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20話 第壱位階(ヒエラルキア・ザ・ワン) ー1

【1】

 

 夜の8時、ダーヴィットは変装し、家を出る。街の北側にある大聖堂カテドラルへと向かう。エアハルト大司教に呼ばれたのだ。


 月が闇を照らす中、ダーヴィットは大聖堂へ向かう。深夜だというのに、武装した衛兵たちが立っており、眼を光らせている。


 大聖堂の一室、尖塔の一つに招かれる。そこはエアハルトの住居だ。中は蝋燭ろうそくの炎と、硝子ガラスの屈折で作り出された光が充満していた。ダーヴィットは美しさに圧倒され、息を飲む。


 入口で持ち物検査を受け、武装を全て回収される。身一つになったものの、衛兵が2人、ダーヴィットを囲んでいる。


「30分だけです」


 衛兵に言われ、ダーヴィットは曖昧に頷く。そこまで正確に時間を意識して生きたことがなかったのだ。


「大司教様は、昼間の訓練で大変お疲れです」


 ダーヴィットはなるほど、と思う。過去に一度、参加したことがあった。エアハルト一人に対し、数人の騎士が戦いを挑む模擬戦だ。安全対策が行われている武具を使う以外は、実戦と変わらないもので、ダーヴィットはそこでエアハルトの実力を思い知らされた。


 訓練中、嬉々として風を操り、騎士を倒していくエアハルトを見て、騎士たちは〈祝福〉を学ぶのだ。しかし、今思えば、莫大な資金を使った戦争ごっこに過ぎなかった。


 部屋の中心部に行くと、天井から白い布が垂れ下がり、複雑に絡み合っている。それはエアハルトの寝具であり、羽が地面に着かないようにするためのものだという。


 エアハルトは寝具の上で、ぼんやりとステンドグラスを眺めていた。視線の先には、赤子を抱く聖母の姿。


 従者から呼ばれると、エアハルトは寝具から飛び立ち、ゆっくりと降りてきた。月光の中に浮かぶ埃も、エアハルトの傍にあると、まるで星の屑のように見えた。


「忙しいのに、すまないね」


 エアハルトが淡い光を放っている。その周囲だけ、清らかな微風があり、心地よかった。


「いえ、構いません。それで重大な要件とは?」


「王は、君に土地を与え、正式に騎士として迎えたいと考えている」


「ありがたき、お言葉です」


「命があり次第、氷華伯の領地で警備を行ってほしいと」


 氷華伯が収めていた場所は、首都から急いでも一週間の場所にある。市民運動に参加できなくなるかもしれない。ふと、ソフィアと、ブブの顔が思い浮かぶ。


 エアハルトは、難しい顔をしているダーヴィットを尻目に、


「とは言え、国境へ向かうのは先の話だ。暗殺者が見つかっていない以上、ここを離れるのは危険だ。今は〈光撃〉と〈迅雷〉が国境警備についている」


 ダーヴィットがこうべを垂れると、


「良い話ばかりではないよ。君は、この国の防衛を担うことになる。つまり、この国の業を背負うことになる」


「業……ですか?」


「これから話すことを知っておかければならない」


 エアハルトは、ゆっくりと話し出す。


 20年前《第壱位階》が飛来、それを同盟軍が破った―それが流されている歴史だ。だが、事実は違うという。


 《第壱位階》に意志はなく、自立移動も行えなかった。しかし、周囲の生物を変異させてしまう為、その駆除は必須であった。


 当初は砲撃を行ったが、再生力が強く、殺すのは不可能であった。また攻撃で飛び散った破片は生物を変異させた。《第壱位階》の肉体を焼くことで、再生を阻害できることは分かっていたが、あまりに身体が巨大すぎた。


 そこで王は、三等分に《第壱位階》を切り分け、再生する前に隔離し、個々に焼く作戦を立案。ヴィン王国と、他二つの大国の協力の元、作戦は実行された。


 罪人の命と引き換えに《第壱位階》は三つに等分され、巨大な箱に封じ込められた。熱を与えながら、何重もの鉄の箱に封じ込めることで、断片は再生せず、かつ周囲に影響を及ぼさなくなった。アイメルト家はそれを森へと隔離し、施設内で厳重に保管していた。


 断片の影響か、ヴィン王国では強力な異能者が誕生し始めた。変異というほどでもない、緩やかな変化がヒトを含む、生物にもたらされていたのだ。その力を使い、アイメルト家は平和を築き上げた。


 つまり、この20年の平和は《第壱位階》の断片によって、保たれていた。しかし、2年前の事故により、その断片が失われてしまった。前王太子の命と共に。


 エアハルトは話し終え、


「この1、2年は、他国からのスパイが多く入ってきている。いずれ、断片がない事が悟られる。その時、この国は大きな戦禍に見舞われるだろう」


 エアハルトはそう言い、唇を吊り上げた。心底愉快と思っているかのような、まるで戦が始まって欲しいと思っているかのような、薄暗い欲望にまみれた笑み。


 ダーヴィットは、呼吸を整える。自分がこの国の暗部を知ってしまったという事実に、耐えられなかった。


 エアハルトは表情を戻し、


「王はそれを回避するべく、ある計画を進めているのだ」


「ある計画……?」


「《第壱位階》との意思疎通だ」


「おっしゃる意味が……分かりかねるのですが」



【2】


 ソフィアは、会合を終え、部屋に戻ってきた。


 戦力の増強が必要であるという議題は、煮詰まっていた。これから何人の異能者を暗殺するのかは未定だが、現状の戦力は余りにも脆弱ぜいじゃく過ぎた。


 森の狩人―異能者の血肉を売る者たち―を雇ってはどうか、と言う話も出たが、却下された。かつて、彼らはアイメルト家の騎士団と戦い、相打ちとなっているのだ。その力は強大であり、身の凍るような噂も多くあった。噂では、とある傭兵団の狂人が集められたという。


 だが、その正体どころか、僅かな情報さえも手に入らず、仕事の依頼は無理だという結論に至った。


 このままでは、まずい。ソフィアは一人、椅子に座り、大きく息を吐いた。


 やはり、あれを使うしかないのか―


 思考から逃れるように、暗闇を眺めると、影がぬるり、と蠢いた。見間違えかと思い、ソフィアはそれをじっと見つめていた。しかし―


「手紙は拝見しました」 感情の抜け落ちた声に、ソフィアは驚き、部屋の隅へ行く。


「お嬢様、お久しぶりです」 影の中で、男が言った。


「〈影泳〉……貴様」 ソフィアは歯噛みし、かつての従者の暗号名を口にする。暗影のような薄気味の悪い男で、ソフィアの生家で、護衛役を務めていた。


「挨拶は、ほどほどにしましょう。氷華伯を倒し、市民を扇動している手腕、素晴らしいです。叔父上も喜んでおられる」


 ソフィアは、〈影泳〉を睨みつける。助けて、と何度も手紙で送ったのに無視してきたというのに、こんな時だけ。


 だが、逆に好都合でもあった。戦力不足を解決できるかもしれない。しかし、ここは、奴の目的が分からないので、牽制の意味を込め、


「私を使って、思い通りにヴァン王国を動かすつもりなら期待しない方が良い、と伝えて」


 〈影泳〉は唇を吊り上げ、


「アイメルト家との同盟関係を利用し、戦時に〈祝福〉の力を借りれさえすれば、ヴァン王国の運営に興味はない、と当主様は仰っています」


 数年前、他界したソフィアの父に代わり、王となった叔父の顔が浮かぶ。どこまでも狡猾な男だ。言葉をそのまま信じるわけにはいかない、だが、現状では裏方に徹するという訳なのだろう。


 ソフィアは呼吸を整え、「王の殺害を成功させるには、現在、国境沿いに居る〈光撃〉〈迅雷〉の部隊を、引き付けておいてもらう必要がある、というのは手紙で書いた通りよ」


「御意」


「それに、王の殺害には兵が居る。部隊を何人か寄こしてほしい」


 影泳は、唇を吊り上げ、


「それは情報収集を行わないと、何とも言えませんな」


ソフィアも唇を吊り上げ、「条件が飲めないなら、ここから飛び降りる」そう言って、窓枠に指をかける。


「そうですか……それは困りましたね。では、検討します」 そう言って、影泳は消えようとする。


「気を付けて、叔父様にはよろしく」


 影泳は頷き、闇へと消えた。


 ソフィアは暗闇を見つめた。夜風が髪をなびかせた。本当に戦が始まるのだ。

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