18話 隠れ家 ―1
ソフィアとダーヴィットは農民に化け、馬車に揺られている。目的地は、街の北側だ。防壁の先には森が広がっていると聞いていた。
氷華伯暗殺から数日経っており、捜査の目が厳しさを増していた。
騎士団長の捜査により、氷華伯暗殺のグループの一端が暴かれた。
彼らの捜査によると、数日前、娼婦による色仕掛け(ハニートラップ)が騎士に対して行われたという。そして、それにより、王都に氷河伯が居るという情報を盗み出されてしまったということが判明した。そして、娼婦は海外組織の工作員である可能性が高い、と。
だが、この情報は、ジーモン副団長が作り出した偽装であり、捕えられた娼婦や、情報を話してしまったという騎士も大金を積まれ、演技を行っただけだ。だが、騎士団長は、これで捜査が進展した、と吹聴した。
これにより、氷華伯を暗殺したのは国内の人間ではない、とほぼ証明された訳だ。だが、騎士団は海外組織のスパイ狩りの名目で怪しい人物を捕縛、尋問を行っているので、油断は出来なかった。
捜査の目が緩まった一瞬で、市民運動家たちは形成を整え、次の暗殺の計画を立てようとしていたのだ。
壁の外にある隠れ家に連れていくとだけ言われ、ソフィアとブブは、馬車に揺られていた。目の前に座っているダーヴィットは、周囲を警戒している。
無言の中、ソフィアは〈第弐位階〉の事を考えていた。
ヘス神父に見せてもらった資料では、〈第弐位階〉が初めて現れたのは20年前。その出現頻度は《第壱位階》が倒され、激減する。
それからの20年は、年に一回、現れるかどうか。しかも、その大きさも野犬サイズ。
しかし、この2年間では、些細なものを含めると100回以上も出現している。街の南側、人の立ち入れぬ樹海から彼らは現れた。巨大な個体も5回現れている。この前ほどの破壊は行われなかった物の、出現数は増えているのだ。
何かがある、それもアイメルト家の暗部に繋がる何かが―ソフィアはそう確信していた。2年前、前王太子が死亡した事故と何か関係あるに違いない。しかし、それ以上は分からない。
ソフィアはため息をつくと、ダーヴィットは何を思ったのか。
「この前は助かった」 ダーヴィットが床を見つめ、言った。
氷華伯との戦いから数日間、傷の処置をしつつ、匿ったのはソフィアだ。
礼を言われたことに、ソフィアは少し驚いていた。
「別に気にしてない」ソフィアが当然のことのように言う。
「なぜ……王を憎む?」
「急に何?」
ダーヴィットは拳を握りしめ、
「仲間のことを知りたいと思うのは、おかしいか?」
仲間、という言葉を聞き、ソフィアは唇を吊り上げる。だが、無言で居るのも気まずかったので、過去について話した。
「そうか……お前も空腹で苦しみながら生きてきたのだな」
ダーヴィットはうつむき、「パンを分けてくれて、ありがとう」
感謝されたのはいつぶりだろうか。ソフィアの中に懐かしい感情が蘇ってくる。そして、同時に芽生えてくるのは、彼も王に虐げられてきた民の一人だという事。
「大したことない」ソフィアもうつむき、馬車の床を見つめる。
同じ苦しみを、乗り越えてきたと分かると、妙な感情に襲われた。
「ぶぶも、だーヴぃっとから、ぱんもらてた。そふぃあのぶんも」
ブブが横で、ダーヴィットを指さす。
「そうなの?」 ソフィアは驚き、目を見開く。
ブブがくれたパン。それがソフィアの命を紡いでいたのだ。それはダーヴィットのやさしさだったのだ。今まで憎しみだけで生きてきたと思っていた。だが、違った。
「あなたが居なければ……私は死んでいた」
「買い被りすぎだ……ブブの優しさがお前を救った。それだけだ」
ソフィアは、ブブの頭を撫でた。少年はくりくりとした目を輝かせ、微笑む。
ダーヴィットはそんなソフィアを見て、
「憎しみではなく、ブブのために戦おうとは思わないのか」
「え……」ソフィアは、虚を突かれる。
誰かのために戦う。そんな余裕などなかった―
「民を救えるのは、お前だけだろ」
「私が……すくう?」
ソフィアは唖然とする。自分が誰かを救えるなど、思ったこともなかった。目の前の危害から「助ける」ことは出来ても「救う」事はできない。
目の前では、ブブが心配そうに、ソフィアを見つめている。
「お前を慕う、ブブの気持ちに応えたいとは思わんのか?」
私を慕う?
ソフィアは動揺を隠すために、下を向く。
私が誰かに受け入れられる訳がない。誰かと一緒に生きていける訳がない。
「もうすぐ着くぞ」
爽やかな緑の香りに、ソフィアは息を飲む。目の前には、うっそうとした林が広がっていた。
―夢じゃないのか
「おい、どうした。行くぞ」 ダーヴィットの声に、ソフィアは我に返る。
〈第弐位階〉の遺骸処理と、氷華伯暗殺により、街周辺は警備が厳しくなった。その為、少し違う場所に拠点を増やすことになったのだ。
一つは貧民街の端、もう一つがここである。防壁近くの林で、おそらくここの近くが戦場になる。だからこそ、ここに拠点を増やすことにしたのだ。
ソフィアも視察に来たのだ。
「いこ」 ブブが、ソフィアの袖を引っ張り、言う。
「え、ええ」ソフィアは思わず、表情がほころぶのを感じる。
初めて、ブブの目の前で笑った気がした。ブブは何も言わず、それを受け入れてくれる。
ソフィアは、ブブと共に森を散策した。穏やかな時間の中、緑の臭いを嗅ぐ。日差しに目を細め、鳥の声を聴く。こんなのはいつぶりだろうか。
2人は夢中で森の中を駆けた。
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