不死(イモータル) ー2
ダーヴィットは寝付けずにいた。ソフィアのことが頭から離れなかったのだ。
あの女は、二度に渡り、子供を助けた。自身の身を危険にさらしてまで―
ダーヴィットの脳裏に、子供のころの記憶が蘇る―酒の臭い、下品な笑いと、飛んでくる拳。村々を襲っては、金品を略奪し、村人を凌辱する父(と思われる男)の姿。そして、その最期―同じ傭兵団の誰かに暗殺され、自身の吐瀉物の中でくたばっていた。
俺は、あんたのようにはならない―ダーヴィットは、大きくため息をついた。ダーヴィットは傭兵でありながら、略奪にも凌辱にも加わらないようにしてきた。だが、それだけでは生活できず、敵の傭兵団長を暗殺し、敵国の騎士を拷問し、金を稼いだ。
父とは違う方向で、この身体は穢れている。ソフィアのようになれたら、ふと思う。しかし、〈祝福〉を手に入れてからは、異教徒や市民運動家を火炙りにしてきた。
このままでは正気を失う―ダーヴィットは額の脂汗を拭い、ため息をつく。
ふと、部屋から廊下に繋がる空気の流れに変化を感じる―誰か来た。ダーヴィットは、その〈祝福〉の特性上、空気の流れを鋭敏に感じる技術を身に着けていた。
昔の癖で短剣を取り、構える。
「騎士団長がお呼びとのことで」従者の声がし、ダーヴィットは歯噛みする。こんな時間に騎士団長直々のお呼びとは、まさか、ソフィアの件か。
ダーヴィットはため息をつき、支度を始める。髭を整え、城へと向かう。騎士二人が武装し、ダーヴィットを囲む。
「こちらへ」
王立騎士団が根城としている滞在施設へと入る。2人の衛兵に挨拶をし、マナーハウスの中心部へと進んでいく。
赤を基調とした紋章が掲げられている。それはアイメルト家の栄華を象徴していた―かつての大戦で得られた一時の栄光。
20年前に起きた余りにも大きな戦。それは《第壱位階》という上位存在が地に降り立ったことで始まった。
《第壱位階》―その姿は異形そのものだ。ヒトの肉体を歪に引き延ばしたかのような胴体。腕の代わり魚のヒレと羽を混ぜたような器官が生えている。皮膚は肌色で毛はなく、妙につるつるとしている。その頭は、人間の指が折り重なり、指の先端からは歯が生えている。
ダーヴィットは、その異様な姿と行いを思い出す。
《第壱位階》は周囲の生物を変異させた。人はそれを〈第弐位階〉と呼び、畏れた。しかし、同時に〈祝福〉に目覚める者も現れ始め、アイメルト家を含む王たちの死闘の末、彼らは滅びた。
マナーハウスの一室に入ると、目の前に居たのは屈強な老人。その背筋は張り詰め、顔には多くの刀傷がある。白い頭髪と髭は整えられているが、獣の匂いを消せてはいない。
目の前にいたのは、辺境伯のヴァイスだった。
「来たか、業火よ」ヴァイスは食事の手を止め、言った。
ヴァイスは《第壱位階》との戦争での英雄であり、その異能から辺境伯とは呼ばれず、氷華伯と呼ばれている。国境沿いの警備を任されていることからも分かるが、有能な軍人だ。
ダーヴィットも共に戦ったことがある。貴族階級でありながら、その態度は傲慢な所など少しもなく、むしろダーヴィットの実力を見抜き、を取り立てるように王に進言したのも彼だ。
ダーヴィットは、その身体から放たれる覇気に圧倒される。隣国とは、緊張状態が続いていると聞く。気まぐれに出現する〈第弐位階〉とは違い、数年間睨み合いが続いているのだ。その危険度は計り知れない。
「騎士団長が来られると……聞いていたのですが」
ダーヴィットは緊張し、乾いた喉を鳴らす。
浮かぶ疑問―なぜ、国境を警備しているはずの氷華伯がここに居る? そんな知らせは一切受けていない。
「予定が変わっただけだ。気にするな」
氷華伯は食器を置き、ダーヴィットに向き直る。誰に対しても礼節を忘れない老騎士の態度に、ダーヴィットはさらに委縮する。
「私に……何か?」
「お主に極秘でやってもらいたいことがある」
「何でしょう」
「一つは人さらい。もう一つは時期が来たら教えよう」
発せられた言葉のショックで、ダーヴィットの心拍が狂い、身体から汗が吹き出す。
―人さらい、だと?
「理由もなく頼めば、無駄な詮索を行うであろう。実は〈第弐位階〉の腹から一人の人間が出てきた。当初は溶けた死体だった。怪物の腹の中で消化されていたのだろう。だが……数時間後、奴は肉塊から再生し、話せるようにまでなった」
「不死者……」
ダーヴィットは、風の噂を思い出していた。樹海の奥の奥、ヒトの立ち入ることのできない最深部には不死者が暮らしているのだと。
「まさか……あれはおとぎばなしでは」
氷華伯は首を振り、「不死者の血肉を使い、不死を実現するべく、王が命令を出された」
「不死の実現……神が与えた中で最も高位の〈祝福〉を人為的に得ると?」
氷華伯は頷き、
「不死者の臓物と血肉を様々な方法で加工し、それを人に摂取させる。それで経過を観察し、最も良いと思われた方法を使い、王を不死化する」
そこで氷華伯の目の色が変わる。呼吸が荒くなり、顔が僅かに紅潮する。
「かつてのカールハインツ大公を取り戻すのだ……病を克服すれば、必ず……戻って来られる!」
「戻る……とは」ダーヴィットは動揺しながら答える。
「異能に耽溺することのない健王だった……それが死への恐怖で―」
氷華伯はそこまで言い、口をつぐむ。そして、誤魔化すように、ダーヴィットを睨む。
「〈祝福〉を後天的に発現させるのは無理だと聞いていますが」ダーヴィットは思わず声を荒げる。
「アイメルト家は研究に研究を重ね、それを可能にしつつある。後一歩で実用化にこぎつける!」
「ならば、王にその技術を使うのは……」
「大量の非検体を用意できれば研究は一気に加速する。その技術を用いて、王を不死化する。この国を立て直すにはそれしかない!」
氷華伯は言葉を切り、
「勿論、無償とは言わん。この任務をこなせば、お前を騎士として正式に認める運びとなる」
ダーヴィットは引きつった笑みを浮かべる。
「ありがたきお言葉」
非検体。ダーヴィットは、吐き気をこらえ、その言葉を飲み込む。
あと何人殺せば気が済むのだ―ダーヴィットの脳裏に、拷問の末、絞首刑にされた「異端分子」の姿が浮かび上がり、点滅する。
毎日のように行われている反乱分子や異端分子への処刑。市民の有志が「委員会」を作り、王に反旗を翻す者や異端勢力を監視し、見つけ次第、王家へと報告する。そうやって、無実の者が何人も拷問され、処刑されてきた。同時に市民同士は、誰が「委員会」なのか、と疑心暗鬼に陥り、憎しみあっている。
そうやって、無実にも関わらず拷問を受ける者の中には、新薬の非検体として使われてしまう者もいる。行進の際、異能者から薬をもらい、頭を垂れ、ありがたやありがたやと市民は言うが、それを作るのには他でもない市民の命が犠牲となっている。
市民を殺して殺して殺して、それで国が持つと思っているのか。
「頼んだぞ」
「分かりました」
ダーヴィットは苦言を飲み込み、頷く。
「それと、私がここに居るのは当面の間は口外するな」
ダーヴィットはただ頷くしかなかった。自分が何か大きなことに巻き込まれている感覚があった。黒い磁力が自分を包んでいくような感覚がした。
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