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32. 恐るべき説教

 マオの全身に、電撃のような戦慄が走った。


(まさか……聖女が同席するとは!)


 心臓が早鐘のように打ち始める。冷や汗が、背中を伝い落ちた。


 勇者レオンなら良かった。あの男は馬鹿だ。力はあるが、洞察力は皆無に等しい。だが聖女は違う。神の加護(かご)を受けた彼女は、魔の気配に敏感なはずだ。何かのきっかけで正体が露見し、こんな至近距離で魔物に特効だと噂される神の(ディヴァイン)恩寵(グレイス)を撃たれたら――無事では済まない。


 とはいえ、憶測で先制攻撃を行うわけにもいかない。魔王が聖女を倒したとなれば開戦は必至だ。それは何としても避けなければならない。


(くぅぅぅ……)


 マオは渋い顔で口をキュッと結んだ。


 情報局員が椅子を引く。マオは恐る恐る腰を下ろした。まるで爆弾の上に座るような心地である。


 カチャリ、と音を立てて、女性スタッフが紅茶を注ぐ。琥珀色の液体から、上品な香りが立ち上る。だが、マオにはそれを味わう余裕などなかった。


 できるだけ小さくなって、目立たないように俯く。五百年の魔王人生で、これほど卑屈(ひくつ)な姿勢を取ったことはなかった。


「いやぁ、実際にお会いすると本当に美しい!」


 枢機卿が感嘆の声を上げた。


「画面越しでも十分可愛らしかったが、実物はそれ以上だ。これで勇者と渡り合うとは、まさに奇跡の新人だな」


「あ、ありがとうございます」


 マオは小さく頭を下げた。声が震えないよう、必死に制御する。


 だが次の瞬間、枢機卿の表情が一変した。柔和な笑みが消え、鋭い視線がマオの顔を射抜く。


「ときに……マオ殿は、王国のことをどう考えているかね?」


「ど、どう……というのは?」


 質問の意図をはかりかね、マオは戸惑った。


「今や大陸中のヒト・モノ・カネ、全てが王国中心に回るようになってしまった」


 枢機卿の声に、苦々しさが滲む。


「金の力で好き放題。貿易を独占し、大陸を経済的に支配している。実に由々しき問題だと思わんかね?」


「確かに……」


 マオは慎重に頷いた。


 実際、魔王軍の困窮も、王国による経済支配が一因だった。大量生産で生み出される製品は圧倒的な安価で魔界の生産拠点を壊滅に追い込み、結果資源を売るしかなくなり、そしてそこにも王国の資本が入り込んで利益を吸い上げられていたのだ。


 もちろん、それらを拒否してもいいのだが、それは開戦を意味し、そうなれば今の魔王軍には耐えられなかった。


「これはもはや戦争、経済戦争ですよ!」


 枢機卿はバン!と円卓を叩いた。


 確かにその通り、餓死者も出ている以上これは実質殺し合いだった。札束で殴り合う金の戦争。そして、教国も魔王軍もそれに負けているのだ。


 マオは大きくため息をつき、うなずいた。


「今、もし魔王軍が攻めてきたら……王国以外は全滅だ。人類存亡の危機と言ってもいい」


 枢機卿が身を乗り出す。


 マオはそんな認識を教国のトップが持っていることを意外に感じ、少し誇らしい気分になった。


「確かに……魔王軍は恐ろしいですから」


 マオは思わずニヤリと笑ってしまった。自画自賛するような気恥ずかしさもあって――――。


「あんた!」


 バン!


 聖女の手が、激しく円卓を叩いた。


「何をニヤついてるのよ!」


 美しい顔が、怒りで歪んでいる。


「今、人類が平和を謳歌(おうか)できているのは、教国が――いえ、この私が魔王を牽制(けんせい)しているからなのよ!?」


「……へ?」


 マオは目を丸くした。あまりにも突飛な発言に、思考が追いつかない。


 教国が魔王を牽制? 聖女が自分を抑えている? は? 何を言っているんだ、この女は?


 正直なところ、教国の脅威など既に大きく減退していた。脅威と呼べるのは、経済力で台頭した王国くらいのものだ。もちろん、神の(ディヴァイン)恩寵(・グレイス)を持つ聖女には警戒せねばならないが、だからと言って牽制されるほどの脅威ではない。


「私たちが魔王に睨みを効かせているから、魔王ゼノヴィアスも攻めてこないのよ!」


 聖女は立ち上がり、マオを見下ろした。


「その現実を、ちゃんと理解しなさい!」


「はぁ……」


 マオは困惑してリリィと目を合わせた。リリィも肩をすくめるだけだ。


 その反応が、聖女の怒りに油を注いだ。


(この小娘……!)


 エリザベータの胸中に、黒い感情が渦巻く。


 そもそも、彼女はマオを広告塔にすることに反対だったのだ。若くて可愛くて、ちょっと強いだけ。神への信仰もないような小娘を、いきなり担いで教国のシンボルにするなど、狂気の沙汰としか思えなかった。


 教国には、神に選ばれた聖女――自分がいる。


 確かに二十代後半になってみずみずしい若さで魅了できる歳ではない。だが、まだ化粧をすれば全盛期と変わらない美貌を保っている。こんな小娘に負けるはずがない。


 なのに、なぜ枢機卿はこんな素性も知れない娘を担ごうとするのか?


(何としてでも、この話を潰してやるわ!)


 エリザベータは決意を固めた。教国に必要なのは聖女一人。それを思い知らせてやる。


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