瓦解 ー2
残酷な拷問描写があります。苦手な方はご注意ください。
【1】
ブブが連れ去られてから2日後―
ソフィアは王宮の自室に閉じこもっていた。ブブのことが頭から離れなかったが、香草で気を紛らわせていた。
ソフィアの部屋の前で金属がこすれ合う音がし、ソフィアはドアに駆け寄る。こんな朝早くに誰だ、と懸念が浮かぶ。
「王太子妃、入ってもよろしいか」 鈴の音のような硬質で透き通った声―エアハルトがドアの向こうに居る。
「なんでしょうか、大司教様」ソフィアがドアを開けると、エアハルトと数人の騎士が廊下に居た。
爽やかな微風が、エアハルトの周囲を包み込んでいる。それは空気の壁であり、何人たりとも寄せ付けない聖なる守りである。
エアハルトは腰に手をやり、エストック(刺突に特化した細身の剣)の柄を撫で、
「王太子妃も氷華伯の暗殺には心を痛めていると思いましてね。捜査に進展がありましたので報告に参った次第です」
慇懃な口調―妙な違和感。
「先日、捜査の一環として、貧民を30人ほど捕らえ、拷問の後、実験場へ送りました」
ソフィアが言葉を失い、壁に倒れかける。
「そ……それで?」
エアハルトは朗らかな笑みを浮かべ、
「死にましたよ、全員」 エアハルトは結託のない声で言う。
ソフィアの脳裏に絶望が広がっていく。身体の支えが切れたように、壁に倒れかける。
「仮に貧民の一部勢力がこの件にかかっていたとすれば、大きな戦意の喪失をもたらすはずです」
ソフィアは気力で体勢を立て直し、
「そうですか……お忙しいところありがとう―」
ソフィアの言葉を遮り、エアハルトが、
「実は、ジーモンの捜査が暗礁に乗り上げまして、しらみつぶしに疑いのある人物を拘束し、尋問することとなりました」
「ど……どういうことです?」
エアハルトは、ソフィアを見つめ、
「ソフィア。君を信頼している。手続きが終わり次第、大人しく侍女と共に捕まってくれ」
騎士たちが、ソフィアを囲み、部屋から出られないようにする。そして、ドアに鉄妖で細工を施す。
「我々も手が立て込んでいてね。部屋があくまで、何日間か軟禁させてもらうよ」
部屋があくまで何日間か掛かる尋問、それを思い浮かべ、ソフィアは呆然とする。
「そ……そんな」
強烈な死の気配を残し、エアハルトは去って行った。ソフィアは呆然とし、その場に崩れ落ちた。
【2】
3日間の軟禁が終わった。武装した従者が、ドアを開ける。
ソフィアは、手枷でベッドと繋がれていた。ぼんやりと顔を上げる。恐怖で空腹は薄れ、何度も胃液を吐き出していた。断続的な睡眠しか取っておらず、頭が重い。身体の節々が痛み、自由に動かすことができない。
「こちらへ」 従者がソフィアの手を掴む。その瞬間、ソフィアの手が震えた。
全身の毛が逆立ち、思わず腕を引いてしまう。
「い……いや!」
倒れ、自分の吐瀉物で転んでしまう。
「大人しくしてください!」2人がかりで、腕を掴まれ、手枷をはめられる。そして、強引に馬車へ連れていかれる。
歯が震え、頭痛がするほどに心臓が脈打つ。冷たい汗が身体を伝う。揺れる馬車の中で、ソフィアは自分が震えているのか、世界が震えているのか分からない。
景色は変わり、大聖堂のある街を抜け、防壁を抜け、森にたどり着く。防壁の外、砦が置かれている場所の近くに、小さな建物があった。
馬車が止まり、ソフィアは丸くなって動けないふりをする。しかし、従者が強引に立ち上がらせる。
周囲には、肉が焼ける嫌な臭いが充満していた。
足を引きずりながらソフィアは牢獄へと連れていかれる。
建物に着くと、刑吏たちが数人、出迎えた。その一人と視線がある。そして、ふわり、と香草の臭いを感じる。
ダーヴィット、助けて―
ソフィアは、嗚咽し、崩れ落ちる。それを、ダーヴィットだろう刑吏が抱える。
「耐えてくれ」 ダーヴィットの囁き声が聞こえ、ソフィアは歯を食いしばる。涙が頬を伝い、鼻水が気管に入り、激しくせき込んでしまう。
刑吏の手には、特殊な金具。彼らが拷問を得意とするのをソフィアは理解していた。
「こちらへ」 エアハルトが地下の部屋から顔を出す。
ソフィアは引きずられるように地下へと連れていかれる。階段を降りるごとに、闇が濃くなっていく。血の匂いが強くなっていく。
音が反響する一方で、外の音は全く聞こえない。水滴が滴る音が、生温い闇の中で響く。
「ご覧」 エアハルトが部屋の奥を顎で指す。
暗闇の中、黒い塊が見えた。暗闇に目が慣れると、ソフィアは悲鳴を上げる。
そこには顔が膨れ上がったブブが横たわっていた。手と足からは血が流れていた。
「なかなか口を割らなくてね。おそらく、彼も市民運動に関わっているはずなんだが」 エアハルトが刑吏に目配せする。
ブブは強引に立たされる。しかし、脚に力が入らず、膝立ちのような形になる。
「この人を知っているかい?」エアハルトが膝をつき、視線を合わせ、訊く。その顔には、穏やかな笑み。
ブブは、ソフィアを見て、一瞬だけ表情をやわらげ、
「し……らな……い」
「そうか」 エアハルトはため息をつき、刑吏に目配せする。刑吏は、ブブの指を特殊な器具で押しつぶす。
涙を流し、嗚咽するブブに、ソフィアは駆け寄りたくなる。しかし、ブブはソフィアを睨む。
苦しむブブを見て、エアハルトの口元に笑みが浮かぶ。穏やかさは欠片もない、歪んだ笑み。
「教えてくれれば、パンをあげるよ。元居た場所に返してあげよう」
ブブは反吐を吐き、「そんなしと……しらない!」
「そうか」 エアハルトは、ブブを見下ろすと、指を規則的に動かす。鉄妖が磁力を発生させる。小さな金槌が、ふわりと浮かび上がる。
「いけないな……嘘は」 そう言うと同時に、金槌がブブの腹にぶつかる。ブブが呻き、腹部に黒い染みが広がっていく。エアハルトは、ぐりぐりと傷口を抉っていく。血が流れだし、ブブが呻く。
ソフィアは前のめりになり、拳を握りしめる。ダーヴィットが、ソフィアを睨む。今動けば、ブブの覚悟は無駄になる、と瞳が告げていた。
「しらない……」 ブブは涙を流し、自身の反吐の中で喘ぐ。
「どうやら、本当のようだね」
エアハルトは頬を赤らめ、微笑むと、
「悪い子には、お仕置きだ……必ず秘密を教えてもらうよ」
そう言って、鉄の仮面を被せる。穴はなく、被さられれば、完全な闇が支配するのだろう。
エアハルトは、ソフィアには興味を失ったように、「王太子妃は衛兵を付けた上で部屋に戻せ」
ソフィアは刑吏に腕を掴まれ、馬車に乗せられた。馬車の護衛は、来る時の半分になっていた。しかし、隣と、目の前に護衛が一人ずついた。
馬車の中で、刑吏がソフィアの隣に座った。ダーヴィットだとすぐに分かった。
「暴れるな」 冷徹な声で、ソフィアの拳を握る。しかし、その手は震えている。
泣きながら、唇を噛む。ダーヴィットの手に爪を立て、僅かに力を込める。
なんで助けてくれなかったの―
ダーヴィットを責めても仕方名がない事は分かっている。それなのに、童のように駄々をこねてしまう。
ダーヴィットが仮面の奥で鼻水を啜る。
「どうして……どうしてなの」 嗚咽しながらソフィアは囁く。
もう一度、皆で遊ぶんじゃないの?
嗚咽と共に、鼻水が垂れる。
「汚いぞ」 そう言いつつも、ダーヴィットは布で優しく拭ってくれた。
「私の……せいだ」
目の前の護衛が、視線を逃がした瞬間、ダーヴィットは、ソフィアの手を強く握り、
「ソフィアのせいじゃない……ブブの思いを受けて、耐えるんだ」
ソフィアは頭を抱え、馬車の床を見つめる。できない、と囁いてしまう。
「着いたぞ!」
その声と共に、ダーヴィットは、ソフィアから離れる。そして、王宮から出てきた従者が、ソフィアを連れていく。
ダーヴィットは命を懸けて、私を慰めに来た。
もしダーヴィットを失ったら私は―
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