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欠陥品は星を渡る ~AIに追放された俺、1000年後の異世界で最強の『バグ』でした~  作者: れーやん


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第1話「この世界、俺だけログイン不可」

 幸福は義務だ。


 いつからかは知らない。人類は、そう決めた。正確には、人類が作ったAIが決めて、人類がそれを受け入れた。脳内チップ『SORA-Link』によって最適化された感情、最適化された人間関係、最適化された人生。誰もが笑い、誰もが満たされ、誰もが正しい。


 ——で、俺はその「正しさ」から弾かれた側の人間だ。


 第7区画、廃棄物処理エリア。灰色の空の下、錆びたコンクリートの上で、灰色のゴミを拾う。毎日。毎日。毎日だ。


 全人類に降り注いでるはずの「次の最適行動」が、俺のチップにだけ届かない。理由? 知らねえよ。SORAに聞いても既読スルー。サポートセンターは俺が目覚めてからずっと「調査中」。


 ——ただ、妙なことはある。なぜか俺のチップには「管理者権限」とかいうものが焼き付いてるらしい。意味はわからない。ただ、SORAが俺を処理できないのは、たぶんそのせいだ。


「——LOGAS、セクション7の回収率が3.2%低下しています」


 頭上のスピーカーから、感情のない声が降ってくる。LOGASってのは「Logic Absent Subject」の略称だ。直訳すれば「論理欠損体」。もっと平たく言えば——欠陥品。


 俺の名前は倉橋宙。なんでこの時代に生きてるのか、正直よくわかってない。気がついたらここにいて、記憶はところどころ虫食いで、SORAだけが俺を「LOGAS認定番号001」と呼ぶ。


 世界中でたった一人のバグ。笑える話だろ。俺は笑えないけどな。


 回収ルートの端、市民区画との境界を通る。すれ違う市民が、全員同じ角度で道を空けた。俺を避けるように。目を合わせないように。SORAが市民のチップに送っているのだろう——「この個体に接触すると幸福指数が低下します」という警告を。


 子供が一人、俺を指差した。


「ママ、あの人なんで笑ってないの?」


 母親が子供の手を引いて足早に去る。振り返りもしない。


 笑ってないのが異常。この世界じゃ、そうなる。


 通路脇の情報端末がバチン、と火花を散らした。俺が近づいたせいだ。いつものことだ。なぜか俺の半径三メートル以内に入った電子機器は、高確率でフリーズするか暴走する。要するに、俺の存在自体がシステムにとってバグなんだろう。SORAが「欠陥品」と呼ぶ理由の一つ。


 ——俺に言わせれば、バグってるのは世界の方だけどな。


「倉橋宙。作業に戻りなさい」


 知ってる声だった。


 振り返ると、白い軍服に身を包んだ女が立っていた。銀灰色の髪。感情の抜け落ちた瞳。完璧に整った顔の裏で、演算だけが静かに回っている。


 ミレイ・ヴァン・ホーエン。SORA直轄の執行官。


 この世界で唯一、俺に名前で話しかけてくる存在。それが追放宣告のためだとしても。


「久しぶりだな、ミレイ」


「私はあなたに名前で呼ばれる間柄ではないわ。SORA執行官コード0071。それ以上でも以下でもない」


「そうかよ。でも、そんなに怖い顔すんなって」


 ——なぜそんなことを言ったのか、自分でもわからなかった。こいつの怖い顔が「いつもと違う」と感じるほど、俺はこの女を知っているのか?


「……馬鹿ね」


 その二文字だけが、データにないはずの響きを持っていた。冷徹な執行官の声に混じった、かすかなノイズ。バグか——。考えるのをやめた。期待するだけ無駄だ。


 ミレイが何かを言いかけた、その瞬間——頭上のスピーカーが起動した。


『宣告。対象:倉橋宙。LOGAS認定番号001。貴個体の存在は、社会全体の平均幸福度を0.003%低下させています。これは容認できないエラーです。辺境惑星エリア・ゼロへの強制転送を本日2400時に執行します』


 死刑宣告と天気予報が同じ声。この世界らしい。


 0.003%。


 笑うしかないだろ、そんな数字。たった0.003%のために、生きてる人間一人を星の果てに捨てるのか。いや——たった0.003%すら許容できないのが、最適化された世界ってやつだ。


 ……SORA。お前はほんとに優秀だよ。誰が作ったか知らないけど。


 ミレイを見た。


 彼女はただ唇を噛んで、俯いていた。端末を持つ指先が白くなっている。力が入っている。データの集合体に、力む理由なんてないはずなのに。


「ミレイ。エリア・ゼロって何がある?」


「……SORAの管轄外エリアよ。生存率のデータすら存在しない」


「データがないってことは、死亡率100%とも限らないわけだ」


「……あなたは、いつもそう」


「ポジティブなんじゃなくて、他に考えることがねえだけだよ」


「転送は今夜よ。……異議申し立ての権利は」


「ないだろ。欠陥品に権利なんてないんだから」


「……ええ。ないわ」


 転送の時間まで、数時間。自室に戻る。


 六畳もない部屋。ベッドと端末だけ。壁には一枚だけ、古い写真が貼ってある。この部屋で目を覚ましたときから、ずっと。


 研究室みたいな場所で、知らない人たちが笑っている。俺らしき人間の隣に——黒髪の女。


 誰だ。知らない。知らないはずなのに、喉の奥に「ユイ」という音が、熱い塊になってせり上がってくる。名前か。誰の。


 写真に鼻を近づけた。匂いなんてあるわけない。いつのものかもわからない、化石みたいに古い紙だ。なのに一瞬——石鹸みたいな、清潔で温かい香りが、記憶の底から立ちのぼった気がした。


 封じられたのか、自分で捨てたのか。その区別すら、もうつかない。


 写真をポケットにねじ込んだ。これだけは、捨てる気にならなかった。


 転送ポッドに向かう。ゴミ処理場の隣。ラストダンジョンへの道がゴミ処理場経由って、チュートリアルすら省略かよ。


 通路で、最適化された市民たちとすれ違う。穏やかな笑み。同じテンポの歩行。同じタイミングの瞬き。赤いカプセルも青いカプセルもいらねえ。俺には最初から、選択肢なんてなかったんだ。


 ミレイが転送ポッドの前に立っていた。見送りじゃない。監視だ。たぶん。


「最終確認。倉橋宙、エリア・ゼロへの転送を執行します」


「了解」


 ポッドに足をかける。振り返った。


「ま、向こうにWi-Fiが通じてることを祈るわ。……じゃあな、優等生」


 ミレイの唇が、かすかに動いた。何かを言おうとして——言わなかった。


「そんな顔すんなって。——また会えるだろ、たぶん」


 なぜそう思ったのかは、わからない。根拠はゼロだ。でも口が勝手に動いた。こういうとき、俺の体は俺より先に答えを知っている。


 ポッドが閉じる。白い光が視界を埋める。体が分解されていく感覚。


 意識が薄れていく中で、俺は思う。


 SORAは俺を「0.003%のエラー」と定義した。


 たぶん、正しいんだろう。計算上は。


 ——でもな。


 愛ってのは、計算できないものだったはずだろ。


 誰がそれを忘れたんだ。俺か。この世界か。それとも——ユイ、と喉の奥で震えた、あの名前の持ち主か。


 光が弾ける。意識が途切れる。


 ——次に目を開けたとき。


 風が吹いていた。


 土の匂い。草の匂い。管理された酸素じゃない、剥き出しの、甘くて重い空気。肺の奥まで染み込んでくる。生きている空気だ。


 そして——目覚めてからずっとつきまとっていた頭の重圧が、消えていた。さっきまで水の中にいたのが、急に陸に上がったみたいな感覚。視界がクリアだ。思考が速い。草原の向こうの山脈の稜線まで、一本一本の線が読み取れる。


 空を見上げる。青い。やけに青い。そして——月が、二つあった。


「……は?」


 体を起こす。見渡す限りの草原。遠くに森。さらに遠くに、山脈。空には、ありえないほど近い二つの白い月。


 ここがエリア・ゼロ。不毛の惑星。生存率データなし。


 不毛? 嘘だろ。めちゃくちゃ緑じゃん。


 草の色が深すぎる。葉の形も六角形。知ってる植物が一つもない。だが——葉脈のパターンに、なぜか見覚えがある。何だ、これ。どこで見た? 思い出せない。


 ……気持ち悪いな。知らないはずのものに、体が反応してる。


 立ち上がる。武器なし。食料なし。通信手段なし。初期装備が作業着って、ログインボーナスどこ行った。


 深呼吸をした。


 その瞬間——視界の端に、ノイズが走った。


 脳内チップが震える。ずっと沈黙していた回路が、何かに反応している。この草原の、土の中、空気の中、風の中を漂う微細な信号。


 何だ、これ。知らない。知らないはずなのに——体の奥が反応してる。心臓が速い。指先が熱い。怖いんじゃない。これは——。


『——未踏領域。権限レベル照合中……照合完了。ようこそ、管理者』


 テキストが視界の隅に浮かび上がり、消えた。


 あの世界では一度も鳴らなかったチップが、この星に来た途端、歓喜みたいに震えている。


 ログイン拒否してたのは、俺じゃなくて「世界」の方だったわけだ。


 口の端が、勝手に上がった。


「……さて。このバグだらけの『地獄』、俺好みにアップデートしてやるとするか」

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