神秘 ー2
ダーヴィットは、ソフィアの顔を見つめ、
「神を見た……神秘体験を経験したのか?」
「そう。神らしき、何かを見た事はある。でもね、それは幻想だった」
「幻想?」
「食べさせられていた毒麦のパン。あれを始めて食べた時、異様な体験をしたことがあった。光を肌で知覚するような、音を視覚で感じるような異様な体験。私は神に選ばれたのだ、と歓喜した」
ソフィアは大きくため息をつき、
「でも、パンを食べない日は見ることは出来なかった。そこで私は考えた、もしかすると、毒麦パンを食べる行為を神が推奨しているのでは、と。そこで、毒麦パンを食べた記録を付け始めた。すると、食べた日は神が見えることが多く、そうではない日は神が見えない、と分かった」
「なら、神の導きが……」
ソフィアは首を振り、「私は自分が神に選ばれた、と信じたかった。だからこそ、毒麦のパンを試しに侍女に分け与えた。本当に私だけに神が見えるのか証明したかった」
ソフィアは、鼻で笑い、「侍女は神秘体験をした。それに年老いた侍女から聞いたことによれば、痙攣などを伴う幻覚は、貧困の地区では珍しくない」
「だが、それだけじゃ……」
「ここに来て、農民から話を聞く機会があった。それで分かった。神秘体験……いえ、幻覚体験は腐るほどあると。そして、それはおそらく毒麦が生み出している」
「毒麦が、幻覚を見せ、人によっては、それを神と勘違いしていると?」
ソフィアは頷き、「全ての神秘体験を疑う訳じゃない。でも、神の声を聴いた、という物の中には、これと同じように、何からの幻覚作用をもたらす現象を、そう感じただけのものもある、と私は考えている」
「だから、神は居ない、と?」ダーヴィットは、微かに声を荒げる。
「私には、にわかに信じられない……同じ理由で〈祝福〉も教会や王家が言うような聖なる力だとは思えない。能力自体は信じる。でも、解き明かすことのできる現象であり、そこには危険性や、さらなる有用性があると考えている―」
そう言い、ソフィアは、ダーヴィットの指を握りしめる。
「―毒麦と同じようにね」
「なぜ、毒麦が出てくる?」
「毒麦は、手足の壊死、堕胎、痙攣を引き起こす。それが認知されている上で、恍惚も引き起こすと知られている。だから、人は恍惚を見る為に毒麦を使用しない。
でも、もしかしたら恍惚自体も身体に強い負荷をかけているかもしれない。だから、私は二度と使おうとは思わない」
ソフィアは大きくため息をつき、
「でも〈祝福〉は違う。もしかすると、我々は〈祝福〉と呼ぶものの、恍惚しか見ることが出来ていないのかもしれない。もしかすると〈祝福〉にも大きな副作用があるかもしれない。それを解明せずに《第壱位階》とコンタクトを取り、さらに力を引き出すなんて危険すぎる」
ダーヴィットは、ぼんやりと自分の手を眺めた。火傷だらけの、ごつごつとした手を。その手は脂汗で濡れている。そこに白く細い指が添えられ、
「力の原理を解明すれば、多くの人が、ダーヴィットが使っている力を使えるようになるかもしれない。そうすれば、世界は変わる。良い方にも、悪い方にもね。だからこそ、この力の情報を統制し、神秘を結び付け、宿った物を聖人に祭り上げるような、そんなのはおかしい」
ダーヴィットは頭を垂れた。
「力を得たから聖人になるんじゃない。力を扱う為に、全員が善く生きる。私はそういう方が良いと思う」
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