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61. ガチャ100連無料!

「へ?」


 数百人、いや千人を超える人間が、一斉にスクランブル交差点へと雪崩れ込む。


 マオは瞬く間に、人の海に呑み込まれた――――。


「你还挺可爱的诶!」若い男がマオの肩を叩く。


「너 꽤 귀엽네!」女子高生たちが、スマホを向けてきゃははと笑う。


「¡Estás bastante guapa! HAHAHA!」陽気な観光客が、親指を立てて通り過ぎる。


「は……ぁ?」


 マオの頭が、混乱で真っ白になる。


 一体彼らは何と言っているのか?


 五百年生きてきて、初めて聞く言葉だった。


 ガァァァァァァッ!!


 突如、轟音が響いた。


 慌てて振り返れば鉄橋を、成田エクスプレスが疾走していく。白と赤に塗られた巨大な鉄の蛇が、信じられない速度で駆け抜ける。


「なっ……!」


 魔法の気配は微塵もない。なのに、あの巨体が、あれほどの速度で動いている。


 そして――電車が通過し終わった後の背景に息を呑んだ。


 震える瞳を上げていくと――夕闇が迫る中、ガラスと鉄で作られた巨大な塔が、無数の光を放ちながら天を衝いている。その壁面に設置された巨大なディスプレイでは、見知らぬ俳優がスマホを片手に満面の笑みで何かを語りかけていた。


『今ならガチャ100連無料!』


 イケメンが呼びかけるソシャゲ広告の動画――――だが、マオには何を言っているのか全く分からない。


「な、なんだ……ここは……?」


 声が、震えた。


 あれほど繫栄していた王都の豪奢な石造りの建物、魔法ランプの洒落た街灯、行き交う馬車の音――そんなものが、子供の玩具のように思える。


 この街は、光と音と、そして途方もないエネルギーで満ち溢れていた。


 信号が、再び赤に変わる――――。


 潮が引くように、群衆は交差点から消えていった。


 ……え?


 気が付けば、マオは一人取り残されていた。


 渋谷スクランブル交差点の中央に、ピンクのドレスを着た銀髪の少女が――呆然と立ち尽くしている。


「はい! そこ!」


 鋭い声が飛んできた。


「信号変わってますよーー!!」


 警察官が、警棒を振りながら叫んでいる。


「あ、わ、分かった……」


 マオは慌てて動こうとする。


 だが――。


 ブォォォォン!


 大型バスが、容赦なく突っ込んでくる。


「ちっ!」


 マオは地面を蹴った。


 ドンッ!


 アスファルトに亀裂が走り、マオの身体が垂直に跳ね上がる。


「へ?」「は?」「何っ!?」


 警官も、信号待ちの群衆も、目を見開いて固まった。


 ピンクのドレスの少女が、まるで重力を無視したかのように、空へと舞い上がっていく。


 十メートル、二十メートル、五十メートル――。


 マオは上昇を続けた。


 そして、上空からの光景に――戦慄した。


「これは……」


 宵闇迫る空の下、地平線まで街が続いている。


 いや、街という表現では足りない。これは、光の海だった。


 無数のビルが大地を埋め尽くし、ガラスの高層ビルが巨人のように林立している。高架を走る首都高速道路には、赤いテールランプが血流のように流れ、あるいは渋滞して光の河を作っていた。


 数十万人が住む王都でさえ、上空から見れば容易に全貌を把握できた。


 だが、この街は――果てがない。


 どこまで行っても、建物と光が続いている。まるで、世界そのものが一つの巨大な都市になったかのように。


 ゴォォォォォォッ!


 巨大な轟音が、背後から迫ってきた。


 マオが振り返ると――。


「な、何だあれは!?」


 白い巨体が、夕焼け空を切り裂きながら降下してくる。


 ボーイング787ドリームライナー。


 全長約五十七メートル、翼幅六十メートル。三百人を乗せて空を飛ぶ、人類の叡智の結晶。


 羽田空港への着陸態勢に入った機体が、轟音を響かせながらマオの横を通過していく。


「馬鹿な……」


 マオは必死に魔力を探った。


 飛行魔法? 浮遊術? 風の精霊?


 だが――何もない。


 魔力の欠片すら感じられない。


 なのに、あれほどの巨大な金属の塊が、優雅に空を舞っている。


「魔法を使わずに……どうやって……」


 マオの世界観が、根底から揺らいでいく。


 五百年かけて築き上げた知識が、経験が、全てが無意味に思えてくる。


 この世界は、自分の理解を完全に超えていた。


 魔王としての威厳も、力も、ここでは何の意味も持たない。


 マオは震える手で、胸元を掴んだ。


 心臓が、早鐘のように打っている。


 恐怖? いや、違う。


 これは――畏怖だった。


 理解を遥かに超えた、想像を絶する文明への畏怖。


「余は……」


 声が、風に消えていく。


「余は、一体どこに来てしまったのだ……?」


 夕焼けに染まる東京の空に、銀髪の少女が呆然としながら浮かんでいた――――。

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