氷華(ファフロスト) ―2
深夜、ダーヴィットは待機場所から抜け出す。そこは、街の中心部、王宮が近くにある街でまだ明かりが灯っている場所もある。交通量の多い道は通れない。路地裏を無音で進む。
顔には黒い顔料、黒革で作られた防具に身を包み、武器は短剣と、閃光弾だけだ。潜入し、暗殺するという作戦上、ロングソードなどは携帯できない。
夜風が肌を撫で、ダーヴィットは僅かに身震いした。光源は青白い月だけで、地上は闇が支配していた。
マナーハウスに着くと、鍵をこじ開け、中に入る。聞いていた通り、廊下は僅かに霜が付き、床は凍り付いていた。奇妙なことに、植物が至る所に置かれている。葉をよけ、音をたてぬように進む。
―まるで小さな森だ。なぜ、こんな事をしている?
ダーヴィットは疑問を頭から飛ばす。〈祝福〉を制御し、僅かに炎を出し、足元を溶かしながら進む。もしも炎が無ければ、今頃、凍傷で動けなくなっていただろう。
マナーハウスの闇を抜け、書斎へと向かう。ダーヴィットは、短剣を抜く。足音を立てないように全身を張り詰めさせる。僅かなオレンジの光が見え、扉を微かに開くと蠟燭の光が見える。
「誰かいるのか……」低く、良く通る声。氷華伯は剣を取り、扉の方を睨みつけている。
ダーヴィットは舌打ち、部屋に滑り込む。目の前には、寝間着を着た氷華伯。
「どうやって入ったかは分からんが……生きては帰れんぞ」氷華伯は吐き捨てるように言い、剣を構える。
正体がバレるリスクと、自身が大火傷を負う可能性を考えると、最大火力で〈祝福〉を発動させるのは危険だ。剣を使い、殺すしかない。ダーヴィットは歯噛みし、短剣を構える。そして、足を踏み出す―同時に閃光弾を投げる。
氷華伯の真横で、黄色い炎が炸裂―老騎士は体勢を崩す。磁力で強引に接近。短剣を腹に突き立てる。金属がこすれ合う鈍い音が響く。氷華伯は身体を逸らせ、剣でダーヴィットの一撃を防いでいた。
―まずい
ぴきぴき……と嫌な音がし、短剣が凍っていく。
ダーヴィットは全身をばねのようにし、跳ぼうとする。しかし、靴が、ぐっと何かに引っ張られ、地面に倒れこんでしまう。
地面に叩きつけられ、ダーヴィットは呻く。周囲を見渡すと床が凍り付き、靴が貼りついていた。周りにあった草木が凍り付いていく、否、それらの草木から氷の華が咲いていく。
まさか、これは、霜害を利用しているのか―ダーヴィットの脳裏に、霜が降ったことで枯れていく農作物が浮かぶ。
背は腹に変えられない―〈祝福〉を発動。手足が発火し、瞬時に氷が解ける。咄嗟に前転しながら短剣を投げる。氷華伯は、僅かな動きで回避。
隙を利用し、ダーヴィットは廊下のそばに移動した。替えの短剣を抜き、構える。気が付くと、吐く息が白くなっている。酒樽から、細かい霧が出て、それが凍っているのだ。
手足の感覚がなくなっていく。歯噛みするが、それも歯が震え、音が鳴る。
氷華伯は剣を構え、突進してくる。ダーヴィットは、老騎士の鋭い突きを、短剣で受ける。腕が震え、肩を裂かれる。苦悶と悪態が突いて出るが、どんどんと動きが鈍っていく。気が付けば、全身がズタズタになっていた。
気が付けばダーヴィットは喘ぐように呼吸を繰り返していた。血を流しすぎているのだ。全身が泥のように重い。視界が歪み、脳そのものが揺れるような不快感に襲われる。
―このまま血を流し続ければ、死ぬ。ここは退くしかない。
一か八か、出口へ向かって逃げようとする―ダーヴィットは磁力を発生させ、脚を踏ん張る。異様な速度で、出口へと跳ぶ。
しゅっ、と鋭い音がする。ダーヴィットの目が捉えたのは、酒樽から飛んできた水の槍。氷華伯が、〈祝福〉で樽の水を瞬間的に加圧し、それを凍らせて噴射したのだ。
―死ぬ
冷たい直感が脊髄に走る。




