28. 狂気のスカウト
「あ、あの……サキサカさん……」
リリィの声も震えている。
「こ、これは……どう判定すれば……?」
「えーっと……試合的には、マオ選手の『不戦敗』……いや、『不浄負け』ですかね……」
サキサカも困惑を隠せない。試合中に胸をさらしたケースなど記憶にないのだ。
「でも、倒れているのは勇者様ですよね……?」
「平手打ちは、胸をさらけ出した後でしたので……でも、あの威力は……」
解説者も、もはや収拾がつかない。
「と、とりあえず! 勇者様の勝利ということで、配信を締めくくりたいと思います!」
「ただ!」
サキサカが、プロ解説者の意地を見せた。
「一般人ながら、勇者様をここまで追い込んだマオ選手には、惜しみない拍手を送りたいと思います! 本当に素晴らしかった!」
「そうですね! マオちゃん大健闘でした!」
〔88888888〕
〔マオちゃん、よく頑張った!〕
〔次は絶対、ちゃんと防具着ようね……〕
〔マオちゃーん! 戻ってきてーー!〕
『○○さんが30ゴールドをスパチャしました!』
『××さんが80ゴールドをスパチャしました!』
『△△さんが200ゴールドをスパチャしました!』
温かい応援のスパチャが飛び交う中――。
突然、画面が黄金に染まった。
『アウレリア帝国さんが10000ゴールドをスパチャしました!』
「は!?」
リリィが素っ頓狂な声を上げた。
〔帝国!? 本物の帝国!?〕
〔国家がスパチャ投げるとか聞いたことねぇ!〕
〔一万って……マジかよ……〕
しかし、これは序章に過ぎなかった。
『ルミナス騎士団さんが15000ゴールドをスパチャしました!』
再び、黄金のエフェクトが画面を覆う。
『アウレリア帝国さんが20000ゴールドをスパチャしました!』
『ルミナス騎士団さんが30000ゴールドをスパチャしました!』
まるでオークション会場のように、金額が競り上がっていく。
〔おいおいおい! 何が始まってんだ!?〕
〔スカウト合戦か!? これがスカウト合戦なのか!?〕
〔マオちゃん争奪戦じゃん!〕
〔各国必死すぎだろ!〕
「え? ちょ、ちょっと……これは一体……」
リリィも、さすがに予想外の展開に戸惑っている。
「いやぁ、マオ選手はまさに『黄金の卵』ということですね!」
サキサカが興奮気味に解説する。
「人類最強の勇者と互角に渡り合える実力! しかも若く、美しい! 各国の指導者が放っておくはずがありません!」
「で、でも、こんな公開入札みたいな……」
その時だった。
画面が、太陽のように輝いた。
『神聖アークライト教国さんが200000ゴールドをスパチャしました!』
静寂。
そして――。
〔にじゅ……二十万!?〕
〔アークライト、ガチすぎるだろ!〕
〔国家予算レベルじゃねぇか!〕
〔これもう戦争だろ……経済戦争だろ……〕
他の入札者たちは、完全に沈黙した。
二十万ゴールド。
スパチャ史上ぶっちぎりの最高額であり、ちょっとした組織の年間予算に匹敵する金額。
アークライト教国の、命運を賭けた本気が、そこにあった。
「す、すごいことになってしまいました……」
リリィが震え声で締めくくる。
「美少女剣士マオちゃん、スペシャル配信! 本日はここまでとさせていただきます!」
「サキサカさん、本日はありがとうございました!」
「い、いえ! こちらこそ、とても……良いものを見せていただきました!」
「『良いもの』って……まさか……」
「い、いえ! 試合です! 素晴らしい試合という意味です! あははは……」
サキサカが慌てて誤魔化す。
「そ、それではみなさん! また次回、お会いしましょう!」
こうして、史上最も波乱に満ちた配信は幕を閉じた。
最終視聴者数――十五万人。
スパチャ総額――三十万ゴールド。
そして、マオの恥じらう姿は、永遠に人々の記憶に刻まれることとなった。
ただし、本人にとっては、永遠に消し去りたい人生最悪の黒歴史となったのだが――。
◇
「陛下ぁぁぁ! 大丈夫ですか!?」
魔王城の最上階、重厚な扉が激しく叩かれる音が響き渡った。
「あーうるさいっ! うるさいぞリリス!」
扉の向こうから、怒気を孕んだ咆哮が返ってくる。
「余のことは……余のことはしばらく放っておけと言っているだろう!」
その声は、いつもの威厳に満ちた魔王のものとは違い、どこか動揺していた。
リリスは扉の前で小さくため息をつく。そして、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「もうディナーの時間だというのに……困りましたねぇ」
彼女は扉から離れると、くるりと振り返る。その瞳には、小悪魔的な輝きが宿っていた。
「まあ、陛下がいらっしゃらないなら……みんなで陛下の分も片付けちゃいましょうかね? くふふふ……今日は久々の魔界牛のステーキでしたし。くふふふ……」
鼻歌を響かせながら、リリスは食堂へと降りていった。




