市民運動 ―1
ダーヴィットは変装し、街を進んでいた。そして一つの民家を見つけ、ドアをノックする。
「合言葉を」中から声が聞こえ、ダーヴィットは合言葉を言う。重い扉が開かれ、民家に入ると部屋には、3人の家族が居た。父母と、娘が一人。
「ダーヴィット!」娘が笑顔を浮かべる。10代の娘で、華奢で、そばかすだらけの何処にでもいる町娘だ。
「二階に行け」酒を飲んでいた父親が、ぶっきらぼうに言う。
ダーヴィットは礼をし、二階へ上がる。廊下には剣を持った男が2人居た。
「さ、みんなが待ってる」一人に促され、奥の部屋に向かう。部屋には男が3人居た。
ダーヴィットは手を挙げ、皆に挨拶する。
彼らは、王家打倒を目指す組織である。とはいえ、積極的な運動には至らず、王家や教会を批判したり、貧困に対する互助を行う組織になっていた。ダーヴィットは贖罪の為、この運動に参加していた。
「まずは、召集の理由を教えてもらおう」
一人の男が口を開く。彼はこの運動のリーダーで、名前はヘスと言う。皆からは、神父と呼ばれている。
ダーヴィットは不死者の事、実験の事、人さらいを頼まれたことを話した。話す間、神父はダーヴィットに冷たい眼を向けていた。
ヘス神父はため息をつき、目じりを揉む。
このヴァン王国の王であるカールハインツ・アイメルト大公。かつては大戦の英雄であり、民から慕われた君主であった。だが、二年前の長男の死と、自身の病が彼を変えてしまった。かつては異能を率い、他国を圧倒し、異能達からも慕われ、畏敬の念を向けられていた。だが、今では異能を狂信し、その力に溺れている。
皆が言葉を失い、俯いていた。
「いつ、終わるんだ」誰かが言う。
確かにヴァン王国は、他国と比べると異様に平和であった。他国では、王位継承権を巡る大規模な戦乱が立て続けに起き、戦禍は拡大している。貴族は領土を巡り争い、傭兵たちが跋扈し、今現在も血が流れ続けている。
それに比べれば、カールハインツ大公の元、中央集権化が進み、貴族たちは争わず、他国からの侵攻もない現状は、理想郷にも見える。だが、それは民から徹底的に搾取し、貴族たちを潤わせ、抗争を防いでいるに過ぎない。〈祝福〉の研究資金も、本来であれば福祉や教育に回される資金から賄われていると聞いたこともある。
民の犠牲から生まれた不誠実な平和―
ダーヴィットは自分の手を見る。細かく指が震えていた。かつて、王家に反逆を企てた者を火刑にしたことがある。彼らの顔と悲鳴が、脳裏から離れない。この力を濫用し続ければ、心が死んでしまう。
「被験者となる者だが、すぐには用意できない……それに不死が現れたことが事実なら新しい情報提供者が必要になる」
「王が不死になるのを、指をくわえて見ているのか?」一人の市民が言う。
「そうは言っていない。これからは王の殺害を視野に入れて動く必要がある」
誰かがそれを聞き、鼻で笑う。王の妄信により、無実の市民が反乱の罪に問われ、首に縄をかけられている。そんな時に、王の暗殺を本気で試みるなど、正気とは思えなかったのだろう。
しかし、ヘス神父はいたって冷静であった。紙に何人かの名前を書いていく。そして、ダーヴィットに渡す。
「心当たりがある者は居ないか?」
そう言って見せられた紙を見る―ひとりの名前が飛び込んでくる。ソフィア・アイメルト―王太子妃の名。
「なぜ、彼女が?」
「数日前、彼女は情報源として利用できる、と言う報告が上がってきた。どうやら、王の不死化計画を裏付ける情報を我々に流そうとしたらしい」
ヘス神父は王宮に情報源を持っていたが、どうやらそのうちの一人が、ソフィアの名前を挙げたらしい。
「彼女は王家から冷遇されている。彼女なら王を裏切る心理的な枷がほとんどない。彼女に情報収集を行わせる」
「どうやって協力を依頼するんだ?」
「まずは脅迫し、王宮周辺の警備情報を持ってこさせる。そう言えば、貧民街に居るブブとかいう子供と密会している姿を見たことがある。ブブを脅迫材料にし、情報を持ってこさせろ」
ヘス神父は、言外に、ダーヴィットにやるように告げていた。
ダーヴィットは瞬時に、王宮までの道筋を思い描く。偵察を行い、衛兵の位置を把握する必要がある。同時に、鉄妖を敷地内に隠したり、簡易ルートを作り出すことも忘れてはならない。
傭兵時代の経験と知識を活用し、計画を立てていく。傭兵時代は、敵地に偵察へ行き、情報収集することも少なくなかった。
おそらく数日間かかるだろう。保存食と、わずかな武器を持ち、王宮内に潜入するのだ。王宮の外に広がる庭を突破するのが、至難の業だった。
全身に偽装を行い、衛兵の目を欺きながら進むことになる。何度も使用するルートの開設になるので、殺人は出来ない。
草木などの遮蔽物を利用し、基本的に匍匐しながら進む。警備が厳重な場所では、大胆かつ繊細な動きが求められる。それこそ、長時間その場から動けなくなることもあるだろう。一瞬も気を抜けない行軍だ。夜の寒さに耐え、虫が身体を刺すのを耐え、排泄を必要最低限にし、雨水を飲みながら道なき道を進むのだ。
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