表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/35

市民運動 ―2

 ソフィアは窓から月を見つめていた。


 王を暗殺するべく、宮廷内のスパイを利用し、情報収集を行っていた。それで分かったのは、現状では暗殺は難しいということだ。市民運動家に情報を流してみたが、反応はかんばしくない。


 不死の為の血液を摂取する前には、必ず毒味役がいるはずだ。警備は厳重で、暗器を持ち込んでの暗殺は、差し違える覚悟がないとできない。


 差し違えて何になる―ソフィアは自嘲的に微笑む。


 ソフィアは大きなため息をつく。病人のような、長く重いため息。そして、窓枠に指を掛ける。


 もう終わりにしてしまおうか―力を込めると、ふと人の気配がした。振り返ると、そこには真っ黒な男が居た。ソフィアより背が高く、体格のある男だ。警備を潜り抜ける技術がある訓練された夜盗。


 頭が真っ白になり、身体が動かない。恐怖で声も出ない。


 男は短剣をソフィアに向け、人差し指をソフィアの唇に当てる。男は黒いマスクをかぶり、眼だけが見える穴から、こちらを見ていた。


「静かに」かすれた低い声。思ったよりも若い男のようだ。しかし、手慣れているようで、動作には隙が無い。


 落ち着け―ソフィアは自身に言い聞かせる。呼吸を整えて、一つ一つ冷静に状況を洗い出すんだ。私をさらっても一文にもならないだろうし、財産もない。ソフィアが怪訝に思っていると、


「要件は一つ。お前の持っている情報を一つ、俺がこれから言う場所に置いてくることだ」


「どうして……従うと思うの」


 ソフィアは息を吸い込み、助けを呼ぼうとする。


 男は人差し指を振り、子供に言い含めるように、


「助けを呼ぶのは自由だ。だがな、あの貧民街の少年、ブブとか言ったか……その命を預かっていると、と言ったら?」


 ソフィアは思わず、呻き声をあげてしまう。


「貧民の事なんて……死のうと生きようが関係ない!」


 男は返事を聞かず、「ブブはこちらで預かっている。情報と交換だ。では、三日後。この地図の場所に来るんだ」


 投げられた紙を受け取り、見ると、貧民街の地図。


 男は窓から飛び降り、闇へと消えた。ロープと金具が夜風で揺れていた。鉄妖を用いた大胆で緻密な犯行だったという訳だ。


 ブブの命がどうでも良い訳がない―ソフィアは無言で拳を握りしめる。


『おんなじ』ふと、脳裏にブブの声が蘇る。


 2年前、路地裏で動けなくなっていたソフィアは、貧民街で最も弱い存在であった。


 強者が弱者から搾取し、時に虐げる。それがこの世の全てだと、その時のソフィアは考えていた。弱者は利用され、虐げられ、死ぬだけだ。居場所などない。


 目の前に現れたブブは、口から血が流れ、衣服も破れていた。一かけらのパンを必死に握る姿は、弱肉強食の社会の中で、最底辺であり、たった今、そのルールを再度、痛みと共に叩き込まれた事を表していた。


 ソフィアは、ブブを見て考える―拘束されて売られるか、衣類をはぎ取られるか、それとも。


 最悪の光景を思い浮かべたソフィアに向け、ブブはひとかけらのパンを差し出した。


『なんで……?』


 純粋な疑問を口にしたソフィアに対し、ブブは自分の腹を押え、それからソフィアを指し、


『おんなじ』そう言って、ソフィアの口元にパンを運んだ。


 弱者は利用され、虐げられ、死ぬだけだ。居場所などない。つまり、私は、生きていていい人間ではない。お前だって分かっているだろう―


 嫌がるソフィアに、ブブは無理やりパンを食べさせる。食べないと死んでしまう、と言い聞かせる。


 何と愚かなのだろう、何と浅はかだろう、そう思いながら、ソフィアは嗚咽し、パンを夢中で咀嚼していた。


 私も生きていて良いのだ、と初めて実感できた。胸に広がる闇が、少しだけ晴れた気がした。


 弱者を助けるというブブの考えは、愚かなのかもしれない。だが、それには何か大きな可能性が秘められている、とソフィアは信じていた。だからこそ、彼を失う訳にはいかなかった。

 読んで頂きありがとうございます。感想、評価、レビュー、ブックマーク、お待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ