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57. 最強最悪の禁呪

「ならこれが――」


 ゴォォォォォォッ!


 マオの全身から、五百年の怨念を凝縮したような凄まじい魔力が噴出する。


 月骸の聖壇ムーンレス・レクイエムの古代の岩盤が悲鳴を上げた。数千年の歴史を刻んだ天井に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、聖なる壁画が剥がれ落ちていく。空気そのものが震え、重力すら歪んでいるかのような錯覚に陥る。


「『余の意思』だ!!」


 バババババッ!と、深紅の魔法陣が、まるで血の花が咲き乱れるように、シアンを中心に無数に展開される。床に、壁に、天井に――空間という空間を埋め尽くし、幾何学的な紋様が狂おしいほどの美しさで輝いた。


「およ?」


 シアンは無邪気に目を丸くした。まるで、子供が珍しい物を見つけたような、純粋な好奇心に満ちた顔で――。


「喰らえ!」


 マオが両手を天に掲げる。その瞳に宿るのは、もはや怒りを超えた、純粋な破壊への渇望。


紅蓮煉獄覇ファイナル・デトネーション!!」


 刹那――世界が、激しく血のように紅く染まった。


 ドゴォォォォォォンッ!と、ギガトン級の爆裂エネルギーが、広間を埋め尽くす。地下深くで千の太陽が同時に生まれ、シアンへ向かって収束していった。灼熱の業火が竜のように咆哮を上げ、石すらも瞬時に蒸発させる温度で全てを焼き尽くさんと荒れ狂う。


 これは、魔王ゼノヴィアスが五百年の生涯で編み出した最強最悪の禁呪。


 かつて、教国の精鋭軍勢一万を、ただの一撃で灰燼に帰した悪夢の魔法。生きとし生けるものの記憶に、恐怖として刻まれた絶望の象徴だった――。



       ◇



 その頃、地上では――。


「実況のリリィさーん! ……いや、これは困りました」


 サキサカは額から流れる冷や汗を拭いながら、真っ暗になったゴーレムアイの映像を呆然と見つめていた。


「現場は一体どうなっているんでしょうか?」


 パブリックビューイング会場も、不安に包まれ騒然としていた。最高潮に達していた興奮が、突然の映像断絶で宙に浮いたまま、行き場を失って漂っている。


「最後の瞬間ですが……」


 サキサカは震える声で、必死に場をつなごうとする。


「速すぎてほとんど見えませんでしたが……マオ選手の大剣を潜り抜けて、剣聖が刀でマオ選手を一突きしたように見えました」



〔マオちゃーーん!?〕

〔剣聖の勝ちか!?〕

〔いや、最後に剣聖が吹っ飛んだぞ!〕

〔誰か現場に行って確認してこい!〕



 流れるコメントも、混乱と不安で埋め尽くされている。


「ですが、そこで終わらずに」


 サキサカは記憶を必死に辿る。


「マオ選手が横一閃で薙ぎ払い、この時の剣気でゴーレムアイが吹っ飛んだように見えました……」


 しばし、リリィからの連絡を待つが――依然として画面は墨を流したような暗闇のまま。重苦しい沈黙が会場を支配する。


「まだ中継は回復しないようです。申し訳ありません。再度お伝えします。剣聖の刀がマオ選手を貫いたようにも見えたんですが……」


 サキサカは困惑の表情で首を捻る。


「その後のマオ選手の動きを見ると、もしかしたら脇の下で挟んでいたのかもしれませんね。このあたりはスローモーションを見てみないと何とも……」


 その時だった。


 ズゥゥゥゥゥンッ!と、大地が、まるで巨人が地下で暴れているかのように激しく揺れた。


「な、なんだ!? 地震か!?」


 次の瞬間――。


 ドゴォォォォォォンッ!と、遺跡のあった場所から、天を貫く巨大な火柱が噴き上がった。それは、まるで地獄の底から伸びる炎の腕のように、雲を焼き尽くしながら立ち昇っていく。


「うわぁぁぁぁぁ!」

「キャァァァァァ!」

「世界の終わりだ!」

「逃げろぉぉぉ!」


 パブリックビューイング会場は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。人々が恐慌状態に陥り、我先にと出口へ殺到する。女性の悲鳴、男たちの怒号が入り混じり、まさに世界の終わりを思わせる光景が広がっていた。


 灼熱のキノコ雲が、空を血のように赤く染めながら、ゆらゆらと不気味に立ち上っていく。まるで、地獄の釜の蓋が開いて、煉獄の炎が溢れ出したかのような光景だった。


「みなさん! 落ち着いてください!」


 サキサカは必死にマイクに向かって叫ぶ。


「走ると危険です! 落ち着いて、順番に……お願いします!」


 しかし、その声は恐怖の渦に飲み込まれ、誰の耳にも届かない。


 と、その時――。


 灼熱のキノコ雲の中から、何かが飛び出した。


 ピンクのドレスを纏った、銀髪の美少女。


「あぁっ!」


 サキサカは息を呑んだ。


「あれは……マオ選手!?」


 目を疑う光景だった。


 マオは透明な水晶のようなシールドに包まれ、まるで妖精のように空中を舞っていた。フリルのドレスには赤黒い血がべったりとこびりついているが、その瞳には、まだ戦意の炎が宿っている。


「いや、でも……飛んでますね……なんで……?」


 人間が空を飛ぶ――それは、最上級の魔導師でさえ、長年の修練を積んでようやく習得できる奥義。とても剣士ができる芸当ではない。



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