19. 聖剣にも等しい角材
〔うわぁぁぁぁぁぁ!!〕
〔何じゃこりゃぁぁ!!〕
〔天井……落ちた?〕
〔フェイクだろ!? 俺は騙されねーぞ!!〕
〔マオちゃん無事!? ねぇ、無事なの!?〕
〔伝説……俺たちは伝説を目撃してるんだ……〕
灰色一色に染まった画面には、まるで世界の終わりを目撃した人々の叫びのようなコメントが、濁流のように流れ続けていた。
リリィは思わず宙を仰ぎ、小さな手で顔を覆った。
「あちゃ~……赤字確定……」
ダンジョンはある程度の損傷であれば自己修復するが、フロア貫通させるような損傷には土木工事が必要になってしまうのだ。
「こ、こんなこと……本当にあるんですか!?」
プロ解説者のサキサカはもはや解説不能に陥り、紅潮した顔でリリィに詰め寄る。
「マ、マオちゃんは天才美少女剣士なので、たまに常識を超越した行動を……その、やらかしちゃうんです……」
リリィは必死に笑顔を作りながら答えた。しかし、その小さな額には冷や汗が光っている。
「いやいやいや! 『剣士』って、まだ一度も剣を使ってないじゃないですか!?」
「あははは……そ、そうでしたね。マオちゃんはこういう型破りというか、規格外というか……周りはいつも振り回されっぱなしなんデス……」
リリィはそう答えながらも、マオに念話を飛ばす。
(ダンジョンの修繕費用、最低でも十万ゴールド……いや、フロア貫通したから二十万は下らない……大赤字じゃないですか! 陛下のバカ! 脳筋! 破壊魔王!)
(何を言っておる。お主は『派手に勝て』と言ったではないか)
(勝っても赤字じゃ意味ないんですぅぅぅ!)
(ふむ。トップ配信者ならこのくらいすぐに稼げるのではないか?)
(いや、まぁ……そうですケド)
(なら、良いではないか。はっはっは!)
マオは楽しそうに笑った。
◇
徐々に土煙が晴れ始めた――――。
そこに広がっていたのは、もはやダンジョンとは呼べない光景だった。
広間は瓦礫の山と化し。何万トンもの岩石が折り重なり、新たな地形を作り出していた。その隙間から差し込む上階の光が、まるで天界への階段のように幻想的な光の筋を描いている。
そして――。
「ぐ……ぐぅ……」
奇跡的に、いや、皮肉にも首だけを岩の間から出しているワイバーンがそこにいた。黄金の瞳は虚ろで、かつての威厳は微塵も残っていない。荒い呼吸が苦しげに漏れ、その巨大な体は完全に岩の下に埋もれていた。
カツン。
静寂を破る、一つの足音。
カツン、カツン。
軽やかでありながら、どこか威圧的な響きを持つその音は、瓦礫の山を下りてくる。
埃まみれのピンクのドレス。乱れた銀髪には小石や土が絡まり、白い肌には無数の埃が付着している。それでも――いや、だからこそ、その姿は神々しかった。
まるで戦場から帰還した女神のように、マオはワイバーンの前で足を止める。赤い瞳が、敗者を見下ろした――――。
「……我が秘書が『派手に勝て』と、うるさくてな」
まるで言い訳のように、いや、敗者への最後の慈悲のように呟く。その声には、憐憫と、微かな敬意が込められていた。
「お前は、よく戦った」
ヒノキの棒――いや、もはやそれは聖剣にも等しい威光を放っていた――を、ゆっくりと振り上げる。
ワイバーンの瞳に、一瞬、安堵の色が宿った。
ビュン!と、角材が風を切る――。
パリィィィィィン……!
まるで天上の鐘が鳴り響いたような、澄み切った音が瓦礫の山に響き渡った――――。
逆鱗が、粉々に砕け散っていく。それは光の粒子となって宙に舞い上がり、まるで魂が天に昇っていくかのように、美しく、儚く、消えていった。
ワイバーンの巨体から、最後の力が抜けていく。その瞳には、もはや執着も野心もなく、ただ純粋な敗北の受容だけがあった。
〔うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!〕
〔神だ……神が降臨した……〕
〔これが……これが美少女剣士か……〕
〔マオちゃん最強! マオちゃん最高! マオちゃん神!!〕
〔ダンジョンごと葬るとか、もう次元が違いすぎる……〕
〔歴史に残る配信を見てしまった……〕
視聴者たちの興奮は、もはや制御不能なまでに爆発していた。
『○○さんが100ゴールドをスパチャしました!』
『××さんが200ゴールドをスパチャしました!』
『△△さんが50ゴールドをスパチャしました!』
スパチャの通知音が鳴り止まない。画面は祝福の雨に覆われていく。
「みなさーん! やりました! やりましたよ!!」
リリィが興奮を隠しきれない様子で叫ぶ。
「なんと二十七分四十五秒! 『防具なし・ヒノキの棒・B級ダンジョンRTA』世界記録更新です!! いえ、もうこれは記録なんてレベルじゃない! 伝説です! 神話です!!」