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26. 無防備な胴体

 カンカカンカカン!


 金属音が、機関銃のように恐るべき勢いで響き渡る。


 勇者レオンの聖剣が、青い稲妻となって空間を切り裂いていく。上段、下段、横薙ぎ、突き――あらゆる角度から、あらゆるタイミングで、死の刃が襲いかかる。


 その速度は、もはや常人の動体視力では捉えられない。


 しかし――。


 全てが、マオの角材に阻まれていた。


 マオは刃の部分を避け、刀身の平らな部分だけを叩き続ける。それも、最小限の動きで、まるで舞うように優雅に――――。


(おかしい……)


 勇者の額に、冷汗が浮かび始めた。


(何か違和感がある……いや、違和感どころではない……)


 たまらずサッと距離を取る。


 「はぁ……はぁ……」


 荒い息をつきながら、レオンはマオを凝視した。


 対照的に、マオは涼しい顔をしている。銀髪は乱れず、呼吸一つ乱していない。それどころか――口元に、薄い笑みすら浮かべている。


 ヒノキの棒を、まるで指揮棒のようにゆらゆらと揺らしながら――。


(なぜだ……なぜ彼女は余裕なんだ……?)


 勇者の心に、初めて焦りが生まれた。


 自分は人類最強の勇者。神に選ばれし者。この世に、自分より強い人間など存在しないはずだ。


 しかし、目の前の少女は――。


(まるで、俺を試しているような……いや、遊んでいるような……)


 背筋に、冷たいものが走った。


 もしかして、この少女は自分より二段も三段も上の実力者なのではないか? ふとそう思ってブンブンと首を振った。


 いや、そんなはずはない。そんな人間は、この世には――。


(くそっ……!)


 実力を見せつけるはずが、逆に踊らされている。その屈辱に、勇者の顔が歪んだ。


 おかしい……何かカラクリがあるはずだ――――。


 ふとその時、マオは全然攻撃してこないことに思い至る。攻撃に何か弱点でもあるのではないか――――?


(そうだ。僕の攻撃をよける練習ばかりしてきたに違いない。であれば……)


 勇者はクスッと笑うと、爽やかな笑顔を作り直す。


「よし! 今度は……マオちゃんから打ち込んできてごらん!」


 まるで先輩が後輩を指導するような、上から目線の提案だった。


〔おおおお! 勇者様の特別指導だ!〕

〔マオちゃん、防戦一方だったもんなぁ〕

〔人類最強に打ち込む!? 死んだ!〕

〔行けーー! マオちゃん! ぶっ飛ばせーー!〕


 視聴者が一気に沸き立った。


「いいのか?」


 マオが小首を傾げる。その赤い瞳に、危険な輝きが宿った。


(ふん……一発くらい、本気で殴ってやるか……)


 五百年間、歴代勇者を次々葬り去ってきたのだ。今代の勇者にも洗礼を軽く浴びせておこう――――。


(ちょっと陛下! 『殴ってやる』とか無しですよ?!)


 リリィの鋭い念話が飛んできた。


(本気で行って、わざと外して、そして負けてくださいよ! 分かってますね!?)


 マオにはなぜこうも考えていることが読まれてしまうのか? 首をかしげるしかなかった。


(くっ……。わ、分かっている……ちゃんと負ける……)


 マオはキュッと唇を結ぶと、ヒョイッと角材を放り上げた――。


 クルクルクル……。


 角材が空中で回転する。まるで大道芸人のパフォーマンスのように、華麗に、そして正確に。


 マオは勇者をにらんだままパシッ!と落下してきた角材の端をノールックで掴む。そして、ビシッと勇者に向けた。


「じゃあ……行きますよ」


「うん! おいで!」


 勇者が余裕の笑みを浮かべる。


 次の瞬間――。


 ドンッ!


 大地が爆発したかのような衝撃音と共に、マオが消えた。


 いや、消えたのではない。


 音速を超える速度で、地を蹴ったのだ。


 瞬きする間もなく、マオは勇者の懐に飛び込んでいた。


「そいやぁぁぁぁ!!」


 全身全霊を込めた、渾身の一撃。


 角材が、まるで巨大な鉄槌のように振り下ろされる。


〔うわぁぁぁぁ!!〕

〔速すぎて見えねぇ!!〕

〔これヤバくない!? マジでヤバくない!?〕


 しかし勇者は慌てず騒がず、聖剣を角材に合わせた。


 刹那、豆腐を切るように、あっけなく角材が聖剣に斬り裂かれていく――。


(バカめ……)


 マオの瞳が、勝利の確信に輝いた。


 これこそが狙いだった。角材を斬らせる瞬間、聖剣は自由を失うのだ。


 グイッ!


 切断された角材の残りを、マオは思い切り前に押し出した。

 聖剣はまだ角材を斬っている最中。引き抜くことはできない。


「なっ……!?」


 勇者の顔が、驚愕に染まった。


(しまった! 抜けない!)


 金属の剣なら、こんなことにはならない。勇者は戦闘経験の浅さを露呈してしまった。


 バランスを崩した勇者。


 その無防備な胴体に向けて、マオは短くなった角材を一気に叩き込む――――。


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