48. 三ゴールドの矜持
「さて、いよいよ本番です! サキサカさん、この戦いはどうご覧になりますか?」
リリィの声が、期待と緊張で微かに震えていた。
「えーっと、シルヴァン選手はSランクに限りなく近い剣士ですからね」
サキサカは慎重に言葉を選ぶ。
「先ほどの憤怒の牛頭魔を一撃で倒した剣技……あれは見事でした。正直、マオ選手も苦戦するのではないでしょうか?」
「ほぅ! シルヴァン選手有利ですか?」
「自分はそう見ますね……」
サキサカが頷きかけた、その時だった。
「へっ!?」
彼の声が裏返った。目を疑うように何度も瞬きをする。
「角材……マオ選手、なんと角材ですか!?」
そう。マオの手に握られているのは、三ゴールドの【ヒノキの棒】だった。百万ゴールドを賭けた決戦の武器が、まさか角材とは。
「マオちゃんは前回も、角材で勇者様といい勝負を繰り広げていましたから、今回も角材を選んだみたいですね」
リリィが苦笑を隠しきれずに言う。
「いやいやいや!」
サキサカが思わず立ち上がった。
「さすがに百万ゴールドを賭けた一戦で角材は……ちょっとこれはどういうことなんでしょうか……」
彼の混乱は、視聴者たちも同じだった。
〔さすが俺たちのマオ!〕
〔ちょっと何コイツ! シルヴァン様、やっちゃって!!〕
〔角材少女マオ! 痺れる憧れるゥ~〕
〔小娘! なめんなよ!〕
〔マオはワシが育てた〕
コメント欄が、賛否両論で激しく荒れ始める。
数万人の観客たちが見守るパブリックビューイング会場もどよめきが止まらない。
みんな口々になぜ角材なのか不思議がり、首をひねっていた。
◇
シルヴァンの整った顔が、露骨に歪んだ。
「ちょっと、角材はないでしょ?」
プライドを傷つけられた剣士の怒りが、その瞳に宿る。
「ふん! 剣士なら剣で語れ!」
マオは無表情のまま、角材を軽く上に放り投げた。
クルクルッ……。
木片が優雅に宙を舞う――――。
パシッ!
見事にキャッチすると、そのまま構えを取った。その所作があまりにも自然で、まるで角材こそが彼女の愛剣であるかのような錯覚すら覚える。
「なめやがって!」
シルヴァンの中で、何かが切れた。
次の瞬間――。
ドン!と彼の体が、まるで解き放たれた矢のように前へと飛び出した。銀の鎧が風を切り、床石を蹴る音が轟く。Sランクに限りなく近い剣士の、本気の突進だった。
しかし――。
パシーン!
乾いた音が、広間に響き渡る――――。
それは、まるで子供が悪戯をして親に叱られた時のような、そんな呆気ない音だった。
シルヴァンの体が、まるで糸の切れた操り人形のように宙を舞う。床を転がり、壁際まで吹き飛ばされ――――。
ピクリとも動かなくなった。
静寂が、広間を支配する。
やがて、シルヴァンの体は、まるで最初から存在しなかったかのように、スゥッと消えていった。
〔え?〕
〔は?〕
〔何があった?〕
〔マオちゃーん!〕
〔マオはワシが育てた!〕
〔シルヴァン……雑魚杉〕
コメント欄も、何が起きたのか理解できずに混乱していた。
見守るパブリックビューイング会場は水を打ったように静かになってしまった。
緒戦、いきなりの好カードかと思ったのに開始と同時に終わってしまったのだ。みんなポカンと口を開けたまま動かなくなってしまった。
「おーーーーっと! これはどうしたことか!?」
サキサカが椅子から飛び上がり、絶叫した。汗が額を伝い落ちる。
「『俺も胸ポロリ』と、大口を叩いていた割にはあっけなかったですねぇ。くふふふ」
リリィの声に、どこか愉快そうな響きが混じる。
「いやぁ、マオ選手はほとんど何もしてないように見えましたが……シルヴァン選手、瞬殺されました! これは一体……」
サキサカは震える声で続ける。
「それではスローモーションを見てみましょう……」
リリィが指を鳴らすと、ゴーレムアイの映像が巻き戻される。
「はい、ここで一気に間合いを詰めてくるシルヴァン選手ですが……」
サキサカが画面を食い入るように見つめる。
「あ、マオ選手も同時に前に出ていたんですね! ものすごい速度です!」
彼の声が震えた。
「で、一気にここで角材が……あぁ、頭に入ってますね」
映像には、シルヴァンの額に角材が吸い込まれるように当たる瞬間が映っていた。それは、まるで大人が子供を軽く小突くような、そんな何気ない一撃だった。
「で、すぐに元の位置に戻ったと……」
サキサカは冷や汗を拭った。
「いやぁ、あの一瞬で、しかも角材で……お見事としか言いようがありません!」
「マオちゃんにたどり着く前に終わってしまいましたね」
リリィが楽しそうに付け加える。




