隠れ家 ―2
【1】
散策を終え、ソフィアが隠れ家に向かうと、ヘス神父が一人で待っていた。
「ブブ、お前は先に戻れ」 ヘス神父は言い、ソフィアを一人残らせた。
「来なさい」 ヘス神父は、そう言い、ソフィアを隠れ家から離れた木の下に招く。
「時にソフィア、君はどのような君主になろうと考えているのだ」ヘス神父が唐突に尋ねる。
神輿として、何回も応えてきた質問だった。もはや、諳んじて言えるほどに。
「現在、多くの財政資金の多くは〈祝福〉に費やされています。まずはそれを変えなければ」
「では〈祝福〉なしにどうやって国を守る。〈祝福〉で巨大化した国だぞ」
ソフィアが答えに詰まっていると、
「自分の頭で考えないからそうなる。はかりごとだけでは国は動かない。小手先の知能だけではな」
ヘス神父は冷たく言い放った。
ソフィアは顔が熱くなるのを感じた。猛烈な恥ずかしさの中、怒りが湧いてくる。
「他国の事を学べ。商人や傭兵から話を聞け。お前にはそれが足りていない」
ソフィアが言おうとするのを遮り、ヘス神父が続ける。
「聞くがな、完璧な君主とはどんな存在だと考えている?」
「完璧な君主……」 ソフィアは歯を噛み締め、
「状況下に対し、間違った選択肢を行わず、最適解を選び続ける君主……その君主が何を求め、民が何を求めているか、で変わるとは思いますが」
ヘス神父は鼻で笑い、
「間違えない君主という訳か……私はそうは思わない。今の王であるカールハインツ大公は、完璧な君主ではあるが、完璧な人間ではなかった」
ソフィアは、ヘスを睨みつけ、「どういう意味です」
「彼は若い娘が好きで、それなのに王妃に尻に敷かれ、戦を好み、息子たちを溺愛し、正しく評価できなかった。だが、そのような不完全性こそが、彼を支えたい、彼の考えを見極めなければ、という臣下の行動につながった」
「周りが支えたいと思う君主という事ですか?」ソフィアの語尾が荒くなる。
「人は必ず間違いを犯す。それは君主とて同じだろう。だからこそ、それを正せるような臣下が居る君主こそ完璧だと私は考えている」
今度はソフィアが鼻で笑い、
「臣下が君主の過ちに気づかない……そんな完璧な者がいるとは思えませんが」
ヘス神父は、返すように鼻で笑い、
「共に協力者の元を回った時、お前は完璧に救国の聖女を演じきっていたよ。それだけじゃない。氷華伯との戦い、その後の話し合いの時でさえ、お前はみんなから特別な視線を受けていた」
「そんなバカな」 ソフィアは息を飲む。
「どうなりたいか、考えろ」それだけ言って、ヘス神父は隠れ家に戻って行った。
神輿か、それとも真の仲間か。誰かのために戦うのか、それとも復讐か。ソフィアは怒りで煮え切った頭で考える。
「どうした」後ろからダーヴィットの声がし、ソフィアは大きく息を吐く。
「何でもない!」ソフィアは僅かに声に怒りを滲ませる。
「これから飯だ。お前も来い」
市民たちが、隠れ家に入っていく。
ソフィアの脳裏に、妃の姿が浮かぶ。一挙手一投足に対し、怒鳴り散らされ、笑われた記憶が蘇る。
「い……行きたくない。お腹、空いてない」
ソフィアは拳を握りしめ、地面を見つめていた。そうすれば何かが解決するかのように。
「気持ちは分かる……だがな」
「気持ちなんて分かる訳ない!」 ソフィアは声を荒らげていた。気が付くと、唇を強くかみしめていた。
「ヘスが、あたしを皆の前で晒上げるなんて分かり切ってる!」声が震える。指がかじかんだようになり、頭が真っ白になった。
「そうしたくないから、2人で話したんだろ」 ダーヴィットが冷静に言う。
ソフィアは、えっ、と声を上げてしまう。
「本当に仲間だと思っているから、きついことを言った。そんなところだろう」
「そんなの分からない!」 ソフィアは言い、膝を抱え、座り込んでしまう。恐怖で足がすくみ、立てなくなったのを誤魔化したのだ。
「みんなが待ってる」
行きたくない、とソフィアが小声で言う。
「意気地がないんだな、意外と」 ダーヴィットがため息をつき、
「誰も、お前のマナーなんぞ見ちゃいない。さ、俺が付いていくから、一緒に行くぞ」
ソフィアは涙と鼻水で濡れた顔を、服に押し付けた。
「気持ちを落ち着かせる香草だ。嗅げ」 ダーヴィットが瑞々しく青い葉を差し出す。
香草は、ほんのりと爽やかな香りがする。ゆっくりと呼吸をすると、脳が冷えるような感覚がした。呼吸が穏やかになり、気持ちが落ち着いていく。
「行けるか?」
ソフィアは無言で首を振る。
「大丈夫だ。ほら、行くぞ」 後ろから両腕を持たれ、ゆっくりと立ち上がらされる。
「行けない……」 足が震え、力が入らなかった。隠れ家まで、遠くに思えた。逃げてしまいたかった。
ソフィアの鼻水を、ダーヴィットが布で拭き、
「歩くぞ。一歩ずつ」
ゆっくりと近づくごとに、心臓の鼓動が激しくなる。身体が強張り、動かなくなる。それをダーヴィットが優しく、力強く支える。
気が付くと、扉の前まで来ていた。静かに扉が開き、ソフィアは顔をうつむかせた。
ヘス神父を始めとするメンバーが、テーブルに着き、食事を待っていた。
ソフィアはおずおずと席に座る。皆の視線が一点に集まり、肌に突き刺さる。空気が全身を圧迫するようだった。
「遅いっスよ、姐さん、兄貴」 ティモがパンを頬張りながら言う。
「待ってろって言っただろ」 ダーヴィットが、ティモの頭を小突く。
「へぇ、へぇ」 ティモは悪びれない。
「ソフィアも来たし、食べ始めるか」 ヘス神父が何事もなかったように食べ始める。
皆にトレンチャー(料理を置くための、硬いパン)が置かれる。
ソフィアは、それを睨みつける。というより、顔を上げることができなかった。
咀嚼音と、話し声が聞こえ始め、ソフィアは、ふと顔を上げる。誰も自分を気にしていなかった。
「ずいぶん、豪華っスね」
ティモが、肉料理と、トレンチャーを見て、言う。
「ジーモンの支援によるものだ」 ヘス神父が言い、食事を始める。
ティモとブブが、がっつき、ダーヴィットがたしなめる。しかし、その表情はどこか嬉しそうだ。
ソフィアは、息を吐き出し、脱力する。指の震えが小さくなり、顔面の硬直が緩んでいく。ぐぅ、と腹の虫が鳴く。
ソフィアは、ぼんやりとトレンチャーを切り、もそもそと食べる。トレンチャーは貴族なら、食べるものではない。我に返り、周りを見るが、気にする者は居ない。
ソフィアは一人、笑ってしまう。私は何を気にしていたのだろう。
「姐さん、それ俺にくれよ」
「ぶぶにも!」
「ソフィアはまだ食べてるだろ」
ソフィアのマナーなど気にしないように、皆が声をかけてくる。
ソフィアは久しぶりに心から笑い、パンを口に放る。咀嚼して飲み込む―その一連の動作が重くなかった。
脇から果実酒が注がれ、
「さっきは言いすぎた」 ヘス神父が赤い顔をして言った。
ソフィアは微笑み、口元を抑える。
身体が温かくなり、心に詰まっていた澱が抜けていくような感覚。
気が付くと、ソフィアも、みんなの輪に加わっていた。
【2】
ソフィアは、数時間後には城に居た。ベッドへと倒れこむ。
「行儀が悪いな」低い声がし、ダーヴィットが言う。
ソフィアは無視し、枕に顔を押し付ける。
「疲れた」
「そうだ。これを」 ダーヴィットが香草をソフィアに渡す。月明かりに香草が揺れていた。ほんのりと爽やかな香りがする。
先ほどとは違う動悸がし、ソフィアの頭は真っ白になる。ダーヴィットと視線を合わせることができない。
「俺の生まれ故郷には草原があって、そこにはその香草が沢山咲いていた。それが花を咲かせ、それが月夜に照らされると美しい。もし、自由になれたら、ブブと三人で見に行こう」
「え……えと」 ソフィアは俯き、香草をいじる。指で押したせいか、香りが充満し始める。
「あ、ありがとう」 ソフィアはやっとのことで言い、またベッドに倒れこむ。
「疲れたろう」 ダーヴィットはそう言い、椅子に座り込む。
ソフィアは顔が熱く、枕から頭をあげられない。
部屋中に香りが充満していた。今まで感じたことのない安心感に包まれていた。心地の良い緊張感に、ソフィアは思わず、声をあげて笑いそうになる。
ソフィアの脳裏に広がるのは、ダーヴィットの故郷。月夜の中、香草の畑で寝転がる3人。幸せそうな3人の表情。
「自由に……なれたら」ソフィアは噛み締めるように言う。
「何か言ったか?」
「ううん」ソフィアは香草を抱きしめ、布団の中で丸くなる。
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