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54. 一瞬の躊躇

「胸をさらけ出してまで金儲けとは! 剣士の誇りはどこへ行った!」


「誇り? お主のように『強ければいい』なんて時代は、もうとっくに終わっとるのだ」


 マオの顔に、皮肉な笑みが浮かんだ。


「ほう? 時代遅れと……言うか、小娘」


 剣聖の眉が吊り上がる。


「今や武力など、ただの飾りだ」


 マオは血を拭いながら、淡々と語る。


「いま世界は経済戦争の真っ最中。どれだけヒト・モノ・カネを回せるか? その戦争をやっているのに……」


 赤い瞳が、剣聖を射抜く。


「お主みたいな隠居の理屈を、押し付けんな!」


「ふん!」


 剣聖は鼻を鳴らした。


「確かに、穏やかな老後にもう大金は要らんが……」


「金が要るんだ……」


 マオの声が、急に重くなった。


「それも、半端じゃない金がな……」


「そんな大金、何に使う?」


 その問いに、マオは少し間を置いてから答えた。


「信じてついてくる者に、安寧を……」


 ただの金儲けではない。誰かのための、戦い。


「ほう?」


 剣聖の表情が、少し和らぐ。


「何やら、ずいぶんと重いものを背負っとる様じゃな……」


 だが、すぐに厳しい顔に戻る。


「じゃが、負けてはやらんぞ?」


「手加減などいらんわ。お主の全力を破ってこそ意味がある……」


 マオは大剣を持ち上げた。全身から、ポタポタと血が滴り落ちている。


「次の一撃で決めてやる……」


 マオはぎゅっと大剣の柄を握り締めると、ふんっ! と気合を入れた。魔王として五百年君臨してきた矜持が全身に燃え盛る。


 そして、大剣の切っ先を下げ、全神経を剣先に集中させる。攻撃特化の構え――防御を完全に捨てた、一撃必殺の構えだった。


 剣聖が目を見開いた。


「ほう? 常勝無敗のワシに、その構え……」


 彼もまた、刀を高く掲げる。


「いいだろう……受けて立つ!」


 上段の構え――こちらも防御を捨てた、全てを断ち切る構え。





〔おぉぉぉぉ!〕

〔これで決まるぞ!〕

〔マオちゃん頑張れ!〕

〔いや、剣聖頑張れ!〕

〔どっちも死ぬ構えじゃね?〕


 一気に盛り上がる視聴者たち。



「おぉっと! これはとんでもないことになってまいりました!」


 サキサカが立ち上がる。


「両者、一歩も譲らず! 完全に攻撃特化の構えです!」


「ど、どうなるんですか? これ……」


 リリィの声が震えている。


「分かりません! 分かりませんが!」


 サキサカが拳を握りしめる。


「次の瞬間、勝負は決まるでしょう! 瞬きなんてしていられない!」


 ヴォォォォォン……。


 マオの全身から、紫色のオーラが立ち上り始めた。


 それは魔力ではない。純粋な闘気――殺意を形にしたような、禍々しい光。


 それに呼応するように――。


 シュゥゥゥ……。


 剣聖からも、青い光が立ち上る。


 澄んだ、しかし恐ろしく鋭い光。五十年間磨き続けた、剣の極致――――。


 剣聖は、キュッと口を結んだ。


 マオの深紅の瞳が、燃えるように輝く。


 ビリビリと空気が震える――――。


 まるで雷雲が発生する直前のような、恐ろしい緊張感が場を支配する。


 観客も、視聴者も、全てが息を呑んで見守った。


 そして――。


 ふっと二人の姿が、同時に消えた。


 刹那――。


 キィィィィンッ!


 金属が激突する、耳をつんざくような轟音が響き渡った。


 マオの大剣が音速を超え、大気を引き裂きながら剣聖へと迫る。その刃から放たれる紫の剣気は、まるで地獄の業火のように禍々しく輝いていた。


 剣聖の瞳に、驚喜の色が宿る。


(ほう……これほどとは!)


 老練な剣士は感嘆の息を漏らしながらも、その刀身で大剣を巧みに受け流す。水が岩を避けて流れるように、最小限の動きで必殺の一撃をいなした。


 そして――次の瞬間。


 シュッ!


 銀光が、一筋の流星となってマオの胸を貫いた。


 ぐふっ……!


 マオの顔が苦痛に歪む。赤い血が、ドレスを濡らしながら滴り落ちていく。


 だが――。


 剣聖の勝利の表情が、一瞬にして驚愕へと変わった。


「なに……?」


 マオは貫かれたまま、口の端に不敵な笑みを浮かべていた。その深紅の瞳に宿るのは、絶望ではなく――確信。


「かかったな……」


 グッ!


 マオは自らの胸筋で刀身を()め上げる。常人なら即死の傷。だが魔族の肉体は、人間とは根本的に構造が違うのだ。


「貴様、まさか――」


 剣聖が刀を引き抜こうとするが、びくともしない。まるで鋼鉄の万力に挟まれたように、刀は完全にマオの肉体に囚われていた。


「これで……終わりだ!」


 ヴォォォォォォンッ!


 マオの大剣に、凄まじい量の剣気が集約されていく。黄金に輝くその刀身は、まるで太陽のような眩い光を放った。


「ぬぅっ!」


 剣聖は瞬歩で後退しようとする。だが、刀を手放すことができない。剣士としての矜持が、武器を捨てることを許さなかったのだ。


 その一瞬の躊躇が、運命を決めた。


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