして森の奥に逃げていく兵士たちの背中。
バルドの声がモニター越しに聞こえた。「……終わったのか」。子供を背中に庇いながら、空を——方舟を見上げている。
——終わった。一方的に。
なんだか申し訳ないくらいだ。相手が本気で殺しに来てるのに、こっちはコーヒーメーカーの故障を嘆きながら片手間で処理した。バランス崩壊ってこういうことか。初期装備が宇宙船って、運営に問い合わせ案件だろ。……あ、俺が運営側か。
モニターを見つめる。鉄騎兵の残骸が散らばる村の門前。
——だが、一人だけ。
鉄騎兵の残骸の隙間を、悠々と歩いてくる男がいた。
パワードスーツを着ていない。使い込まれた革鎧と黒い外套。腰に下げた長剣は、この世界の剣とは形状が違う——刀身に走る溝。振動剣だ。ナノマシン製の近接武装。鉄騎兵のそれとは一線を画す精度。
管理者モードで男をスキャンする。
——一般市民。……いや、訂正。戦闘経験値がカンストしている。装備は振動剣一本。バッテリー残量二パーセント。ほぼ空っぽだ。
男は方舟を見上げた。四十代半ば。灰色の短髪。鋭い目。口元に薄い笑み。
三十体の鉄騎兵が一瞬で沈黙した光景を見て、怯えるどころか——面白そうに笑っている。
絶体絶命のピンチに現れる、実力派の渋いおっさん。……さてはこいつ、この物語の「頼れる兄貴分」枠だな?
地上から、男の声が聞こえた。よく通る、低い声。
「——おい、管理者の旦那! その『奇跡』、俺にも一口乗らせてくれねえか?」
……面白い奴が来た。
「方舟、ハッチを開けろ。——客だ」




