46. 舌打ち
「あっ!」
リリィが叫んだ。
「ミノタウロスが斧を振り上げ突っ込んできますよぉぉ! 必殺の一撃がぁぁ!」
巨大な斧が、天井すれすれまで持ち上げられる。筋肉が盛り上がり、血管が浮き出る。そして――。
ブゥン!
風を巻き起こしながら、斧が振り下ろされた。
ガキィィィン!
金属と金属がぶつかり耳をつんざくような音が響き渡る。
「おぉっ! 止めた! なんと止めましたぁ!」
サキサカが拳を握りしめる。
「白銀の牙の盾役、鉄壁のガルドが受け止めた! うん! これは見事な盾さばきですね!」
確かに、ガルドは正面から斧を受けていなかった。斜めに構えた大盾で、斧の軌道を巧みに逸らしている。力ではなく、技術で受け流す――まさに達人の技。
「上手く斧の勢いをいなしている! そしてーー!」
サキサカの声が、さらに高くなる。
「この隙に! リーダーのシルヴァンが!」
銀髪を翻しながら、剣士が疾走する。まるで風のような速さで、ミノタウロスの懐に飛び込んでいく。
「斬りかかったぁぁぁ!」
銀の刃が、弧を描いて振り下ろされる。
ザシュッ!
肉を切り裂く、生々しい音――――。
鮮血が、噴水のように吹き上がった。
ギュォォォォォ!!
ミノタウロスの断末魔が、ダンジョン全体を揺るがした。巨体がゆらりと揺れ、膝から崩れ落ちていく。
ズン! と、地響きと共に、守護者が倒れ伏した。
「決めた! 決めましたぁぁぁ!」
サキサカは興奮で顔を紅潮させながら叫んだ。
「さすがシルヴァン! 隙を逃さず急所を一閃! 完璧な連携プレー! さすがですね!」
「ちっ……」
小さな、しかし確かなリリィの舌打ちが、マイクに乗ってしまった。
〔ん? 今、舌打ちした?〕
〔『ちっ』って聞こえた〕
〔ミノタウロスのファンなの?www〕
〔実況が敵側を応援してるwww〕
〔リリィちゃん、ミノ推しだったのか〕
〔いよいよマオ戦?〕
〔マオちゃーん! 準備はいい?〕
コメントが、光の速さで流れていく。
「シ、シルヴァン選手の攻撃! 惚れ惚れしますね! あの華麗な剣技! これが快進撃の理由なんですねっ!」
リリィは慌てて声を張り上げた。不自然なほど明るい声で、必死に取り繕う。
「そ、そうですね! ミノタウロスを倒したとなると、もうボス部屋ですね!」
サキサカもフォローに入る。
「は、はい! いよいよです! いよいよマオちゃんとの対戦! 百万ゴールドをかけた世紀の戦いが始まります!」
〔キタ━━━(゜∀゜)━━━!!〕
〔ついに来た!〕
〔マオちゃん頑張って!〕
〔百万は俺のもんだ!〕
〔歴史的瞬間くるぞ〕
「楽しみです! 本当に楽しみです!」
リリィは額の汗を拭いながら言った。
「では、ここで一旦コマーシャルです!」
絶妙なタイミングで、画面が切り替わる。
ジャジャジャジャーン♪
派手なファンファーレと共に、画面が黄金の光に包まれる。
そこには――。
純白のローブを纏った聖女エリザベータが、荘厳な大聖堂の前で優雅に微笑んでいた。朝日を背に受け、まるで後光が差しているような演出。風に金髪がなびき、その美貌は天使のように輝いている。
『神――』
重々しいナレーションが始まる。荘厳なパイプオルガンの音色をBGMに。
『あなたを創り、世界を創った偉大なる存在……。その無限の愛を、ぜひ、あなたも感じてみませんか?』
カメラがゆっくりとズームしていく。聖女の瞳に涙が浮かんでいる――感動の涙、という演出だ。
『神聖アークライト教国……』
ガラン、ガランと大聖堂の鐘が、荘厳に鳴り響く。
『神を一番感じられる、天国に最も近い国』
聖女が振り返り、大聖堂を見上げる。その横顔は、まるで聖母のように慈愛に満ちている。
『あなたの訪れを、心からお待ちしています』
最後に聖女がカメラに向かってウインク。
画面がホワイトアウトして、教国の紋章が浮かび上がった――――。
同時接続数、二十万人突破。
大陸史上最多の視聴者数を叩き出している今、教国は一秒たりとも無駄にせず、布教と観光誘致に活用していた。
ボス部屋でそれを見ていたマオは、深いため息をついた。
(あの酔っ払いが、よくもまぁ……)
つい先日、泣きながら「キャーキャー言われたい!」と喚いていた女性が、聖母のような顔をしてCMに出ている。
(さすが外面は立派だな)
マオは内心で毒づいた。
だが、自分も金のために美少女の姿で戦っているのだから、大差はない。
マオは大きくため息をつくと、ストレッチをして体をほぐし始めた。いよいよ自分の出番だ――――。
◇
CMが終わり、画面が戻る――――。
「お待たせしました! いよいよ運命の瞬間です!」
リリィの声が響き渡る。
画面には、ボス部屋の重厚な扉が映し出されていた。
その向こうに、百万ゴールドと、マオが待っている。




