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救済

 甘い香りがし、ダーヴィットは急速に覚醒する。身体は鉛のように重く、炎が焼き付いたような鋭い痛みがした。


 辛うじて指が動く。指先が感じた感触は布の柔らかさだけ。眼だけを動かすと薄闇の中に知らない部屋が広がっていた。咄嗟に指で武器を探る―ない。


 心拍数があがり、身体が熱を帯びる。それなのに恐怖で冷たい汗が止まらない。


 ―ここは何処なんだ。


「動かないで」


 ソフィアの声がし、ダーヴィットは深く息を吐いた。身体が溶けるような安堵。一瞬で身体の力が抜ける。


 ダーヴィットは、掠れた声で、


「何もなかったか?」


 ソフィアは頷き、


「止血するから」冷静な声とは裏腹に、その額には汗の雫。


 ソフィアは、ダーヴィットの腕を持ち上げ、傷口を圧迫していた鉄製の筒を外す。傷口からは血と葡萄酒の臭いがした。


ソフィアは傷口を見つめ、「葡萄酒で傷口を洗ってから、鉄妖の力で圧迫して血が止まるのを待ってた」


 ソフィアの蒼白い瞳が、細かく動く。そして、息を吐くと手に持っていた、すり鉢から軟膏(塗り薬)を取り出し、傷に塗り込む。


「ノコギリソウの葉を洗って、乾燥させたもの。止血の効果がある」


 焼けるような痛みがし、ダーヴィットは歯噛みする。


「お願い……もう少しの我慢だから」


 ソフィアは唇を噛み、傷口に薬を塗り、傷口が開かないように圧迫しながら布を巻いていく。


 終わった、とソフィアはが息を吐き、汗を拭う。髪が乱れ、額にかかっていた。荒い息がダーヴィットの肌に当たる。


 ダーヴィットは目だけ動かし、自分の身体を見る。辛うじて見えた胸元には、清潔な布が巻かれ、傷が覆われていた。


 ―ひとまずは助かったか


 ソフィアは、血に濡れた布を片付け始めた。


 ダーヴィットが、ふぅと息を吐くと、ドアがノックされる音がした。


「騒々しいけど、何かあったの」嫌味な言い方。乱暴な中年女性の声―王宮の貴族の一人だろう。


 ダーヴィットは身体を起こそうとして呻き声をあげる。全身を電撃が走るような激痛が襲い、歯を強くかんで堪える。


 ダーヴィットは騎士団以外に顔を明かしていない、もしも侍女に見つかり、警備の騎士を呼ばれれば、ここで殺される。


 ダーヴィットは倒れ込み、掠れた呻き声をあげる。動悸が激しくなり、情けなく息を吐きながらソフィアを見る。胸が圧迫されるような感覚と共に、全身から嫌な汗が噴き出していく。


 ―俺を裏切るのか


 ソフィアは警戒したように扉の方を見ながら、動かないで、とダーヴィットを手で制す。


「今行きます」ソフィアは髪を整えながら扉へと向かう。音を立てないように扉を開けると、その隙間から、女の顔が見えた。その視線は、ソフィアの手に注がれる。


 心音が狂ったように鳴り、ダーヴィットの視界は急速に暗くなっていく。恐怖感は増し、指が痙攣した。だが、余りにも無力だった。


「その……月のもので布団を汚してしまいまして」ソフィアが頭を下げる。


 女は鼻を鳴らし、「汚らわしい……ろくに子供も産めないくせに」吐き捨てるように言うと、扉が閉められた。足音が遠ざかっていく。


 2人の間にまた静寂が落ちる。


「あ……ああ」ダーヴィットは情けなく声を上げ、脱力した。全身の汗が冷たく、急速に身体を冷やしていく。


 このまま体温が下がれば死ぬ。そんなことを冷静に考え、ふっと鼻で笑う。こんな豪華な部屋で死ねるのなら悪くない。


 そんなダーヴィットを横目にソフィアは息を吐き、毛布をダーヴィットにかけてきた。


「よごれ……るぞ」


 ダーヴィットを無視し、ソフィアは毛布の中に入り込み、その身体に触れる。温かく柔らかい―命の温もり。


「やめ……」ダーヴィットの拒否を受けず、ソフィアは無言で添い寝を続ける。


 二度も助けられた。一度目は命を張って、そして、二度目は自分を傷つけてまで。


「すまん……」


 そう言い、ダーヴィットは眠りに落ちた。

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