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6. 運命の出会い

 その頃、人間界のSNS『魔導(まどう)ネット』は、かつてない騒ぎに包まれていた。


『美少女剣士マオちゃん衝撃のデビュー!』

『無防具ソロRTAだってよ! とんでもねぇ!!』

『まだ配信開始から二十分なのに、もう十階層って……』

『勇者より強いんじゃねーの?』


 次々と投稿される興奮気味のメッセージ。リツイートの嵐が吹き荒れ、瞬く間に『マオちゃん』がトレンド一位に躍り出る。配信界の歴史が、今まさに塗り替えられようとしていた。


 その騒ぎは、一人の男の目に留まることになる。


 王都の高級宿『黄金の獅子亭(おうごんのししてい)』、その最上階のスイートルーム。

 豪華な調度品に囲まれた部屋で、金髪碧眼の青年が魔導端末を操作していた。


 勇者レオン・ブライトソード――――。


 二十五歳の若さで大陸最強の称号を得た、人類の希望。歴代の勇者が苦戦したという魔王ゼノヴィアスと戦っても勝てるのではないか――そう噂される英雄である。


 彼には一つの習慣があった。エゴサーチである。


「ふむ……今日も俺の人気は安泰だな」


 『勇者』で検索をかけ、称賛のコメントを読んで満足げに頷く。『レオン様カッコいい!』『人類の希望!』『魔王を倒してください!』――そんな言葉の数々が、彼の自尊心を満たしていく。


 しかし、今日は様子が違った。


『勇者より強いんじゃねーの?』


 その一文を見た瞬間、勇者の端正な顔がピクリと引きつった。


「……なん……だと?」


 どうやら、新人配信者が話題になっているらしい。美少女剣士マオ。聞いたことのない名前だ。


「俺より強い? 看過……できんな……」


 勇者は、即座に配信サイトにアクセスした。


【LIVE】銀月の剣姫マオ ~初配信! C級ダンジョン攻略【無防具ソロRTA】~

【同接:1752人】


「ほう? 新人にしては……視聴者が多いな」


 興味本位で配信を開く。画面に映ったのは、銀髪赤眼の美少女。繊細な顔立ち、華奢な体つき。確かに、見た目は可愛らしい。


「ふん、どうせ見た目だけの……」


 しかし、配信を見始めて数秒で、勇者の表情が一変する。


 画面の中で、罠で落ちてくる巨大な岩をマオが素手で粉砕していた。小さな拳が岩に触れた瞬間、まるで爆発したかのように砕け散る。


「……は?」


 次の瞬間、天井から降ってきた酸性粘液(さんせいねんえき)を、ブンと振った拳の拳圧だけで弾いていた。


「な……」


 さらに、目の前に現れた鎧蜥蜴(よろいとかげ)の群れを、ただ睨みつけただけで退散させたのだ。その赤い瞳に宿る、底知れぬ威圧感。


「なんだこれは……」


 勇者は魔導端末を握りしめ、画面を食い入るように見つめる――。


 美少女の皮を被った、何か別の存在?

 圧倒的な力を、まるで持て余しているかのような動き。

 そして、時折見せる、世の全てを見下したような瞳。


 勇者としての直感が、ぞわっと背筋を貫く。この少女は、ただ者ではない。彼女も神の恩寵(おんちょう)を得た者だろう。しかし――恩寵を得られる者は勇者以外には聖女か聖騎士くらいである。


「となると、彼女は聖騎士……? いや、それにしては神聖力(しんせいりょく)のかけらも感じないが……」


 神聖力のかけらもない神の恩寵などあり得ない。では魔神の恩寵……?


「まさか……な」


 勇者は首を振った。魔の者がダンジョンなど攻略する意味がない。彼らはダンジョンに入ってくる冒険者たちを攻撃することはあっても魔物を倒すことなどありえないのだ。


 しかし――。


「……ほう」


 勇者の口元が、ゆっくりと弧を描く。獲物を見つけた肉食獣のような、危険な笑みだった。


「よくよく見れば……なかなかどうして」


 画面の中で躍動する銀髪の少女。その横顔を、勇者は舐めるように観察する。


 雪のように白い肌は、まるで月光(げっこう)を纏っているかのような透明感を放っている。長い睫毛に縁取られた瞳は、紅玉(こうぎょく)のように深く、それでいて冷たい。整いすぎた顔立ちは、まるで神々が戯れに創り上げた芸術品のようだ。


 胸元はまだ慎ましく、華奢な体躯は可憐(かれん)というよりも(はかな)げ。だが、それがかえって勇者の征服欲を刺激した。この蕾が、あと数年もすれば――どれほど妖艶(ようえん)な花を咲かせることか。


「ふふっ……面白い」


 勇者の瞳に、暗い炎が宿る。


 美しくて、強い。


 数多の女たちを(もてあそ)び、既に退屈の極致に達していた勇者にとって、これほど心を(ざわ)めかせる獲物は久しぶりだった。あの無表情の奥に、どんな表情が隠れているのか。あの冷たい瞳を、情欲に染め上げたらどうなるのか。


 ――ああ、狩りたい。


 勇者の中で、英雄としての使命感とはまったく別の、もっと原始的で獰猛な欲望が頭をもたげていた。


 その時だった。


「ねぇ、勇者様ぁ……」


 ベッドから降りて来た美しい女性が、あられもない姿で勇者に触れようとした――――。


 刹那、ゴリッ! と肉を絶つような嫌な音が部屋に響いた。


 勇者は何の躊躇もなく、まるで害虫を叩き潰すように女性の顔面を殴り飛ばしたのだ。


 ぎゃぁぁ!


 女性はもんどりうって転がった。


「ゆ、勇者様、な、何を……」


 女性は震えながら体を起こす。鼻と口からは鮮血が流れ出している。


 さっきまでベッドでたくさん可愛がってくれた勇者の変節に、女性は意味が分からなくなって固まってしまう。


「さっさと出ていけ! このブス!」


「ブ、ブス……?」


「この部屋でのことは誰にも言うなよ? 言ったら国家反逆罪で一族郎党即刻処刑だからな?」


 勇者は汚らわしい物を見るような目で見下ろした。


 女性はどういうことかまだ事態が呑み込めずオロオロしている。


「早く出てけって言ってんだろ!」


 勇者は容赦なく女性の尻を蹴り上げた。吹き飛ばされた女性は壁にたたきつけられ、床に転がって辺りに血のしぶきを散らした。


 う、うわぁぁぁぁん!


 女性はシーツで軽く体を隠すと号泣しながら駆け出していく。まさにこの世界の理不尽を煮詰めたかのような仕打ちに心はボロボロだった。


「ふん! 男に媚びることしか能のない、つまらん女だ」


 勇者の声は氷のように冷たく、先ほどまで甘い言葉を囁いていた同じ口から出たとは思えないほどだった。


「それに引き換え……」


 魔導端末の画面に視線を戻した瞬間、彼の瞳が異様な輝きを放ち始めた。


「マオちゃん、キミは……違うよね?」


 声が震えている。興奮で、期待で、そして――狂おしいほどの欲望で。


「くふっ」


 喉の奥から、抑えきれない笑いが漏れる。


「くふふふふ……」


 その笑い声は、少年が宝物を見つけたような無邪気さと、捕食者が獲物を見つけたような残忍さが、奇妙に混ざり合っている。


 勇者はまるで画面の向こうのマオを、今すぐにでも引きずり出したいとでも言うように――魔導端末の表面を指でなぞる。


 運命の相手を見つけた狂人のように。


 勇者レオン・ブライトソードは、壊れた微笑みを浮かべながら、画面の中で戦い続ける銀髪の少女を見つめ続けていた。



       ◇



 ちょうどその頃、マオが十階層のボス部屋の前に到着した。


〔いよいよボスか〕

〔オーガだよな、ここ〕

〔ソロで大丈夫?〕

〔マオちゃんなら余裕でしょw〕


 リリィがカメラに向かって元気よく説明する。


「さあ、いよいよダンジョンボス、オーガとの対決です! オーガは身長三メートル、怪力と再生能力を持つ恐ろしいモンスター! 通常は五人パーティーでも苦戦する相手ですが……」


「……うるさい」


 マオが無造作に扉を蹴りつける。


 ドガァン!と重い鉄の扉が、蝶番ごと吹き飛んだ。


〔扉さん!?〕

〔ノックはしようよ〕

〔礼儀とは〕


(あぁぁん! 陛下! ここはもっと溜めてグッと視聴者の期待感を盛り上げないと……)


 リリィの必死の念話も、マオには届いていない。ブスッとした表情のまま、すたすたと部屋に入っていく。


 薄暗いボス部屋の中央に、巨大な影が蠢いた――。


 青い肌、隆起した筋肉、頭から生えた一本角。手には自分の身長ほどもある棍棒。オーガが、侵入者を睨みつけていた。


「グオオオオオ!」


 耳を劈く咆哮。オーガが棍棒を振り上げ、ブゥンブゥンと風を切る音を立てながら振り回し始めた。その度に、床が震え、壁から小石が落ちる。


(陛下! 一応『剣士』なので剣で勝ってください!)


 リリスからの演出指導がゼノヴィアスの頭に響く。

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