34. 賞金百万ゴールド
「あんたを倒したら賞金百万ゴールド!」
聖女が爆弾発言を投下した。
「ひゃ、百万!?」
マオの声が裏返る。
「そ、そんな金はどこから……?」
「そんなの負けなきゃいいのよ。だって、あなた負けないんでしょ? まぁ、負けたら契約金から棒引きだけどね。くっくっく」
聖女は挑発的な笑みを浮かべる。その視線は、まるで獲物を値踏みする商人のようだった。
「負けはしないが……」
マオは言葉を濁した。
「みんな押し寄せるわよぉ……。大陸中から腕自慢が集まって、歴史的な配信になるわ。ふふっ」
(は? 何百人もの冒険者を相手にするなど、面倒極まりない!)
マオは必死に断る理由を探す。
「でも、魔王が……何というかな?」
聖女の次の言葉が、マオの心臓を直撃した。
「利用料払うって言えば、二つ返事でうなずくでしょ。あいつ、金欠だから。ふふふっ」
「き、金欠……」
マオの拳が、ぎゅっと握り締められた。爪が掌に食い込む。
金欠。確かにその通りだ。だが、それを敵国の聖女に嘲笑われるとは――――。
(このクソ女……!)
怒りで顔が熱くなる。だが、それを表に出すわけにはいかない。必死に平静を装うが、震える拳は隠しきれなかった。
「実際、魔王軍なんて今や張子の虎よ」
聖女は容赦なく追い打ちをかける。
「兵士への給料も払えない、城は崩れかけ、食事は出涸らしスープ。あんな情けない状態で、よく魔王なんて名乗ってられるわよね」
グサッ、グサッ、グサッと言葉の刃が、マオに突き刺さる。全て事実だけに、反論のしようがない。
「まぁ、だからこそ利用料を払えば飛びつくでしょうけど」
聖女の唇が、蛇のような笑みを描く。
「『偉大なる魔王様、お金に困ってるんですってね?』って言えば……ふふふっ、きっと涙目になって縋ってくるわよ」
(くっ……。言わせておけば……)
マオはわなわなと震える。
しかし、聖女はとどめの一撃を放った――――。
「一万ゴールドも払えば……あの貧乏魔王、土下座して靴でも舐めるんじゃない? おほほほほ!」
高慢な笑い声が、部屋中に響き渡る。
「ど、土下座して……靴を……」
プツン。
マオの中で、何かが音を立てて切れた。
ヴゥゥゥン――!
円卓の下で、マオの右拳に青い稲妻が走る。天穿拳――魔王の必殺技の一つ。全てを貫く、絶対破壊の拳。その光が、殺意と共に膨れ上がっていく。
(陛下! 何やってるんですか!?)
リリィが真っ青になって念話を飛ばす。
(止めるなリリス!)
マオの念話は、もはや咆哮だった。
(このクソ女、一秒で血霧にしてくれるわ!!)
(ストップ! ストーーップ!)
リリィが必死にマオの銀髪を引っ張る。
(聖女を倒しても、金は入ってこないんですよ!?)
(金の問題ではない!!)
青い光が、さらに激しく脈動する。
(この五百年間、余を侮辱した者は全員血祭りに上げてきた! 例外など一度もない! 土下座だと!? 靴を舐めるだと!? 殺す! 今すぐ殺す!)
(分かります! お気持ちは痛いほど分かります!)
リリィが必死に説得を続ける。
(でも陛下、血祭りの上げ方を変えましょう!)
(む?)
マオの殺気が、わずかに和らぐ。
(どういう……ことだ?)
(ここは一旦、金を受け取りましょう。そして魔王軍を完全復活させた後に……)
リリィの瞳に、悪魔的な光が宿る。
(この街ごと、教国ごと、聖女の大切なもの全てを奪い尽くして、最後に土下座させてから滅ぼしましょう!)
(んむむ……)
マオの拳から、少しずつ光が薄れていく。
(今、聖女を倒したら即戦争です。飢えた魔王軍では勝てません。陛下が土下座することになりますよ?)
(くぅぅぅ……!)
歯ぎしりの音が、ギリギリと響く。
(分かった……分かったぞリリス……。ここはお前に免じて耐えてやろう! くぅぅぅ……この、クソ聖女め……)
マオは震える拳を、ゆっくりと開いた。青い光が、名残惜しそうに消えていく。
(さすが陛下♡)
リリィは引っ張っていた銀髪を元に戻し、優しくなでてなじませる。
「……あなたたち、何やってるの?」
不審に思った聖女が、突然円卓の下を覗き込んできた。金色の髪が、テーブルの端から垂れ下がる。
「い、いや! 何でもない! ぬははは」
マオは何食わぬ顔で聖女を見上げた。
「……?」
聖女が怪訝そうに小首を傾げる。




