58. 血で描いたオーロラ
その直後――。
ズンッ!
再び大爆発が起こり、遺跡の跡から青い稲妻のような閃光が飛び出した。
「え、もう一人出てきましたが……こ、これは……?」
サキサカの声が原始的な恐怖で震え、全身の毛が逆立った――――。
「な、なんと! せ、聖なる光……聖騎士……? いや、これは……そんなものではない! もはや、か、神の……?!」
青い髪を優雅になびかせながら、ゆったりと空を舞う女性。その全身から放たれる黄金のオーラは神々しく輝き、見る者全ての魂を圧倒した。
「天より降臨された神族が聖なる光を身にまとい、軽やかに宙を舞っているぅぅぅ! これはビックリだぁ!」
サキサカの声が、興奮と恐怖で裏返る。
「まさに神話! 今、我々は生きた神話を目にしているぅぅぅ!」
騒然とする会場――――。
シアンはそんな会場を気にもせず、マオを楽しそうに追いかけながら微笑んでいた。
あれだけの――街すら滅ぼしかねないほどの攻撃を受けながら、服に煤一つ付いていない。まるで、優雅な午後の散歩でも楽しんでいたかのような、絶対的な余裕の表情――。
〔なんだあれ……〕
〔天使……?〕
〔いや、もっとヤバい何かだ……〕
〔か、神だ! 神が降臨した……〕
〔マオちゃん逃げてーー!〕
コメント欄が、畏怖と困惑で埋め尽くされていく。
マオは振り返り、歯を食いしばりながら震える手で印を結ぼうとした――が、指が言うことを聞かない。
自身最凶の攻撃、五百年の経験の全てを込めた紅蓮煉獄覇の直撃ですら、シアンの髪一本乱すことができなかった。もはやどんな攻撃も、どんな抵抗も、意味があるとは思えない。
圧倒的な、次元の違う力の差――――。
マオは生まれて初めて自分の限界に直面し、自分の存在意義すら揺らいでしまっていた。
くぅぅぅ……。
それでも――それでも。
(まだだ……まだ終わってない……!)
自らの五百年の苦闘を嗤うもの。部下たちの犠牲を玩具にしたもの。その存在に、一矢報いねば、死んでも死にきれない。
ふと視線が、下へと向いた。
そこには、恐怖に駆られて逃げ惑う人々の姿が――。
自分とシアンの戦いに巻き込まれれば、彼らは間違いなく――塵一つ残らず消滅する。
(くそっ……!)
魔王としてのプライド。
配信者としての責任。
そして、いつの間にか芽生えていた、人々への情。
それらが、胸の中で激しくせめぎ合い、引き裂かれそうになる。
以前なら人間が死ぬことなどに何の感慨も湧かなかっただろうが、多くの応援に励まされてきた経験が魔王の在り方を根底から変えていたのだ。
くっ……。
シアンは、そんなマオの葛藤を、まるで演劇でも楽しむかのように眺めていた。碧眼には、残酷な愉悦の光が踊っている。
「どうしたの? もう終わり?」
甘い声が、毒のように空気に溶ける。
「続きはないの? ふふっ」
その声は、おもちゃをせがむ無邪気な子供のように響いた。
マオはきゅっと唇を噛みしめた。血の味が口の中に広がる。
愛剣は粉々に砕かれ、全力の禁呪は無傷で受け止められた。五百年かけて磨き上げた力の全てが、児戯のように扱われている。一体、どんな手が残されているというのか――?
「ふふっ。それとも……」
シアンの瞳が、妖しく、そして危険に輝いた。
「この子たちが、邪魔かな?」
優雅に、まるでオーケストラの指揮者のように、シアンが両手を天に掲げる。
その瞬間――。
ズゥゥゥゥゥン……。
天空が、神の怒りに震えるように轟いた。
「なっ……!」
マオの深紅の瞳が、恐怖に見開かれる。
上空に、信じがたい光景が展開されていく。
直径数十キロメートルはあろうかという巨大な真紅の円が、まるで神が血で描いたオーロラのように空を染めていく。それはこの世の終わりを告げるような恐ろしくも美しい光景だった。
ヴィィィィィン……。
耳をつんざくような共鳴音と共に、円の中に複雑怪奇な幾何学模様が次々と浮かび上がる。螺旋が渦を巻き、三角が重なり、五芒星が交差する――それらが絡み合い、融合し、一つの巨大な術式を形成していく。
最後に、古代ルーン文字が血のような光を放ちながら刻まれた。
それらの意味するところは『滅』『消』『無』――。
それは、存在そのものを虚無に帰す、究極の殲滅魔法だった。
「ほ、本気か!? 狂ってる……!」
マオの全身から冷や汗が噴き出す。
こんな巨大な魔法陣が発動すれば、この地域一帯が――いや、国そのものが地図から消滅する。
考えるより早く、身体が動いていた。
バババババッ!と、深紅の魔法陣を展開していく――――。
全魔力を振り絞り、魔法陣の一角へ向けて紅蓮煉獄覇を撃ち放った。




