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再起 ー2

 早朝、ソフィアは庭に出て、茂みにある物を隠す。大聖堂周辺の警備情報を書いた紙だ。


 この茂みは〈影泳〉が定めた投函所(秘密の手紙などをやり取りする為に決められた場所)であり、物が居るように細工が施されていた。そして、追加調査を行うように依頼していた。


 もしも影泳からの連絡が無ければ、撤退するしかない。ソフィアはそう考えていた。


 数日後の早朝、散歩に出るふりをし、祈るような思いで茂みを見る。そこには束になった手紙。ソフィアはそれを懐に入れ、部屋に戻る。


 部屋に着き、手紙を開く。そこには、ソフィアの記憶を元に、追加調査を行った方向が載っていた。


 調査により、警備の配置と数は完全に把握できたこと。場合によっては兵を送ることが記載されていた。


手紙には何枚もの地図が含まれていた。大聖堂周辺の地図には、詳細な警備の配置が書かれていた。そして、牢獄の近くにある記述―不死者?


 まさか、不死者は牢獄に居るのか。


 ソフィアは拳を握りしめ、震えた。これをジーモンに渡し、説得する。そうすれば、兵を動かせるかもしれない。


 後は、エアハルトをどうたおすかだけだった。


 人は、欲したが得られなかった物に執着する―


 ソフィアは亡き父の言葉を思い出していた。


 清廉潔白の天使、そんな印象を人々に与えているエアハルト。彼には執着はないのか、そう考えた。


 エアハルトは率先して、拷問を行っていたのではないか。そんな考えが浮かんだ。民への印象を崩さないため、抑圧されてきたエアハルト。彼が自身の感情を表現できるのは、敵国の兵士か、これから死にゆく者だけ。


 これから死にゆく者―生死を自由に操れる相手。つまり、罪人や異教審問に賭けられるものたち。


 ソフィアは、エアハルトの幼少期を想像する。彼は虫一匹殺せなかっただろう。否、殺させてもらえなかっただろう。むしろ、慈悲の心を求められた。


 だからこそ、その抑圧が大きく歪み、拷問という形で花開いた。そして、それは絶対に民にバレてはいけないという形で、彼にスリルを与えている。


 ソフィアは危険を冒し、隠れ家へ向かった。そして、皆を取集した。


 隠れ家に着くと、ダーヴィットが居た。


「数分しか居ることができない」 ダーヴィットが苦しそうに言い、


「すまん……何もできなかった」


 この人は自分を顧みず、自分を助けようとした。馬鹿な人だ。


「貴方は悪くない」


「すまない……本当に」


 2人は暗闇の中、散っていった命に祈りを捧げた。


「ソフィア……少し休んだ方が良い……いや、休んでくれ。顔色が悪い」 ダーヴィットが不安そうな表情で、ソフィアを見る。


「休戦を告げる為に来たんだろ?」 ダーヴィットが絞り出すような声で言う。


「このままではみんな死ぬ。お前だけでも生き延びるべきだ……」


 ソフィアは首を振り、


「気を使ってくれてありがとう、ダーヴィット。でも、私は―」


 私は闘うために来た、と言おうとするが、言葉が出ない。


 拷問部屋の温い空気が脳裏に蘇り、恐怖で歯が震える。


 今なら、まだ踏みとどまれる―ソフィアは思わず、ダーヴィットに抱き付く。僅かに香草の匂いがした。ダーヴィットは静かに、ソフィアを撫でた。


 何もかも、失ったようなそんな感覚だった。戦いを挑めば、全てを失いかねない。何もしなければ、ソフィアもダーヴィットも心は死ぬ。だが、生きてはいられる。


 それでは駄目だ―


「ごめんなさい、なんでもない」 ソフィアは、ダーヴィットから離れ、涙を拭く。


 ここに来たのは、心を殺してまで生き延びる為ではない。この国を救うために来たのだ。


「ヘス神父は来ないかもね」ソフィアはあざけるように言う。


 王を殺しても、政治に民意が反映されるか分からない。一度、作り出された権力構造は簡単には崩れない。ジーモンを始めとする官僚たちによる圧政が続いていくだろう。


 ヘス神父がそれに気づいていない訳はない。


 ヘス神父が入ってくる。その顔は落ち着いていた。


「来てくれてありがとう、ヘス」


「ソフィア……お前に力を貸したい気持ちもあるし、まだ人員も居る。だが、エアハルトを倒す手段がない。奴を殺せなければ何も始まらない。どうするつもりなんだ」


「案はある。でも、王を殺しても、政治に民意を反映させることができるとは限らない。それでも戦うの?」


「俺たちは、お前を信じる。お前なら官僚との政治的駆け引きを行いながら、政治に民意を反映させ、この国を変えることができる」


 ソフィアは息を飲む。買い被りだ、とは言えない。自分が信じている人が、自分を信じている。ならば、彼らに応えなくてどうする。


 ソフィアは拳を握りしめる。


「エアハルトを倒す案ならある。大聖堂の間取り、警備は完全に覚えた。傭兵が十人いれば、エアハルトを殺す準備は整う。これで、ジーモンが出してきた条件をクリアし、兵を動員させる。不死者は大聖堂の近くに居るので、暗殺後、誘拐する」


 ダーヴィットが手を挙げ、 「復讐なのか……ソフィア?」

「違う」ソフィアは背筋を伸ばし、息を吸う。


「この国を再び市民の手に取り戻す。その為の戦い」


 ヘス神父は頷きながらも、


「ソフィア、お前を否定したい訳じゃない。だが、一つ反論がある。ジーモンは闘いそのものを嫌がっている。例えエアハルトを殺しても奴は動かない。奴の協力なしでは王を殺すのは無理だぞ」


「エアハルトを殺し、不死者を奪えると伝えられれば、ジーモンは必ずこちら側に着く」ソフィアは言い切る。


「うむ……どうしてそう言える?」


「彼は、政治的に有利な方に着く。そして、今までは自分で流れを操っていた。氷華伯を暗殺対象に指定したのは、おそらく氷華伯が政敵だったからに過ぎない。正体不明の暗殺者、それが彼が求めていたもの。彼はこの国の未来に関しては何も考えていない」


「お前にも分かっていたか……」ヘス神父は、歯噛みし、震える。自身でもジーモンに利用されているのは分かっていたのだろう。


「ジーモンが操る流れを、私が変える」


「俺は、ソフィアに賛成だ」ダーヴィットが言い、


「幸運なことにジーモンからの支援金が余っている。これで傭兵を雇えば良い」ダーヴィットが、ヘス神父の肩を優しく叩く。


「分かった。ジーモンに使いを出し、連絡を待とう……だが、どう説得するつもりだ?」


「私に考えがある」

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