エピローグ ―2
ゼーフェリンク家との戦闘が落ち着いたある日、戻ってきた騎士たちに対し、正式な叙任式が行われることになった。
「行こうか、ソフィア」
王妃は、新王に呼びかけられ、我に返る。大聖堂の一室で、二人は出番を待っていた。
「ええ、リュディガー大公」王妃は、微笑み、その手を取る。
新王とともに、王妃が部屋を開けると、大勢の騎士が立ち、二人の入場を待っていた。
「ソフィア王妃様!」
誰かの声に、王妃は頷き、進んでいく。かつては入れなかった会場へ。豪華な服に身を包んだ騎士たちが並んでいる。その一人に見覚えがあった。
王妃の脳裏に、ふと幻視が見える。それは未来で起こるだろう事象―
民の健康状態を改善し、識語率を上げ、教育を行きわたらせる。それがソフィアの望みだった。だが、それを実行すれば、いずれソフィアの行う政治の間違いを指摘し、反乱を起こす何者かの出現は必須だ。
私は、彼らを〈祝福〉で殺し、黙らせるのか? ソフィアは、王妃になってから悩み続けてきた。そして、今やれる最善策を思いついた―
最善策―それは数か月、もしくは数年後のある日に起きるだろう。ソフィアには、その光景が見える―暗闇の中、王妃の手に握られている短剣。その先からは血が滴っており、わなわなと震えている。
「なぜ……」刺されたのは、一人の騎士。その瞳には、驚愕と失意が現れている。
「あなたの力が欲しかった」王妃は言う。何度も練習した、その一言を。
騎士は傷を抑え、よろよろと逃げていく。王妃は、それを追うように部下に指示する。騎士は森へと逃げる。彼はヘス神父に助けられ、死を偽装する。そして、ヘスから、傷口から毒が検出されたと嘘を伝えられる―思考力を奪い、奴隷化させる毒が塗られていたと。騎士は絶望し、同時に王妃を憎悪する。
こうするしかない―王妃は血の滴った短剣を見て、涙を流す。
ごめんなさい、ダーヴィット。私の力だけでは、ジーモンを始めとする官僚を押さえつけ、民意を政治に反映させる仕組みを作り上げることができない。<業火>が市民運動に参加している、と知れば官僚たちはカールハインツが前王行っていたような圧政を続けることはできないでしょう。それを使い、私はこの国を変える。
でも、理由は、それだけじゃない。あなたの異能を使いこなすことは、私にはできない。
いずれ、カールハインツ王と同じように弾圧に使うかもしれない。自分に反対する官僚を粛正するのに使うかもしれない。大量殺戮に使うかもしれない。あなたはもう二度と力を使いたくないと言ったけれど、私は言葉を弄し、力を使わせることができる。
だから、あなたを野に放つ。地下に潜り、市民側に立ってもらう。ヘスに渡した資金で、組織は拡大化し、巧妙化する。私はあなたの影を追うので精一杯になるでしょう。
王政側の異能たち―光撃、迅雷、冷気―と、市民側のあなたで拮抗状態は出来上がる。本気で戦えば、どちらが勝つか分からない。
あなたが本気で力を使い、差し違えに来れば、私は焼き尽くされるでしょう。あなたも死ぬか、大量殺戮の罪悪感で二度と力を使えなくなる―それで良いのです。あなたが、もう一度だけ力を使い、私を焼き尽くす可能性がある限り、私は腐らずにいられる。国を正常に保つことができる。よりより方向に進めた上で、次の世代につなげることが出来る。
王妃の脳裏に、みんなで食べたパンの味が、みんなの笑顔が浮かぶ。
みんな、ごめん。これが私の選択―
ソフィア―名前を呼ばれ、王妃は我に返る。現実に戻ってくる、
叙任式が始まり、王妃は、騎士の肩に儀式用の剣を乗せる。騎士が一瞬、顔を上げる。頬がこけ、眼が落ちくぼんでいた。だが、その表情は、森で手を握り返してくれた時と変わらない。
王妃の脳裏に香草の香りが蘇る。それが王妃の脳裏だけのものなのかは、もう分からない。
浮かぶ幻想―
森の中、広がる香草の畑。そこで転がり、大笑いする三人。あり得たかもしれない未来。もうあり得ない未来。
私の中に、未来は一つしかない―
王妃の悲しげな笑みに、騎士が困惑したような顔をする。その顔は、あの時と変わらない優しいもの。
王妃は囁くように何かを言う。騎士が、驚いた顔をし、何か言おうとするが、喝采にそれはかき消されてしまう。
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