24. 神聖アークライト教国
マオは背中から【ヒノキの棒】を引き抜いた。
両手でグッと握りしめると、ふんっ!と気合を入れ、すっと勇者に向ける。
「あれ? マオちゃん、まだその角材なの?」
レオンが不思議そうに首を傾げる。
「ワイバーンを倒した角材だ。何か問題でも?」
マオが挑発的に言い返す。
「いや、まぁいいけど……それじゃあ僕の本気を見せられないかなって」
「ふーん。角材相手なら楽勝?」
刹那、マオの赤い瞳に危険な光が宿った。
シュッ!
マオの姿が掻き消えた。
いや、消えたのではない。人間の動体視力では捉えられない速度で前進したのだ。
パシィィン!
乾いた音を響かせ、マオの棒が聖剣の刀身を横から弾いた。
「うぉっ!?」
レオンが驚愕の声を上げる。まさか、いきなり超高速の一撃が来るとは思わなかったのだろう。
〔速っ!!〕
〔今の見えた奴いる!?〕
〔マオちゃん容赦なさすぎワロタ〕
〔でも相手は勇者だぞ……大丈夫か……〕
〔頑張れマオちゃーーん!!〕
視聴者の興奮が、一気に沸点に達した。
「なるほど……これは失礼した」
レオンの表情が、一変した。
遊びの色が消え、戦士の顔になる。
「君は……本物だ。全力で相手をさせてもらおう!」
聖剣を正眼に構え直す。そして――。
ヒュンヒュンヒュンヒュン!
まるで機関銃のような速度で、マオに向けて無数の突きが放たれた――――。
その速度は、もはや剣先が見えない。青い光の軌跡だけが、網のように空間を埋め尽くしていく。
しかし――。
カンカンカンカン!
マオは、その全てを角材で弾いていた。
しかも、ただ弾くのではない。刃の部分に当てれば角材が切断されてしまうため、刀身の平らな部分だけを正確に叩いているのだ。
「やるなぁ……。でも、さばくので精一杯……かな? ふふふっ」
一方、マオも必死だった。
(くっ……手加減が難しい……! つい本気で反撃しそうになる……!)
五百年染み付いた戦闘本能が、全力での反撃を求めて暴れている。
「えっ!? も、もう始まっちゃったんですか!?」
リリィが慌てた声を上げる。
「サキサカさんの準備がまだ……あ、大丈夫ですか?」
「はぁはぁ……す、すみません! サキサカです!」
画面の端に、息を切らせた解説者の顔が映る。
「走ってきました! でも、これは……すごいカードですね! ビックリですよ!!」
「サキサカさん、ほんと急なお願いで申し訳ないです。早速ですがこの戦いをどうご覧になりますか?」
「正直、予想がつきません!」
サキサカが興奮を隠せない様子で語る。
「勇者様は文字通り人類最強。負けるはずがない、いや、負けてはならない存在です。しかし……」
画面には、角材一本で聖剣と互角に渡り合うマオの姿が映っている。
「マオ選手の強さも、もはや人間の領域を超えています。天井を落として勝つなんて、前代未聞でしたからね」
「つまり、どっちが勝つか分からないと?」
「ええ、まさに神の領域の戦いです! 【人類最強】対【最カワ女子】! 歴史に残る一戦を、共に見届けましょう!」
〔うおおおお!!〕
〔これが……これが本物の戦いか……〕
〔レベルが違いすぎる……〕
〔でも、マオちゃん防戦一方?〕
〔いや、勇者の方が必死に見える……〕
視聴者数は、既に五万を超えていた。
この前代未聞の対決の情報は、まるで稲妻のように世界中を駆け巡る。
わずか数分で、大陸全土が騒然となった。
そして、この配信を観ている者の中には――。
王城に緊急招集された騎士団幹部たち。各国の上層部、軍の関係者。ギルドの幹部たち。全員が、慌てて画面の前に集まり、この戦いの行方を固唾をのんで見守っていた。
ただし、その真の意味を理解している者は、やはりたった二人だったが――。
◇
特に激震が走ったのは、王国の永遠のライバル――神聖アークライト教国だった。
巨大な大聖堂を中心に広がる宗教都市国家。白亜の建築物が立ち並び、至る所に神の紋章が刻まれた信仰の中心地。
かつては王国と肩を並べ、共に魔王軍と対峙してきた大国だった。
しかし――。
五十年前の停戦協定以降、両国の運命は残酷なまでに分かれた。
王国は勇者を旗印に大胆な市場経済を導入。ヒト・モノ・カネが集まる一大経済圏を築き上げ、黄金時代を謳歌していた。
一方、厳格な教義と伝統を守り続けたアークライトは、時代の波に乗り遅れた。経済は停滞し、若者は王国へ流出し、国庫は底を突きかけていた。
アークライトが擁するのは聖女エリザベータ。
彼女も確かに神の恩寵を持つ選ばれし者だった。しかし、その力は都市に結界を張り、疫病を祓い、民を癒すという、地味で目立たない防衛的なものだった。
勇者のような華々しさはない。英雄的な活躍もない。
教国復興のためには国威発揚のシンボルが、どうしても必要だった。
そんな時に飛び込んできたのがこの配信だったのだ――――。




