53. 古代ルーン文字
「でも……」
リリィが必死に希望を探す。
「かなりお年を召しておられますよね?」
「はい! もうここ十年、引退されて公の場には姿を現していませんでした」
サキサカが頷く。
「しかし! 今日! 今ここで!」
彼は画面を指差した。
「とんでもない剣技を見せているぅぅぅ!!」
流されるリプレイ画面では、老人が優雅に、しかし恐ろしいほど正確に剣を振るっていた。
その姿は、まるで舞踊を舞っているよう。
だが、その舞は――究極の死の舞踏だった――――。
「おぉぉぉ……」「す、すげぇ……」「あぁ、マオちゃん……」
パブリックビューイング会場は剣聖の神業に完全に圧倒され、どよめく。
百万ゴールドの行方は、もはや誰の目にも明らかだった。
◇
剣聖リゲルが、ゆっくりと中段に構えた。
「お主の剣……」
その瞳に、懐かしさと殺意が入り混じる。
「覚えがあるぞ……?」
ニヤリと、口の端が吊り上がった。まるで、長年探していた獲物を見つけた狩人のように。
「ふんっ!」
マオは顔をしかめながら、自分の身体より大きな大剣をぎゅっと握り直した。
「自己流だがな……」
剣先を斜めに構え、剣聖を睨みつけるマオ。その構えは、確かに独特だった。正統派からは程遠い、しかし恐ろしく実戦的な構え。
「剣を交えれば、全て分かる」
剣聖の声が、急に低くなった。
「お前、あいつの弟子か? だったら、殺す以外ないが……?」
剣はごまかせない。魔王と縁のある者とまでバレてしまった。これ以上長引かせられないが――――剣だけでという縛りでは残念ながらそう簡単にはいかない。
「ふん!」
マオは不敵に笑った。
「もとより殺し合いだからな!」
地面を蹴る。
ドンッ!
石畳に亀裂が走り、マオの姿が消えた。
キッキキン、キキッキン!
火花が、まるで流星群のように飛び散る。
一秒間に無数の斬撃の応酬――――。
大剣と刀がぶつかり合い、金属の悲鳴が響き渡る。
しかし――。
「ほれほれほれほれぇぇぇ!」
剣聖は笑っていた。激しい攻防の中で、歓喜の笑みを浮かべている。
「無駄な動きが多いのう。力にばかり頼っとるからじゃ!」
シュッ!
刀の切っ先が、蛇のように滑る。大剣の隙間を縫うように、マオの喉元へ――。
「ぐわっ!」
マオは身を捻って躱すが――。
ザシュッ!と、頬に、深い切り傷が刻まれた。血が、赤い線を描いて流れ落ちる。
〔ああっ!〕
〔マオちゃーーーーん!〕
〔顔に傷が!〕
〔アカン! これはアカン!〕
〔剣聖強すぎだろ!〕
「くっ!」
マオは飛び退き、距離を取ろうとする。
しかし――。
「逃がさんよ……」
剣聖の姿が、残像を残して消えた。
「くっくっく」
次の瞬間には、もうマオの懐に潜り込んでいる。
瞬歩――達人だけが使える、超高速移動術。
「遅い!」
目にも止まらぬ剣戟が、雨のように降り注ぐ。
上段から、下段から、横薙ぎ、突き、返し――全てが必殺の一撃。
「くはっ!」
マオも必死に大剣を振るう。だが、重い大剣では老人の変幻自在な刀さばきについていけない。
腕に、肩に、脚に――次々と赤い線が刻まれていく。
「おぉーーっと!」
サキサカが絶叫する。
「さすがのマオ選手も、剣聖にはかなわないのかぁ!? 完全に一方的な展開となってきました!」
「マオちゃん! 頑張って!」
リリィはゴーレムアイのそばをパタパタと羽ばたきながら、小さな拳を握り締める。
(陛下! 負けたら百万ゴールド取られますよ! 百万ですよ! 百万!!)
(うっせぇ! 分かっとる! ぐぉぉぉ!)
マオの生存本能が無意識に魔力を放出し始める――。
ヴォォォォン!
大剣に刻まれた古代ルーン文字が、突如として深紅の光を放ち始める。
「むぅっ!」
剣聖は厳しい表情をしてタタッと後退し、間合いを取った。
「お主……魔法も使えるのか?」
「さぁね?」
マオは頬の血を拭い、ニヤッと笑った。あちこちから血を流しながら笑うその姿は、まるで悪鬼のようだった。
「だが、使えたとしても使わんよ」
「ほう……」
剣聖の目が細められる。
「その意気や、あっぱれだが……」
刀を肩に担ぐように構え直す。
「百万ゴールドは守れんぞ? くっくっく」
「それは……まだ分からんだろ?」
マオも大剣を構え直す。
「はっはっは!」
剣聖が愉快そうに笑った。
「面白い小娘じゃな……」
そして、急に真顔になる。
「お主、なぜこんなことをやっておる?」
「金のため……だと言ったら?」
マオは即答した。
「カーーーーッ! 嘆かわしい! それほどの腕を持ちながら!」
剣聖は渋い顔で首を振る。




