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40. 凱旋シナリオ

「まぁ、その……」


 ゼノヴィアスは恐る恐る、聖女の背中を優しくなでた。


「お主も、神の使徒【聖女】としての重責を担ぎ続けてきたからな。辛いこともあるだろう」


「そうよ!」


 聖女は勢いよく顔を上げた。化粧が涙でぐちゃぐちゃになっている。


「十歳の時! まだ十歳だったのに、次期聖女だって祀り上げられて!」


 言葉が堰を切ったように溢れ出す。


「それからずっと、マナーを叩き込まれて! 朝から晩まで礼儀作法! 食事の仕方から歩き方まで!」


 彼女は震える手でワインをグッと傾けて飲み干した。


「くぅぅぅ……。それで、儀式や式典に連れ回されて、自由な時間なんて一秒もなかった! 友達と遊ぶことも、恋をすることも、全部禁止! 禁止! 禁止! 禁止!」


「それは……大変だったな」


 ゼノヴィアスの声に、本物の同情が込められていた。


「でも、どんなに頑張っても」


 聖女の声が、悲痛に震える。


「『聖女なんだから当たり前』って、みんな言うの。国民は崇めてはくれるけど、誰も近寄ってこない。心を開いてくれる人なんて、一人もいなかった。みんな私に『都合のいい聖女像』を求めてるだけなのよ!」


「まぁ……聖女はもう人間というよりは、別世界の存在に見えるからな」


「それなのに!! 何? あんた?」


 聖女はゼノヴィアスを指差した。その指が、酔いで震えている。


「あんたは魔王でありながら、世界中の人気者! キャーキャー言われて、愛されて……ズルい!」


 テーブルをバンと叩く。


「私も! 私だってキャーキャー言われたかったのに!!」


「なら、お主も配信やればいいのでは?」


 ゼノヴィアスの提案に、聖女は首を激しく振った。


「何言ってんのよ! 聖女はね、地味なの!」


 自嘲的に笑う。


「あんたみたいに魔物倒したり、勇者と剣を交えて、胸をポロリなんてできないのよ!!」


「ポロリは狙ったわけでは……」


「何よ! あれが……狙いでなくて何なのよ!」


 聖女はガバッと体を起こし、鬼のような嫉妬の目でゼノヴィアスをにらむ。


「ポロリで一気にチャンネル登録者、何万人も増やしたくせに!」


 悔しそうに唇を噛む。


「男なんかバカばっかり! あんなポロリで……胸なら、私だって……」


 自分の胸を見下ろして、さらに顔を歪める。


「くやしぃぃぃ!!」


 ゼノヴィアスは深いため息をついた。


 この会談は世界の頂点たる『魔王』と『聖女』が会うという、全世界が注目している重大イベントではなかったか? なぜ、胸ポロリを責められているのか?


 困惑するゼノヴィアスをにらむと、聖女はいきなりバン!とテーブルを両手で叩いた。


「そもそも!」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で叫ぶ。


「私、どんな顔して帰ったらいいのよ! レンタル代十万ゴールド、満額取られましたなんて……」


 再び泣き崩れる。


「報告できないわ……うわぁぁぁん!」


 その姿は、もはや聖女の威厳など微塵も感じさせない、ただの泣き上戸だった。


 ゼノヴィアスはリリスと目を合わせた。少しやりすぎてしまったかもしれない。


「あー、なんだ」


 ゼノヴィアスは頭を掻きながら、ある提案を口にした。


「じゃあ、お土産を用意してやろう」


「……お土産?」


 聖女が、真っ赤に泣き腫らした目で顔を上げた。鼻をすすりながら、疑念の目でゼノヴィアスを見つめる。


「魔王軍は、教国と不可侵条約を結んでやろう」


「え……?」


 聖女の目が、みるみる大きくなっていく。


「い、いいの……?」


「お互い攻める力はないし、今の脅威は王国だからな。王国対策で力を合わせるというのも、悪くない」


 ゼノヴィアスは肩をすくめた。


「ほ、本当!?」


 聖女の瞳が、まるで星のようにキラキラと輝き始めた。涙の跡も忘れて、身を乗り出す。


「もちろん、魔王軍の存在意義は『世界征服』だし、教国は『魔物一掃』。根本的には相容れん」


 ゼノヴィアスは釘を刺す。


「だが、少なくともお主が聖女でいる間は矛を収め、お互い国力回復に力を注ぐ。それが現実的だろう」


「や、やった!」


 聖女はガッツポーズを作った。


「これで国に帰れるわぁ!」


 彼女の頭の中では、すでに凱旋のシナリオが出来上がっていた。


(『魔王は聖女を恐れ、攻めないことを誓った! その間、教国は国力回復に全力で取り組む! 聖女により教国は救われたのだ!』)


 なんという素晴らしいストーリー!


「ゼ、ゼノさん!」


 聖女は感極まって、ゼノヴィアスに駆け寄った。


「ありがとう!! あなた、思ったよりいい奴ねっ!」


「お、おぉ?」


 ゼノヴィアスはその勢いにたじたじになる。


「『教国がスポンサーしてるマオにも魔王は警戒してた』と伝えろよ? スポンサー費用の名目が増えるからな」


「うんうん! ありがとう!!」


 その小さな手が、魔王の大きな手を掴む。そして、ぶんぶんと力任せに振った。



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