44. 黄金の城
ヴゥン――――。
マオたちは最終フロア、地下十階へと転送された。
湿気を帯びた冷気が肌を撫で、壁に刻まれた古代文字が、青白く明滅している。
巨大な扉を押し開けると、そこには想像を絶する空間が広がっていた。
天井は遥か高く、まるで地底の大聖堂。黒曜石の柱が林立し、床には消えかけた魔法陣が幾重にも描かれている。そして奥には、古代の祭壇が鎮座していた。
「ここで戦うのか……」
マオは広間を見渡しながらその広さ、材質を確認しながら奥へと進んでいく。
そして、アイテムボックスから宝箱を取り出し、ドカッ!と、重い音と共に壇上に置く。その巨大な宝箱は金と宝石で装飾された、それはまさに『百万ゴールド』に相応しい威容だった。
「賞金は、この辺に置いておけばいいだろう」
マオが蓋を開けると――。
ザラザラザラ……
金貨が滝のように溢れ出した。山のように積み上がる金貨。その一枚一枚がキラキラと輝いている。
「おぉ、いい感じね! ここに……」
リリィは宙を飛び回りながら、魔法のライトを配置していく。
「照明で煌びやかにしないと……視聴者が盛り上がりませんから。ふふふっ」
小さな手をひらひらと振ると、魔法のライトが次々と灯る。金貨の山が、まるで黄金の城のように輝き始めた。
「おぉ、素晴らしい! このまま持ち帰りたいくらいですね……」
「持ち帰られんようにするのが余の仕事なんだがな……」
マオは深いため息をついて、肩をすくめる。
「今日は、何人くらい相手にせねばならんのだ?」
死んだ魚のような目でリリィを見る。
「そうですねぇ……」
リリィは魔道端末をのぞきこむ――――。
「上では千人以上がエントリーしてますが……」
「せ、千人!?」
マオの顔が青ざめた。
「いえいえ、ご安心を。この十階まで辿り着けるのは、せいぜい数十人でしょう」
リリィはニヤリと笑った。
「え? そんなに減るのか?」
「ふふふ、実は昨夜、ダンジョンを大幅リニューアルしたんです」
リリィの瞳が、悪戯っぽく光る。
「魔物のグレードアップ、罠の一新、迷路の複雑化……くふふふ」
その笑い声は、まさに悪魔だった。
「特に九階の『憤怒の牛頭魔』は傑作ですよ。Bランク以下は瞬殺です」
「ははっ! それはいい! 手間が省けるというものだ」
マオも愉快そうに笑った。
「それに……」
リリィは誇らしげに胸を張る。
「『陛下が注目している』って魔物たちに伝えたんです」
「ほう?」
「みんな、目を輝かせて『陛下のために!』って……士気爆上がりですよ」
確かに、今日のダンジョンの魔物たちは、いつもと違っていた。入り口付近のゴブリンですら気合に満ち溢れていたのだ。
「おお、頼もしいな」
マオの表情が、少し柔らかくなる。
「部下たちも頑張っているのだな」
「でもまぁ」
リリィの声が、急に真剣になった。
「Aランクパーティは来ちゃいますからね。さすがに」
「ふん、Aランクだろうが、Sランクだろうが何だろうが余の敵ではない!」
マオは鼻を鳴らした。
「あ、それでですね」
リリィは慌てて付け加える。
「さすがにAランクパーティを倒しちゃうとマズいので、戦闘はソロ限定にさせてもらってます」
「は? なぜだ?」
マオが不満そうに眉をひそめる。
「パーティごと蹴散らしてしまえばいいではないか。その方が手っ取り早い」
「いやいやいや!」
リリィは必死に首を振った。
「Aランクパーティを一人で倒せる存在なんて、SSランクですよ!?」
「だから何だ?」
「SSランクの人間など世界には剣聖【幻影の剣閃リゲル】しかいません! そんな人がいきなり登場したら人間界の安全保障上、大問題です! 各国が警戒態勢に入っちゃいます!」
「カーーッ!」
マオは苛立たしげに髪をかき乱した。
「面倒くさいのう……ソロで一人ずつ倒すしかないってことか」
「ご安心ください。パーティからは代表一名だけ参加となってますから」
「なるほど、後衛と戦っても意味ないからな……。だが、地味だ。実に地味だ。余の力の千分の一も出せんではないか」
深い、深いため息。
「でも、今日だけで三十万ゴールドは確実に入ってきますから!」
「また金か……」
「配信のスパチャも合わせれば、もしかしたら五十万も!」
リリィはキラキラと目を輝かせる。
「金、金、金……世知辛い世の中になったものだ」
マオは疲れたように首を振った。
かつては力こそが全て。強い者が弱い者を支配する、シンプルな世界だった。それが今では、金がなければ何もできない。
「大戦時代が懐かしい……」
ボソリと呟く。
ゴゴゴゴゴ――――。
地響きのような音が、上から聞こえてきた。
「お、始まったようですね。第一陣が、ダンジョンに突入したみたいです」
リリィが天井を見上げる。
「ふむ」
マオはアイテムボックスから【ヒノキの棒】を、取り出すとブンブンと振って具合を確かめる。
「さて、剣を使う機会があればいいが……」
「陛下が剣を使うような相手は来ないと思いますけどね。ふふっ」
リリィは楽しそうにくるっと回ってキラキラ光る鱗粉を辺りに振りまいた。




