20. 翻る純白のマント
〔うぉぉぉぉぉぉ!!〕
〔888888888888〕
〔拍手! 拍手! 拍手!〕
〔伝説誕生の瞬間に立ち会えたぁぁぁ〕
〔これを超える配信なんて無理だろ!〕
コメントが画面を埋め尽くす――――。
「いやぁ、マオ選手お見事! まさか本当に角材で勝ってしまうとは……。私も長く解説やらせてもらってますが、全身に鳥肌立ったのは初めてですよ!」
「ありがとうございます! うちのマオちゃんは強いんです!」
「マオ選手の強さはもはや天災! いや、神の怒り! とても人間とは……」
サキサカは言いかけて、ハッと口を閉じた。そして、プロの解説者の顔に戻る。
「……いやぁ、マオ選手! 本当にお見事でした! 配信史に永遠に刻まれる、素晴らしい戦いでした!」
「サキサカさん、本日はゲスト解説ありがとうございました!」
そして――。
(陛下! 今日もバッチリお願いしますよぉ!)
リリィは上機嫌に指示を出す。
(くっ……)
マオがゆっくりとカメラの方を向いた。
瓦礫の山を背景に、埃にまみれ、ドレスはところどころ破れている。髪は乱れ、顔には土埃がこびりついていた。
それでも、その姿は凛としている。
戦いを終えた戦士の気高さと、少女の可憐さが、奇跡的な調和を見せていた。
マオは一度深呼吸をした。
(くそ……最後にまた、あの屈辱的なポーズを……だが、部下たちのためだ……)
内心の葛藤を押し殺し、マオはぴょん、と軽く跳躍する――――。
埃まみれのドレスが、ふわりと広がり、空中でくるりと一回転。着地と同時に、右手でぎこちないピースサインを作り、左手を腰に当て、わずかに体を傾ける。
そして――。
「ご視聴、ありがとうございます」
一呼吸。
「高評価と、チャンネル登録……」
赤い瞳が、一瞬だけ潤んだように見えた。それは羞恥からか、それとも――。
「お願い……ね?」
最後の「ね?」で、首をかくんと小さく傾げる。
笑顔は、相変わらずひきつっていた。だが、その不器用さが、逆に視聴者の心を鷲掴みにした。
〔あぁぁぁぁぁぁぁ!!!〕
〔可愛い! 強い! 最高! 完璧!!〕
〔マオちゃん、愛してるーー!!〕
〔俺、生きててよかった……〕
〔永遠について行きます! 来世も来来世も!!〕
『○○さんが300ゴールドをスパチャしました!』
『××さんが100ゴールドをスパチャしました!』
『△△さんが500ゴールドをスパチャしました!』
スパチャの嵐は、もはや画面を埋め尽くさんばかりだった。
こうして、前代未聞の配信は幕を閉じる。
最終的な数字は――同時接続数八万人、スパチャ総額三万ゴールド。
それは、新人配信者の記録として前人未到のものだった。
だが、数字以上に人々の記憶に刻まれたのは、瓦礫の中で見せた、埃まみれの天使の不器用な微笑みだった。
後に『天を落とした配信』として伝説となるこの日の記録は、永遠に配信史に刻まれることとなる。
そして、この配信を境に、『美少女剣士マオ』の名は、単なる新人配信者から、生ける伝説へと変わっていくのだった――。
◇
ダンジョンの出入り口へと続く階段を登りきると、マオは足を止めた。
そこには――なんと人の海があった。
数百人はいるだろうか。冒険者、商人、ただの野次馬。老若男女問わず、ありとあらゆる人々が、息を殺してマオの登場を待ち構えていた。
「キターーーー!!」
「マオちゃーーん!!」
「最高だったぞーー!」
「愛してるーー!」
轟音のような拍手と歓声が、マオを包み込んだ。
あまりのことにマオの体が、ビクッと硬直してしまう。
(な、なんだこれは……!?)
五百年の魔王人生において、人間たちから向けられたのは常に恐怖と憎悪の眼差しだった。拍手など受けたことがないし、歓声など聞いたこともない。
だが今、自分に向けられているのは、純粋な賞賛と憧憬の輝きだった。
(こ、これが……人間どもの歓迎というやつか……?)
戸惑い、困惑し、そして微かに――胸の奥が温かくなるのを感じた。
(陛下! 手を振ってください! ファンサービスです!)
リリィが肩の上で囁く。
(て、手を……?)
(そう! 笑顔で! 優雅に! アイドルのように!)
マオは深呼吸をした。そして、ぎこちなく右手を上げ、小さく左右に振った。
おぉぉぉぉ! マーオちゃーん! わぁぁぁぁ!
歓声が一段と大きくなる。
不思議な感覚だった。こんなに多くの人間に好意を向けられるなんて。
と、その時だった。群衆が、まるで海が割れるように左右に分かれていく――――。
は……?
その中央を、堂々と歩いてくる一団があった。
純白のマントを翻し、黄金の鎧が陽光を反射して眩しく輝く。腰には伝説の聖剣。そして、まるで天使のような金髪と、海のように青い瞳――――。
勇者レオン・ブライトソード。
その後ろには、タキシードを着こんだお付きの者たちが控えている。




