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38. 究極の神聖魔法

「は?」


 聖女の思考が、完全に停止した。


「く、狂ったの? そこは魔王ゼノヴィアスの席でしょ!?」


「そうだが?」


「……へ?」


 時が止まった。


 マオは、自信満々に巨大な玉座に座っている。小さな体が、不釣り合いなほど大きな椅子に埋もれながら。そしてリリスは、それを当然のように受け入れて、恭しく隣に控えている。


 これは、一体――――?


「ダンジョン利用料は、十万ゴールドだ。びた一文、負けんぞ」


 マオが口を開いた。玉座の肘掛けに、小さな腕をもたれかけながら。


「な、なんで……あんたが、決めるのよ……?」


 聖女の声が震えた。


「決めるのは魔王ゼノヴィアスだろ? つまり、余だからな。くふふふ」


 マオの瞳が、赤く光った。


「ゼ、ゼノヴィアス……って」


 聖女の顔から、血の気が完全に失せた。


「あんたが……?」


「さっきから、そう言っておろう」


「……えっ!?」


 聖女の膝が、がくがくと震え始めた。


「はぁぁぁ!?」


 絶叫が、玉座の間に響き渡る。


 ただの新人冒険者。可愛いだけの小娘。それが――魔王?


「ちょ、ちょっと!」


 聖女は必死にリリスに訴えた。


「この小娘が、こんな戯言を! いいの!?」


「慎みなさい! 魔王陛下の御前ですわよ!」


 リリスの一喝が、空気を震わせた。


「じゃ、じゃあ……本当に……」


 聖女の顔が、青から白へ、そして赤へと変わっていく。


「魔王……なの?」


「アークタワーでは、好き放題言ってくれたのう……」


 マオ――いや、ゼノヴィアスの声が、急に低くなった。


「ん? 聖女殿?」


 赤い瞳が、蛇のように細められる。


「え、いや、あ、あれは……」


「『土下座して靴を舐める』」


 ゼノヴィアスが立ち上がった。小さな体から、恐ろしいほどの威圧感が放たれる。


「誰が、誰の靴をなめるのだ?」


「た、大変失礼しました!」


 聖女は慌てて頭を下げた。だが、すぐに顔を上げる。


「でも! あなたが魔王なら、契約は無効です! 帰らせてもらいます!」


「ほう?」


 ゼノヴィアスの口元が、悪魔的に歪む。


「いいぞ。だが違約金は二百四十万ゴールド。きっちり払ってもらうがな」


「な、何言ってるのよ!」


 聖女の声が裏返った。


「こんな詐欺! 無効よ! 無効!」


「ふーん」


 ゼノヴィアスは玉座に座り直し、優雅に足を組んだ。


「『神聖アークライト教国、魔王とスポンサー契約』明日の新聞の一面記事が楽しみだな。くっくっく……」


「……へ?」


 聖女は目を見開いて固まった。


「『聖女自ら魔王城を訪問し、契約を結ぶ』……世界中のメディアが、大喜びで一面トップだろうな……くっくっく」


「くっ……!」


 聖女の奥歯が、ギリギリと音を立てる。


 神の国が、魔王と契約。それも聖女が率先して――――。いくら『騙されたのだ!』と、叫んでみても騙された間抜けさを強調するだけだ。信者の離反は避けられない。教国の権威は、地に落ちる。


「は、諮ったわね……」


 聖女は鬼のような目でゼノヴィアスをにらむ。


「まぁ、いいじゃないか」


 ゼノヴィアスが肩をすくめた。


「マオが魔王だなんて、お主が墓まで持っていけば、誰にも分からん」


「くぅぅぅ……! この鬼! 悪魔! 人でなし!!」


 聖女の拳が、震えながら握り締められる。


「そりゃ悪魔の王だからな。くっくっく」


 ゼノヴィアスは愉快そうに笑った。


「ふざけんじゃないわよ!」


 ついに、聖女の理性がプッツンと切れた。


「殺してやる! この悪魔!!」


 ブン!


 聖女が腕を振り上げる。その直後――。


 シュワァァァァァ――!


 眩い黄金の光が、指先から溢れ出した。


 玉座の間が、神聖な輝きに包まれる。壁が、床が、天井が、全てが黄金に染まっていく――――。


 神の(ディヴァイン)恩寵(グレイス)――『浄化(ピュリファイ)


 魔の存在を、その命ごと溶かし尽くす、究極の神聖魔法だった。


「はーっはっはっは! これで形勢逆転よ! 『魔王に襲われたが、撃退した。人類を救ったのは聖女』……完璧な筋書きだわ!」


 光の中で、聖女が高笑いを上げた。


「魔物のくせに神の使いである私を謀るなんて許されるわけないわ! 魔王を退治した聖女として歴史に名を残すのよ!!」


 やがて、光が収まっていく。


 はぁはぁと聖女の荒い息が玉座の間に響いた。


 聖女は勝利を確信して、玉座を見上げる――――。


「ほう、これが今代聖女の力か」


 そこには、何事もなかったように座るマオの姿があった。


「……え?」


 聖女の顔が、凍りついた。


「な、なぜ……なんで平気なのよ!?」


 ガチャリ。


 後ろの扉が開く音がした。

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