47. 五分で片付ける
「やってまいりました!」
リリィの声が、興奮で震えている。
「ついに! ついにこの瞬間が! 『白銀の牙』の皆さんです!」
巨大な黒鉄の扉の前。五人の冒険者が、堂々と立っていた。銀の鎧が、松明の光を受けて眩しく輝いている。誰一人、息を乱していない。
「いやぁ、驚異的です!」
リリィが小さな体を震わせながら叫ぶ。
「まだダンジョン突入から一時間! たったの一時間ですよ! さすがAランク……いや、もはやSランクパーティですね! お見事です!」
「ありがとうございます」
リーダーのシルヴァンが、優雅に一礼した。
ブロンドの髪が、まるでシャンプーのCMのようにサラサラと揺れる。整った顔立ち、鍛え上げられた肉体、そして何より――圧倒的な自信に満ちた笑み。
彼は髪を手でかき上げながら、魔眼石に向かってウインクした。
「でも、これからがいよいよ本番ですからね」
〔きゃーーシルヴァン様ーー!〕
〔イケメンすぎる〕
〔髪サラサラwww〕
〔ナルシストかよw〕
コメントが爆発的に流れる。
「いよいよマオちゃん戦ですが、自信のほどはいかがですか?」
リリィがマイクを向ける。
「いやぁ」
シルヴァンは肩をすくめた。その仕草すら、計算されたように優雅だ。
「勝ちますよ。当然でしょう?」
彼はカメラに向かって剣をすっと突き出すと不敵に笑った。
「百万ゴールドを抱えて凱旋して、『白銀の牙ここにあり』って、大陸中にアピールするんです」
「でも、マオちゃんは相当強いという噂ですが……大丈夫ですか?」
リリィが心配そうに聞く。
「ふふっ」
シルヴァンの笑みが、さらに深まった。
「悪いけど、女の子だからって手加減はしない……。俺も胸ポロリさせちゃって、泣かせちゃったらゴメンね?」
〔うわ、最低www〕
〔胸ポロリ狙いかよ〕
〔でも見たい(本音)〕
〔マオちゃん逃げてーー!〕
〔変態剣士www〕
「お、おぉ……」
リリィが引き気味に反応する。
「凄い自信ですね! では、シルヴァンさんが代表して戦われるってことですね?」
「まぁ」
シルヴァンは仲間たちを振り返った。
「ここはリーダーが、ビシッと決めるしかないでしょ?」
「リーダー、頼んます!」
「百万ゴールド! 絶対に取ってきてくださいよ!」
「あんな小娘に負けんなよ!」
「みんな……」
シルヴァンは感動したように目を潤ませる。だが、それも一瞬。すぐに自信満々の笑みに戻った。
「任せておけ! 五分で片付けてくるよ」
「はい!」
リリィが大きく頷いた。
「それでは、シルヴァンさん! どうぞ、入場されてください!」
彼女が手を挙げると――。
ゴゴゴゴゴゴ……。
地響きと共に千年の重みを持つ黒鉄の扉が、ゆっくりと、しかし確実に開いていく。隙間から、眩い光が漏れ出してくる。
そして――。
「うおおおお!」
観客から歓声が上がった。
完全に開かれた扉の向こうには煌びやかな光景が広がっていた。
まず目に飛び込んでくるのは、鮮やかにライトアップされた空間。天井から降り注ぐ無数の光の筋が、まるで神の祝福のように注いでいる。
そして、奥には黄金の山が神々しく輝いていた。
百万ゴールド――――。
金貨が山のように積み上げられ、宝石がちりばめられた宝箱が、誘うように蓋を開けている。その輝きは、まるで太陽のようだった。
そして、中央にマオが立っていた。
銀髪が光を受けてまるで月光のように輝き、フリルのドレスが微かに揺れている。
その立ち姿は、まるで戦乙女のように美しい――が、赤い瞳は、退屈そうに半開きだった。
〔うひょーーーー!!〕
〔きたぁぁぁぁ!!〕
〔マオちゃーーーん!!〕
〔金貨やべぇぇぇ!〕
〔これが百万ゴールド!?〕
〔シルヴァン頑張れ!〕
〔いや、マオちゃん頑張れ!〕
〔歴史的瞬間キタコレ〕
コメントが、もはや読めない速さで流れていく。
「これは……」
シルヴァンが、一瞬息を呑んだ。
マオから放たれる、異様な威圧感。やる気なさそうな態度に反して底知れない気迫を感じる。それは、ただの美少女剣士のものではない。もっと深い、もっと恐ろしい何かだった。
だが――。
「ふん」
彼はすぐに不敵な笑みを取り戻した。
「面白い。これは、やりがいがありそうだ」
一歩、また一歩。
シルヴァンがボス部屋に足を踏み入れる。
その瞬間――。
ガシャン!
背後で、扉が音を立てて閉まった。
もう、逃げ道はない。
百万ゴールドを賭けた、運命の戦いが始まる。




