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17. ピンクの竜巻

 しかし――。


 炎に照らされたマオの顔には、なぜか不敵な笑みが浮かんでいた。


 スッ。


 物理法則を無視するかのように、マオの体が空中で横にスライドしたのだ。灼熱の炎は銀髪を撫でるように通り過ぎ、ドレスの端をわずかに焦がしただけで、マオは無事に回避する。


〔え……?〕

〔は……?〕

〔魔法!?〕

〔どうなってんの!?〕


 思考が追いつかない視聴者たち。その混乱を、サキサカの興奮した叫びが切り裂いた。


「あー! これはマオ選手、とんでもないファインプレーですね!」


「どういう……ことですか?」


「見てください! マオ選手の手にはリボンが握られていますね。それがワイバーンの尻尾のトゲにうまく引っかかっているんですよ!」


 画面を拡大すると、確かに一本のピンクのリボンが、蜘蛛の糸のように細く、しかし確実にワイバーンの尻尾に絡みついていた。


「へ? それじゃ、衣装のリボンを、尻尾をよけながら絡ませた……ってこと……ですか?」


 リリィの声も震えていた。まさか、あの一瞬で……。


〔うへぇ!〕

〔すげぇ〕

〔マジ、神だわ……〕

〔人間じゃねぇ〕




 着地と同時に、マオは爆発的な加速で前進した。


 まるで圧縮されたバネが解放されたような、凄まじい推進力。角材を槍のように構え、露出した喉元の逆鱗めがけて一直線に突進する。銀髪が彗星の尾のように流れ、赤い瞳には冷徹な殺意が宿っていた。


 その姿を目の端で捉えた瞬間、ワイバーンの全身に電撃のような衝撃が走った。


 迫り来る死の使者。たかが角材だが、その先端は確実に自分の命を狙っている。


 つかんだはずの栄光が、砂のように指の間から零れ落ちていく。


 数百年の屈辱を晴らしたはずの歓喜が、一瞬にして悪夢へと変わる。


 栄光の勝者から獲物へ。その転落は、あまりにも残酷で、あまりにも速かった。


「グォッ!」


 慌てて首を限界まで引っ込める。巨大な体を必死に後退させながら、同時に両翼を盾のように首の周りに広げた。決して逆鱗に到達させまいと、全神経を集中させる。


 ドゴォォォン!


 轟音が洞窟を揺るがした。


 角材が翼に激突した瞬間、ワイバーンの全身に衝撃が走る。たかが木の棒のはずなのに、まるで巨大な鉄槌で殴られたような重い一撃。翼の骨が軋み、呻きを上げる音が聞こえる。


 間一髪――本当に間一髪だった。


 もしあと一瞬でも反応が遅れていたら、逆鱗は砕かれ、全ては終わっていただろう。


 だが、まだ終わってはいない!


 刹那の判断で、ワイバーンは巨体を捻った。筋肉の塊のような尻尾が、鞭のようにしなりながらマオへと襲いかかる。カウンターの一撃。これで態勢を立て直す!


「くっ」


 優雅にバックステップを踏み、尻尾の一撃を紙一重でかわす。しかし、その表情には明らかな不満が浮かんでいた。決めきれなかった、という苛立ち。


 再び距離が開く。


 ワイバーンは荒い息を吐きながら、かろうじて逆鱗を守り抜いた自分の幸運に感謝した。同時に、改めて目の前の少女――いや、魔王の規格外の恐ろしさを痛感する。


 天国から地獄へ、そしてかろうじて生還。


 この数秒間の感情の乱高下は、数百年の人生の中でも経験したことのない激しさだった。



〔おぉぉぉぉ!〕

〔888888〕

〔惜しい!〕


「いやぁすごい! これは名勝負ですね! 解説してるこっちも手汗でびっしょりです!」


 サキサカの声には、純粋な感動が込められていた。プロの解説者をも魅了する、規格外の攻防がそこにあった。


「さすがマオちゃーん!」


 リリィが興奮で声を震わせながら、手元のデータを確認する。その瞬間、小さな瞳が信じられないほど大きく見開かれた。


「ここでご報告です。何と同時接続数が今、五万を超えてます! すごい!!」


 配信史に残る数字だった。昨日の初配信から、わずか二日目でこの記録。やはりハンデ戦という演出は大正解だったのだ。


 しかし、リリィの頭の片隅で警鐘が鳴る。長く引っ張りすぎれば、視聴者は飽きてしまう。スパチャの勢いも鈍ってしまうだろう。そろそろクライマックスを――。


(陛下! そろそろ派手に勝ってください!)


 念話に込められた無邪気な無茶振り。


(お、お前! 余がわざと引き延ばしているように見えるか?)


 ゼノヴィアスの声には、心外だという憤りが滲んでいた。


(え? でも、陛下ならすぐにでも勝てるでしょ?)


 リリィの無邪気な信頼。それは同時に、マオを追い込む要求でもあった。


(はぁぁぁ……)


 五百年分の疲労を込めたような、深い深いため息が念話を通じて伝わってくる。


(では、修繕費用は覚悟しろよ?)


 不吉な予告。その言葉の真意を、リリィが理解する間もなく――。


 マオは突如、角材を背中に器用に差し込むと、両手を自由にした。そして、助走もなしに壁に向かって駆け出した。


 そして、重力など存在しないかのように、垂直の岩壁を疾走し始めたのだ。円形競技場の構造を活かして遠心力で駆け、らせん状に高度を上げていく姿は、まるでピンクの竜巻のようだった。



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