37. 聖女歓待大作戦
「な、なるほど! それは盲点だった!」
ゼノヴィアスは立ち上がり、リリスの肩をパンパンと叩く。
「お主、まさに悪魔的天才だな! むほーー!」
奇声を上げながら、拳を天に突き上げる。
「くふふふ……。もっとお褒めいただいても結構ですのよ?」
リリスはポーズをとって胸を張り、鼻息を鳴らす。
「今から楽しみになってきたぞ! あの高慢な聖女の顔が歪むのが目に浮かぶわ!」
「ふふふ、でしょう? 名付けて――『聖女歓待大作戦』!」
「ぬはははは! いいぞ! 実にいい! 最大級の歓待を聖女に! ガッハッハ!」
先ほどまでの憂鬱はどこへやら、ゼノヴィアスは楽しそうに笑い声を響かせた。
三日後、魔王城に聖女がやってくる。
歴史に残る、前代未聞の『歓待』が始まろうとしていた――。
◇
運命の日がやってきた――。
魔王城の威容が、霧の中に浮かび上がる。黒曜石で築かれた城壁は、まるで巨大な牙のように天を突き刺し、幾つもの尖塔が不吉な影を落としていた。
聖女エリザベータは、その厳めしい城門を堂々とくぐった。ブロンドの美しい髪を風になびかせ、純白のローブが輝く。まるで闇の世界に降り立った天使のように。
(思ったより……立派じゃない)
内心で舌打ちをする。貧乏で崩れかけの城を想像していたが、眼前にそびえる魔王宮は、教国の大聖堂にも引けを取らない威容を誇っていた。
ふんっ! と鼻を鳴らすと聖女は振り返る。
「なんで、あんたまで来るのよ?」
後ろをニコニコとついてくるマオに不満をぶつける。
「だって、関係者だからね?」
マオの笑顔は、まるで遠足に来た子供のように無邪気だった。
「ふふふ、歴史的瞬間に立ち会えるなんて、楽しみでしょうがない」
「これは魔王と教国の正式な会談よ」
聖女の琥珀色の瞳が、威圧的に光る。
「余計な口出しは許さないわ。分かってる?」
「もちろん、分かってる」
マオは軽やかに答えた。
「くふふふ……」
何か含みがあるその笑い声に何か不穏なものを感じて、聖女は眉をひそめた。恐るべき魔王軍の本拠地にいるというのに、この小娘は恐怖の欠片も見せない。むしろ、教国にいた時より自由でのびのびとしている――?
(いや、まさか……)
頭をよぎった考えを、聖女は振り払った。この小娘が『魔王に会ったことがない』のは真実なのだから。
「こちらです」
迎えに出た一行の中で、リリスが一歩前に出て恭しく一礼し、奥へと案内を始める。
大理石の廊下を進むにつれ、装飾は豪華さを増していく。魔族の歴代王の肖像画、呪われた宝剣、そして――玉座の間の巨大な扉。
リリスはピタリと止まり、クルッと振り返る。
「ここより先は、貴賓以外立ち入り禁止です」
リリスの声が、冷たく響いた。
「お付きの方々は、控室でお待ちください」
「な、何だと!?」
聖騎士団長が、剣の柄に手をかけた。
「我々を分断するつもりか! 聖女様を一人にするわけにはいかん!」
しかし、リリスは顔色一つ変えない。
「魔王陛下は、聖女様にのみ面会されます」
「ご不満であれば、このままお帰りいただいて結構です」
そう言って元来た方を恭しく手のひらで示した。
「横暴だ! そんな話は聞いていないぞ!」「そうだ! 教国の使節団を何だと考えてるんだ!」
騒然となった騎士たちを聖女がスッと手を上げて制した。
「いいわ……。あなたたちは、控室で待ちなさい」
「しかし、聖女様! 相手はズルく卑しい悪魔の王ですぞ!」
騎士たちは食い下がる。聖女に何かあればもはや国には帰れない。その悲痛な思いが伝わってくる。
しかし、聖女は自信に満ちた笑みを浮かべた。
「今回の訪問は大陸中が注目しているのよ? さすがの魔王も私に手は出せないわ。それに……」
彼女の全身から、淡い金色の光が立ち上る。
「私には神の恩寵がある。心配無用よ」
「……分かりました」
騎士団長は、渋々剣から手を離した。
「では、どうぞ」
リリスがうやうやしく扉を開く――――。
◇
扉の向こうには、想像を絶する光景が広がっていた。
漆黒の大理石で作られた巨大な空間。天井は遥か高く、まるで夜空のような闇が広がっている。そして、その最奥に――きらびやかに彩られた巨大な玉座が鎮座していた。
「ふふっ」
マオが軽やかな足取りで、聖女を追い越していく。
「ちょっとあんた! なんであんたも入ってくるのよ?!」
聖女は叫んだ。
しかし、マオはタタタッと段を駆け上がり――。
「何だっていいじゃない。ふふふっ」
笑いながらひょいっと玉座に――――座った。
「あ、あんた!」
聖女の叫びが、広間に響き渡った。
「どこに座ってるのよ!!」
血の気が引いていく。これは国際問題だ。魔王の玉座に勝手に座るなど、宣戦布告に等しい暴挙。
「どこって?」
マオは首を傾げる。その仕草は、あまりにも自然で、玉座になじんでいた。
「余の席だが? くふふふ……」




