22. 魔王勇者戦!?
(この距離なら……瞬殺だ……)
この至近距離で天穿拳を放てば、いかに神の恩寵を持つ勇者といえど、回避も防御も不可能――即死だ。
マオの拳が、微かに震えた。
(やってしまえ……今ここで、この偽善者を……!)
しかし――。
キュッとマオは下唇を強く噛んだ。
(ダメだ……今ではない……)
魔王が勇者を殺害する。それは即ち、停戦協定の破棄であり、全面戦争の再開を意味する。
しかし、疲弊しきった魔王軍に、人類との総力戦を戦い抜く力は残されていない。自分は確かに最強だが、一人で数千キロに及ぶ戦線全てを守ることは不可能だ。
(く、くぅぅぅ……! 世が世なら、貴様などこの場で八つ裂きにしてやったものを!!)
あまりにも許しがたい勇者の妄言。だが、部下たちのために、今は耐えるしかない。
魔王軍の再興。財政の立て直し。まずはそこから。
マオは大きく深呼吸――――。
青白い光が、ゆっくりと消えていく。
覚悟を決めると、マオは震える声で言葉を紡いだ。
「わ、私は……トップ配信者になりたいんです! 魔王を倒すことなんて、興味ありません!」
両手を胸の前で組み、懇願するような仕草を作る。
「配信者?」
レオンが眉をひそめた。
「そんな色物じゃなくて、もっと王道で勝負しようよ! 勇者パーティで活躍すれば、貴族にだってなれるんだよ? 富も名誉も、全てが君のものになる!」
(魔王が、人間の貴族にだと!? 不敬にもほどがある!!)
怒りが再度沸点を超えそうになる。
マオの小さな拳が、血が滲むほど強く握りしめられた。
しかし、次の瞬間――。
マオは自分でも予想外の言葉を口にしていた。
「色物で結構です! 私は……観てくれるたくさんのファンの笑顔に囲まれていたいんです! それが、私の夢なんです!」
きっぱりと言い切り、マオは両腕を大きく広げて、周りの冒険者たちを示した。
言葉が口から零れ落ちた瞬間、マオは自分自身に驚愕した。
(は……? な、なぜ余がそんなことを……!?)
配信は金のためだ。魔王軍を救うための、屈辱的な手段に過ぎない。
魔王がなぜ、人間どもの笑顔などを求める必要があるのか。
(違う……これは設定だ……そう、高度な設定上の演技に過ぎない……)
慌ててブンブンと首を振る。
しかし、不思議なことに、先ほど受けた歓声の温もりが、まだ胸の奥に残っていた。
「あっ、そうか!」
レオンが、突然何かに気づいたように手を打った。
「君は僕のことを誤解しているんだ! 確かに僕のパーティは美女揃いだけど、君を口説こうとかそういうんじゃなくて……」
(は? 誰もそんなこと言ってないだろうが!!)
マオの額に、怒りの筋が浮かぶ。この男の自意識過剰ぶりにも程がある。
「そうだ! こうしよう!」
レオンの瞳が、挑戦的な輝きを帯びた。
「軽く剣を交えて、僕の本当の力を理解してもらおう! 剣士同士、言葉より剣で語り合おうじゃないか!」
「は? 嫌です」
マオは即答した。
しかし――。
(ちょっと陛下! OKです! OKしてください!!)
肩の上のリリィが慌てたようにパシパシとマオの頭を叩いてくる。
(勇者レオンとの模擬戦なんて、全世界が注目する超特大コンテンツですよ! 視聴者数爆上がり! スパチャも盛大に飛びますよ!!)
(馬鹿を言うな! 世界大戦が始まってしまうだろうが!)
(『マオ』としてならセーフです! 正体がバレなければ問題なし! これはビッグチャンスですよぉ!)
(お、お前という奴は……!)
レオンも食い下がってくる。
「そんな真面目な試合じゃないよ! 軽くカンカンと剣を合わせるだけ! ね? 剣士は剣で語るものだろう?」
マオは深く、深くため息をついた。
そして、諦めたようなジト目でレオンを見上げる。
「……配信は、させてもらえるんですね?」
「もちろん! 大歓迎だよ!」
レオンが嬉しそうに頷く。
「じゃあ、あそこの空き地を借りよう!」
そう言って、馬車を停めるような広いスペースを指差した。
周囲からは、期待に満ちたざわめきが湧き上がる。
勇者と謎の美少女剣士の対決。
それは確かに、世紀の一戦となることは間違いなかった。
ただし、その真の意味を理解している者は、この世に二人しかいなかったが――――。




