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62. 次元が違う存在

「お前! 勝手にiPhone弄っちゃダメでしょーが!!」


 怒りに満ちた声が、夕闇の空に響き渡った。


 振り返ると、シアンが青い光の軌跡を描きながら、猛スピードで迫ってくる。その美しい顔は、怒りで歪んでいた。


「今度こそ始末してやるんだから!」


 シアンは両手を合わせ、掌の間に青白い電撃を生み出す。


 バチバチバチッ!と、凄まじいエネルギーが収束し、小さな太陽のように輝き始めた。


「喰らえぇぇぇ!」


 ドォンッ!


 青い閃光が、宵闇空を切り裂きながらマオへと放たれる。


「ちっ!」


 マオは身を捻って回避する。


 だが――。


「なっ!?」


 閃光は空中でUターンして、執拗にマオを追尾してくるではないか。まるで生きているかのように、一気に加速しながら距離を詰めてくる。


「くぅっ!」


 マオは必死にジグザグ飛行を繰り返しながらかわし続ける。しかし、青い光は諦めることなく、マオを追い続けた。


 必至に逃げるマオは歯を食いしばりながら、周囲を見渡す。


(こうなったら……)


 視界に入ったのは、渋谷スクランブルスクエアの巨大なガラスの壁面。


 マオは急降下し、限界まで速度を上げた。風圧でドレスがはためき、銀髪が激しくなびく――――。


「ははっ! 逃がさないわよーだ!」


 シアンの笑い声が、風に乗って届く。まるで猫がネズミを弄ぶような、残酷な愉悦に満ちていた。


 そして――。


 マオはビルのぎりぎりを攻めると、超高層ビルの裏側へ一気に回り込んだ。


「へ?」


 シアンの間抜けな声が響く。


 次の瞬間――。


 ドゴォォォォォォンッ!と、エネルギー弾が、スクランブルスクエアの中層部に直撃し、大爆発を起こした。


 ガラスが粉々に砕け散り、鉄骨が飴のように曲がる。オフィスフロアが次々と爆発し、炎が窓から噴き出した。


「あわわわわ!」


 シアンの顔が、真っ青に変わる。


「ヤバい! 女神様に怒られちゃうぅぅ……」


 メキメキメキッ!と、不吉な音と共に、超高層ビルが傾き始める。


 ボンッ! ボンッ! ボンッ!


 連鎖爆発が起こり、黒煙が立ち上る。そして――。


 まるで巨木が折れるように、スクランブルスクエアが中層部から真っ二つに折れていく――。


「いやぁぁぁぁぁ! 何すんのよぉぉぉ!」


 シアンが頭を抱えて絶叫した。


 二百メートルを超える建物の上層部が、ゆっくりと、しかし確実に、渋谷の街へと倒れ込んでいく。


 その時だった――。


「あんた! 何やってんのよ!!」


 凛とした、しかし激怒に満ちた女性の声が、渋谷の空に響き渡る。


 瞬間、世界が――――止まった。


 崩落していたビルが、空中で静止する。落下していた瓦礫も、舞い上がっていた煙も、全てがピタリと動きを止めた。まるで、時間そのものが凍結したかのように。


 マオは息を呑んだ。時を操る魔法など神話でしか聞いたことがない。まさか――?


 刹那、夕闇空が大きくフラッシュし、黄金の光が竜巻のように渦を巻いた。


 その中から、ゆったりと一人の女性が降りてくる。


 クリーム色のワンピースが風もないのに優雅に揺れ、全身から放たれる黄金の光は、まるで太陽のように暖かく、そして圧倒的だった。


「あ、いや、これは……」


 シアンが女性を見て慌てふためく。先ほどまでの余裕は、完全に消え失せていた。


「その……違うの! これには深い事情が……」


「天誅!」


 女性は琥珀色の瞳をギラリと光らせ、問答無用で腕を振り下ろした。


 ピシャァァァァァンッ!と、天から、巨大な雷が降り注ぎ、青白い閃光がシアンの身体を貫通する。髪は逆立ち、服は焼け焦げ、全身から煙が立ち上った。


「ごほぉ……」


 シアンは力なく口を開くと、そのまま渋谷の街へと墜落していく。どんな攻撃も全く効かなかった熾天使(セラフ)が、瞬殺されたのだ。


 マオは壊れたビルの陰から、その恐るべき光景を見つめていた。


(あの熾天使(セラフ)を……一撃で……?)


 震えが、止まらない。


 この女性は、シアンを遥かに超える存在だ。


「魔王!」


 突然、その琥珀色の瞳が、真っ直ぐにマオを射抜いた。


「くっ……」


 マオは全てを見抜かれてしまっていることに、キュッと口を結んでうなだれた。


「ちょっと来なさい!」


 腕を組み、顎を少し上げたその姿は、比類なき威厳に溢れ、とても抵抗する気にはなれなかった。


 マオは渋々瓦礫の陰からゆっくりと女性の前へと浮かび上がる。


 近づくにつれて、その美貌がはっきりと見えてきた。


 チェストナットブラウンの髪が、夕陽を受けて輝いている。整った顔立ちは、まるでギリシャの彫刻のように完璧で、しかし冷たさはない。むしろ、内から溢れる生命力で満ちていた。


 だがその琥珀色の瞳に宿る光は、恐ろしいほど鋭い。


 マオは、自然と視線を逸らしてしまった。


(なんだ、この圧力は……)


 魔王として五百年。


 数え切れないほどの強者と対峙してきた。剣聖とも、聖騎士とも戦ったが――こんな感覚は初めてだった。


 ただ見つめられているだけで、息が詰まる。


 存在そのものが、次元が違う。

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