14. 堂々たる入場
角材を握りしめ、マオは深く息を吸い込み――。
「GO!」
と、疾風のように駆け出した。
ピンクのドレスが激しくはためき、銀髪が彗星の尾のように流れる。コーナーでは壁を駆け、時には天井すら蹴って進むその速度は、もはや人間では不可能な域であった。
最初に現れたのは、緑色の鱗に覆われたリザードマンの群れ。彼らが侵入者に気づいて槍を構える前に、マオは既に彼らの間を縫うように駆け抜けていた。まるで風が吹き抜けたかのように、リザードマンたちは何が起きたか理解できずに、ただ呆然と立ち尽くす。
〔速すぎて残像しか見えない〕
〔今リザードマンの間を通った!?〕
〔角材使ってないじゃんwww〕
次に立ちはだかったのは、三メートルを超える巨体のホブゴブリン――――。
駆け寄ってくるマオをにらむと、ニヤリと笑い、マオに照準を合わせた。
マオはそれでも顔色一つ変えずにホブゴブリンへと突っ込んでいく。
グァァァァァ!
筋骨隆々の腕が棍棒を振り下ろそうとした瞬間、マオは進路を急に壁に変えた。
ガッ?!
その異常な動きにホブゴブリンはついていけない。
マオは円弧を描くようにそのまま天井まで駆け上がり、ホブゴブリンの頭上をクリアしてまた反対の壁へと降りてきてそのまま走り去っていく。まるでローラーコースターである。
ホブゴブリンにとってはマオがいきなり消えたようにしか見えず、混乱したように辺りを見回した。
しかし、その頃にはとっくにマオは次のエリアへと突き進んでいったのだった。
〔ゴブリンくん、上だよ上!〕
〔もういないけどねw〕
〔なぜ天井を走れるんだ?! 忍者かよ!〕
さらに奥へ――――。
岩で出来た巨大なゴーレムが通路を塞いでいた。その巨体は天井に届きそうなほど。普通なら迂回するか、戦うしかない状況だ。
ゴーレムは駆け寄ってくるマオに反応して腕を振り上げるが――。
マオはむしろ速度を上げ、滑り込むような姿勢で股間をすり抜けた。フリルのドレスが岩の表面を撫でるように通過していく。
〔股間アタック!〕
〔ゴーレムさん、ちょっと足開いてwww〕
〔これは新しい攻略法〕
そして、床が突然消えた。落とし穴だ。普通の冒険者なら慌てて避けるか、真っ逆さまに落ちてしまうところだが――。
「ふんっ!」
マオは躊躇なく穴を行く。落下しながら壁を蹴り、三角跳びで減速しながらまるで垂直の通路を駆け下りるように降下していく。
〔出たーー! 落とし穴RTA!!〕
〔落とし穴を攻略ルートにするとかwww〕
〔マオちゃんの辞書に「避ける」の文字はない〕
落とし穴を抜けた先で予想外の光景に出くわした――――。
五人組の冒険者パーティが、牛の頭を持つ魔物ミノタウロスに苦戦していた。盾役の戦士が必死に攻撃を受け止めているが、もう限界が近い。魔法使いの詠唱も間に合いそうにない。
いきなり落ちて来たマオに、若い女性ヒーラーが藁にもすがる思いで訴えた。
「た、助けて……!」
しかしそんな彼女を一顧だにせず、マオはまっすぐにミノタウルスの向こう、洞窟の奥へと駆けだした――――。
ドゴォッ!
マオは駆け抜けざまに、ミノタウロスの横腹に蹴りを一発叩き込む。腹いせとばかりの容赦ない一撃。巨体が宙を舞い、壁に激突して石壁に人型の凹みを作る。
「……あんた邪魔」
ボソリと呟いて、マオは振り返ることなく先へと駆けていく。角材は相変わらず一度も使われることなく、ただ手に握られているだけだった。
〔パーティ救出からの即離脱www〕
〔ミノタウロスさん、完全にとばっちり〕
〔「邪魔」の一言で片付けるクールビューティー最高〕
〔助けられたパーティ、呆然としてるwww〕
残されたパーティは、一撃で沈んだミノタウロスと、既に小さくなっていくマオの背中を交互に見比べ、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
そして、長い疾走の末に重厚な扉の前に辿り着いた――――。
黒い鉄で作られた巨大な門。その表面には不気味な紋様が刻まれ、禍々しいオーラが漂っている。
ボスエリアへの入り口だ。
マオはふぅと大きく息をつき、手の中の角材を見下ろした。ここまで一度も使っていない、ただの木の棒。これで本当にボスを倒せというのか。
「さぁ、マオちゃん! ここからが本番ですよぉ!」
リリィが楽しそうに宙を舞う。その無邪気な笑顔が、今は恨めしい。
〔キターーーー!! ついにボス戦!〕
〔角材の出番か!?〕
〔うっほほーい!〕
〔スパチャ投げる準備完了!〕
視聴者たちの期待が最高潮に達する中、マオは重い扉を景気よく蹴り一発で吹っ飛ばした。
〔はぁっ?!〕
〔おほぉ!〕
〔マオちゃーーん!〕
いったいどこの世界にダンジョンのボスエリアの扉を吹っ飛ばして入場する者がいるだろうか?
『〇〇さんが20ゴールドをスパチャしました!』
『△△さんが100ゴールドをスパチャしました!』
その、堂々たる入場に視聴者も大盛り上がり。早くもスパチャが飛んだ――――。