朝、目が覚めたら、私はアスファルトになっていた
※食事時にはけっして読まないでください
朝、目が覚めてみると、何かがおかしい。
視覚も嗅覚もある。身体感覚もある。しかしそれらがまるで投げ出されたように、私の自由とならないのである。
記憶を辿る。私は誰だ?
奥山伸宏42歳。IT企業に所属する、アマリア共和国駐在員──
最後の記憶はパーティーだった。アマリア側のお偉いさん方が集まる豪華なパーティー会場には中国人の女性も何人かいた。女優のように美しい彼女たちの中の一人と、私は意気投合し、中庭へ出て──
彼女は菲菲ちゃんと名乗った。青いガーデンライトが照らし、薔薇の咲き誇る中庭のベンチに身体を寄せて座り、彼女に口づけをしようとしたところで──
あぁ……、そうだ。アマリア・マフィアの大物がパーティーに来ていたんだった。
名前は確か……そうだ、オドレイ・ゴードン──一見すると物腰の柔らかい紳士のようなその男の、菲菲ちゃんは情婦だということが、その時にわかった。
激怒していながらゴードンの表情は柔和な笑みを浮かべていた。
地下室のような部屋だった。
拷問器具が揃えてあり、その中からゴードンは巨大な腸詰機を選び出し、ガチムチスキンヘッドの大男の部下に、菲菲ちゃんをそこに投げ込ませた。
重たい機械音と、刃物が擦れ合うような鋭利な音を立てる、銀色に輝く腸詰機の、ぱっくりと口を開けたその中に、彼女は泣き叫ぶこともせず、放心した表情で、ベッドの上にでも投げ出されたように、落ちていった。その美しい顔はすぐに挽肉となって、機械の中でぐるぐると飛び散り、やがて蛇口のようなところからは赤と白の挽肉がどろどろと流れ出し、特大のステンレス製バットの上に物言わぬ肉の海を作った。
私は椅子に縛りつけられながら、それを見ていた。
きっと彼女は羊の腸に詰められて、今夜のパーティーで来賓にふるまわれるのだろう。歯や骨は細かく砕かれるのだろうが、中にはソーセージの中に長い黒髪を見つける者もいるかもしれない。
そして私も同じ運命になるのだろうと予見すると、私の身体は自分のものではないように震えだし、口からは呪いの言葉のようなものが垂れ流しになるのだった。
しかしゴードン氏は私のほうを振り向くと、相変わらずの柔和な笑みを浮かべ、言った。
「君は大切な日本からのお客様だ。重要な取引相手との窓口でもある」
許されることを期待した。
しかし、知らなかったこととはいえ、私の犯した罪は、彼にとって許されざることであった。
「でもね、私のお気に入りだった情婦を横取りすることがどれだけの重罪かを、その身をもって知ってもらう必要がある。彼女の代わりはそうそういないが、君の代わりなどいくらでもいるからね」
私は叫んだ。
「やめてくれ! 私なんてソーセージにして食ってもうまいわけがないぞ!」
「もちろんだよ」
ゴードン氏は葉巻を一吸いすると、うなずいた。
「四十男性の肉など客にふるまうわけがないだろう? 菲菲のような若くて魅力的な女性ならともかく──」
ガチムチスキンヘッドの大男が、私ににじり寄った。
縄を解かれ、今度は大男の怪力に動きを拘束されると、私は人間腸詰機の中へ叩き込まれた。
しかし、意識は戻った。
太陽が眩しい。が、まだ低いところにある。朝だ。
建物が日本とは違っている。どうやら私はまだアマリアにいるようだ。
自動車の太いタイヤが私を踏みつけて通る。私はその無遠慮な重みと臭くて熱い排気ガスに「うっ」と声を漏らしそうになった。しかし、声が出せない。
私のすぐ隣にいた老人から話しかけられ、私たちは思念のようなもので会話をした。
「やぁ、あんた、日本人かい?」
「そうだが……ここはどこだ?」
「地面の中さ。マフィアのやつらの気に障ることをしたモンは、海に沈められるか、こうやってわしらのように、アスファルトに埋められるんだ」
感覚を澄ませてみると、アスファルトの中には無数の人間の意識が混じっていた。
彼らは皆、身体は砕け、地面と同化し、自動車に踏みつけられながらも、呻くような声で、それぞれに呪詛を込めた会話を交わしていた。
私は顔を覆った。手は動かなかったが、そんなつもりになりながら、運命を呪った。
「なんて国だ……!」
「おいおい、知らないのかい?」
老人の声が、嘲るように言った。
「あんたの国だって一緒だぜ? ジャパニーズ・ヤクザの気に障ったモンは、大抵海に沈められるか、こんなふうにアスファルトに混ぜて地面に撒かれるんだ」
思い出す光景があった。
日本にいた頃、まだ少年だった頃だ──
アスファルトの上に行列を作る蟻を観察していて、不思議なものを見つけ、首をひねったことがあった。
青っぽいアスファルトに眼球のようなものが埋まり、ガラス細工のようなその瞳孔が、助けを求めるように私を見つめていた。