第弐位階(ヒエラルキア・ツー) ー1
鐘を乱暴に叩く音がする。街の空気が震えた。騎士が、商人が、神父が、農夫が、恐怖に顔をゆがませる。
王太子妃ソフィア・アイメルトもその一人だった。
午後を知らせる鐘にしては早すぎる。敵襲の合図か?
ソフィアは部屋の奥に駆け寄る。自身の呼吸だけが部屋に響き、ねばっこい汗が脇を伝っていく。
不穏な静けさが街を包み、ソフィアは耳を澄ませる。敵襲だとすれば、城が最も危険になる。砲撃の音はない―つまり、隣国の敵襲ではない。
15世紀現在、大陸内で10以上の国がひしめき合い、様々な理由で戦が行われている。それは、ここヴァン王国でも同じだ。
透き通る白い肌、端正な顔立ち―まるで雪の精のようなソフィアも戦とは無縁ではない。
ソフィアは意を決し、窓に駆け寄る。そして、音の方向を見る。南側、数キロ先、街の端で土煙が出ている。街を囲む防壁で異変が起きたのだ。
戦が始まる―ソフィアは直感し、王立騎士団の予定を思い浮かべる。運悪く、今日は主力部隊が訓練でいないはずだ。そして、王は保身を最優先にし、残りの騎士を城の防衛に当てるだろう。
民をないがしろにし、保身を優先する、そんな王を「お義父さま」などと呼ばなければならない。反吐が出る。
王の姿が脳裏に浮かび、身を焼くような憎悪がソフィアを支配する。無意識の内に、拳を強く握り締めていた。皮膚が裂け、血の玉がこぼれる。
―本当は、この手で殺してやりたい。胸の奥から、どす黒い思いが溢れそうになる。
同時にソフィアは自身の役割を思い出していた―おそらく、私が戦いに駆り出される。
恐怖で歯が鳴り、心臓は狂ったように鳴る。足がすくみ、立っている事すらままならない。ソフィアは王が苦しむ姿を思い描く―ここで負ける訳にはいけない、と自分を奮い立たせる。
ソフィアは、淡い金色の長髪をかき上げ、後ろで束ねる。そして、抑制の利いた声で侍女を呼ぶ。助けを借りながら甲冑を着ていく。覚悟を決めたソフィアの顔には、10代後半とは思えない気迫があった。
何やら部屋の前が騒がしい。金属がこすれる音がし、
「ご無事ですか!」騎士の声がする。
「入りなさい」
2人の騎士が礼をし、部屋に入ってくる。金属製の甲冑を身に着け、腰には剣。背には矢筒と弓。
「何事だ」
ソフィアは甲冑を付けながら聞く。
「〈第弐位階〉が出現したとか」
ソフィアは僅かに眉をひそめる。〈第弐位階〉それは異界から来た怪物の総称だ。彼らは、防壁の向こうに広がる樹海を住処にしている。人々は、彼らを天使の名で呼び、畏怖した。
甚大な被害が出る―ソフィアは悟る。背を冷たい汗が落ちる。
「王はどう対処を?」 ソフィアは冷静を装い、たずねる。
「主戦力の騎士団は、訓練で森へ出たばかりです。戻ってくるのに後、20分はかかると考えられます」
20分あれば、街の中心部まで侵入される。誰かが足止めをしなければならない。
「我々が先遣隊として攻撃を仕掛けるように、とのことです。残りの騎士は城と市街地に展開中です」
ヴァン王国の首都であるここは、市街地を中心とし、東西南北10キロ程度、人口は1万程度の大都市だ。王は市街地の防衛を徹底し、他は二の次にするという事だ。
「つまり、我々のみが防壁まで向かい、足止めを行う、と」
ソフィアは奥歯を噛み締める。戦力の逐次投入などやっている場合ではないだろうに。
被害を抑えることだけを考えろ―ソフィアは自身に言い聞かせる。
「主力部隊が来るまで持たせる」 ソフィアは皆を見渡し、言う。
ソフィアの他に居るのは5人の騎士だけ。怪物と戦うには、あまりに少ない人数。
―この人数でやれるのか?
ソフィアの細い指は細かく震える。しかし、それをおくびにも出さない。
「行くぞ!」
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