瓦解 ―1
北側にある民家の一室―
部屋を貸している娘―フィーネが、ソフィアの髪の毛で遊んでいる。
「良いなぁ、オティーリエ様の髪は滑らかで」そう言い、三つ編みの練習をしている。
組織の中心人物以外にはソフィアの正体は伝えられていない。オティーリエと言う官僚の娘で、市民運動に参加している、と言われている。
「こら、フィーネ……」父親が言うのを、ソフィアが視線で制す。
貧民街は避難民の増加と共に治安が悪化している。外に出て遊ぶことさえ許されないのだ。歳の近いソフィアの髪を弄るくらい、良いだろう、と思ったのだ。
ふと、ノックがされ、皆に緊張が走る。
ジーモン副団長が変装をして、部屋に来た。
「フィーネ、また後でね」 ソフィアは、街娘の手を優しく止め、二階へ向かう。
「オティーリエ様……無理はなさらず」フィーネの母親が、ソフィアに言う。
ソフィアは頷き、ジーモンの後に続く。部屋に入ると、ヘス神父とティモが居た。
副団長は咳払いをし、
「氷華伯暗殺の捜査に対し、どう対応するつもりだ?」
ヘス神父が、
「何とか逃れているが……限界が近い。王を信奉する連中が委員会を作り、相互監視の状況を作り出している。いつ魔女狩りが始まってもおかしくない……一度、離散し、状況が沈静化するのを待つしかないだろう」
「分かった。次の標的は俺が選ぶ。お前たちは捜査を逃れろ」
「すまん」ヘス神父がうつむく。
ジーモンは白い歯を見せ笑い、
「騎士団長による捜査は俺が攪乱しているし、王権打倒運動に対する捜査は俺が行っているから問題はない。ま、市民からの善意の通報で他の部隊が動くのは止めることはできん」
ヘス神父は拳を握りしめ、
「ダーヴィットの様子はどうだ……エアハルトの側近に選ばれたと聞くが」
「ああ、完全に囲い込まれて、今は接触することは出来ない」
みんなの顔が曇り、沈黙が降りる。
「心配ない。俺が何とかするよ」ジーモンがへらへらと笑う。
ヘス神父は何か勘づいた様子で、
「森に誘い込んだ後の訓練は行っているんだろうな」
ソフィアが、ジーモンを見た一瞬、その瞳が僅かに揺れる。
「勿論だ。騎士団の一部を寝返らせるとはいえ、数においては劣る。だからこそ、極秘で森林での訓練を行わせている。だが、それに注力するためには、やはり結果が必要だ」
何か隠しているな、とソフィアは直感する。
「不死化研究はどのように進んでいるの?」
「上手く行っていないと聞いた。だが、王の体調は改善していると聞く」
「そうか……」
ジーモンは事務連絡を済ませると、すぐに去って行った。
「それでも、こちらがやや優勢、という事で良いかな」 ティモは治りかけた身体を動かしながら言う。
「うむ……」ヘス神父が何とか言葉を紡ぐ。
ふと外で歓声が聞こえた。ヘス神父含め、全員が身体を硬直させる。
ティモが窓の近くに行き、カーテンを僅かに開け、外を見つめる。ソフィアも隙間から外を見る。
外から香ばしいパンの香りがする。大きな馬車が止まり、荷台からパンの匂いがしていた。そして、もう一つの馬車から降りてきたのは、エアハルト大司教。
「なんで、ここに大司教が?」 ソフィアが尋ねるも、ヘス神父は首を振る。
エアハルトは厳格な行動管理の元で動いていると聞いている。僅かな散歩と、戦闘時以外はずっと大聖堂に籠っていると聞いた。それに慰労を行うにしても、事前に連絡があり、食毒された貧民たちが予定に従って、彼の元へ行くはずだ―
動きを見ていると、どうやら先日の怪物の襲撃の慰労活動のようだ。しかし、タイミングが妙だ。
「皆さん、お怪我はないですが」 エアハルトは一人一人に微笑み、パンを手渡しする。その周囲には護衛の騎士。
「治療が必要な方は馬車へ」
「どういう風の吹き回しなんだ?」 ティモが大司教を睨みつける。
ソフィアは一階に降り、部屋で遊んでいたはずのブブが居ないことに気づき、周囲を見る。
「ブブ……! どこ?」
「あそこだ!」
気が付くと、ブブは、エアハルトの元へと走っていた。ソフィアもそれを追い、隠れ家を飛び出す。
駆け寄るソフィアに気づいた護衛の騎士が進路を塞ぐ。ソフィアはそれを避けようとする。しかし、それを妨害するように騎士は、ソフィアにぶつかってきた。
気が付くと、ソフィアは地面に組み伏せられている。
「頼む……動かないでくれ」騎士の仮面からダーヴィットの声が聞こえた。
ソフィアは息を殺し、エアハルトを見ていた。ブブは、エアハルトからパンを受け取り、そして、馬車に乗ってしまった。
馬車は何人もの貧民を乗せ、行ってしまう。ダーヴィットも拘束を解き、馬に乗っていってしまう。
ソフィアは部屋に戻り、頭を抱えて座りこむ。胸を抉るような絶望感がずっとうずき続けている。
「俺がしっかりしていれば」ティモが拳を強く握り締める。
ブブの無垢な笑みが浮かぶ。もしかしたら会えないかもしれない。
「私が……目を離さなければ」ソフィアは歯噛みし、震える。
「オティーリエ……あなたのせいじゃない」部屋を貸してくれている母親がソフィアの元へ来て、その身体を優しく抱きしめた。
「そうだよ……私だって、見てなかった。オティーリエのせいじゃない」フィーネが泣きながら言う。
ソフィアは二人と抱き合う。それを見る男たちも、顔をうつむかせ、掠れた呻き声をあげた。夕闇が、その顔に暗い影を落とし始めた。
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