表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/69

46. 舌打ち

「あっ!」


 リリィが叫んだ。


「ミノタウロスが斧を振り上げ突っ込んできますよぉぉ! 必殺の一撃がぁぁ!」


 巨大な斧が、天井すれすれまで持ち上げられる。筋肉が盛り上がり、血管が浮き出る。そして――。


 ブゥン!


 風を巻き起こしながら、斧が振り下ろされた。


 ガキィィィン!


 金属と金属がぶつかり耳をつんざくような音が響き渡る。


「おぉっ! 止めた! なんと止めましたぁ!」


 サキサカが拳を握りしめる。


「白銀の牙の盾役、鉄壁のガルドが受け止めた! うん! これは見事な盾さばきですね!」


 確かに、ガルドは正面から斧を受けていなかった。斜めに構えた大盾で、斧の軌道を巧みに逸らしている。力ではなく、技術で受け流す――まさに達人の技。


「上手く斧の勢いをいなしている! そしてーー!」


 サキサカの声が、さらに高くなる。


「この隙に! リーダーのシルヴァンが!」


 銀髪を翻しながら、剣士が疾走する。まるで風のような速さで、ミノタウロスの懐に飛び込んでいく。


「斬りかかったぁぁぁ!」


 銀の刃が、弧を描いて振り下ろされる。


 ザシュッ!


 肉を切り裂く、生々しい音――――。


 鮮血が、噴水のように吹き上がった。


 ギュォォォォォ!!


 ミノタウロスの断末魔が、ダンジョン全体を揺るがした。巨体がゆらりと揺れ、膝から崩れ落ちていく。


 ズン! と、地響きと共に、守護者が倒れ伏した。


「決めた! 決めましたぁぁぁ!」


 サキサカは興奮で顔を紅潮させながら叫んだ。


「さすがシルヴァン! 隙を逃さず急所を一閃! 完璧な連携プレー! さすがですね!」


「ちっ……」


 小さな、しかし確かなリリィの舌打ちが、マイクに乗ってしまった。



〔ん? 今、舌打ちした?〕

〔『ちっ』って聞こえた〕

〔ミノタウロスのファンなの?www〕

〔実況が敵側を応援してるwww〕

〔リリィちゃん、ミノ推しだったのか〕

〔いよいよマオ戦?〕

〔マオちゃーん! 準備はいい?〕


 コメントが、光の速さで流れていく。




「シ、シルヴァン選手の攻撃! 惚れ惚れしますね! あの華麗な剣技! これが快進撃の理由なんですねっ!」


 リリィは慌てて声を張り上げた。不自然なほど明るい声で、必死に取り繕う。


「そ、そうですね! ミノタウロスを倒したとなると、もうボス部屋ですね!」


 サキサカもフォローに入る。




「は、はい! いよいよです! いよいよマオちゃんとの対戦! 百万ゴールドをかけた世紀の戦いが始まります!」




〔キタ━━━(゜∀゜)━━━!!〕

〔ついに来た!〕

〔マオちゃん頑張って!〕

〔百万は俺のもんだ!〕

〔歴史的瞬間くるぞ〕




「楽しみです! 本当に楽しみです!」


 リリィは額の汗を拭いながら言った。


「では、ここで一旦コマーシャルです!」


 絶妙なタイミングで、画面が切り替わる。


 ジャジャジャジャーン♪


 派手なファンファーレと共に、画面が黄金の光に包まれる。


 そこには――。


 純白のローブを纏った聖女エリザベータが、荘厳な大聖堂の前で優雅に微笑んでいた。朝日を背に受け、まるで後光が差しているような演出。風に金髪がなびき、その美貌は天使のように輝いている。


『神――』


 重々しいナレーションが始まる。荘厳なパイプオルガンの音色をBGMに。


『あなたを創り、世界を創った偉大なる存在……。その無限の愛を、ぜひ、あなたも感じてみませんか?』


 カメラがゆっくりとズームしていく。聖女の瞳に涙が浮かんでいる――感動の涙、という演出だ。


『神聖アークライト教国……』


 ガラン、ガランと大聖堂の鐘が、荘厳に鳴り響く。


『神を一番感じられる、天国に最も近い国』


 聖女が振り返り、大聖堂を見上げる。その横顔は、まるで聖母のように慈愛に満ちている。


『あなたの訪れを、心からお待ちしています』


 最後に聖女がカメラに向かってウインク。


 画面がホワイトアウトして、教国の紋章が浮かび上がった――――。


 同時接続数、二十万人突破。


 大陸史上最多の視聴者数を叩き出している今、教国は一秒たりとも無駄にせず、布教と観光誘致に活用していた。



 ボス部屋でそれを見ていたマオは、深いため息をついた。


(あの酔っ払いが、よくもまぁ……)


 つい先日、泣きながら「キャーキャー言われたい!」と喚いていた女性が、聖母のような顔をしてCMに出ている。


(さすが外面は立派だな)


 マオは内心で毒づいた。


 だが、自分も金のために美少女の姿で戦っているのだから、大差はない。


 マオは大きくため息をつくと、ストレッチをして体をほぐし始めた。いよいよ自分の出番だ――――。



      ◇



 CMが終わり、画面が戻る――――。


「お待たせしました! いよいよ運命の瞬間です!」


 リリィの声が響き渡る。


 画面には、ボス部屋の重厚な扉が映し出されていた。


 その向こうに、百万ゴールドと、マオが待っている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ