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12. 不思議な感慨

(あ、握手!? なぜ余が人間の平民などと!)


 マオはギラリとリリィをにらむ。


(陛下! 視聴者は神様ですよ! ただの金貨だと思って握手してください)


(くっ……。金貨と握手……)


 仏頂面のままマオはぎこちなく白い手を伸ばし、青年の手を握る。その瞬間、青年の顔が太陽のように輝いた。まるで世界で最も尊い宝物を手に入れたかのような、純粋な歓喜の表情。


(陛下! 笑顔、笑顔! 金貨に笑顔ですよ! ファンサービス、ファンサービスぅ!)


 リリィが銀髪をパシパシと叩く。小さな手の平だが、リリィの必死さが伝わってくる痛さだった。


「あ、ありがとう……」


 観念したマオは、普段使わない頬の筋肉を無理やり持ち上げひきつった笑顔を見せる。


「やったぁ! もうこの手洗わない!」


 青年は握った手を宝物のように胸に抱きしめ、その場で小躍りし始めた。その純粋な喜びようは、周囲の冒険者たちの注目の的になる。


(なぜ、あの者はあんなに喜んでおるのだ?)


 マオは青年の喜びっぷりに唖然とした。かつて自分と握手した人間はみんな冷や汗に濡れていたものだったのだ。


(マオちゃんはもうみんなのヒロイン、憧れなんですよぉ!)


(あ、憧れ……?)


 それは思いもよらなかった全く新しい感覚だった。


 すると若い女性冒険者が、頬を薔薇色に染めながら手を差し出してくる。


「私にも握手してください!」


 その瞳には、憧憬の光が踊っていた。


「僕も、僕も!」


 まだあどけなさの残る少年剣士も、興奮を隠せずに列に加わる。


 瞬く間に、殺伐としたダンジョンの入り口は、まるで祭りのような握手会場へと変貌を遂げた。


(な、なんだこの状況は……!)


 内心で激しく困惑するゼノヴィアス。しかし、きらきらと輝く期待の眼差しを向けてくる人々を、無碍にすることもできない。一人、また一人と、まるで儀式のように握手を交わしていく。笑顔を作ろうとするたびに、普段使わない顔の筋肉が悲鳴を上げた。


 五人、十人、十五人……手のひらに、人々の温もりが重なっていく。


 さすがに限界を感じ始めた頃、救世主のようにリリィの声が響いた。


「申し訳ございません、マオはこれから大切な配信が待っておりますので、またの機会にお願いしまーす!」


 妖精サイズの小さな体で、必死にマオのドレスの袖を引っ張った。


 背中に感じる名残惜しそうな視線は、まるで温かい陽射しのようだった。二人は、その温もりを振り切るように、洞窟の冷たい闇の中へと足を踏み入れた。



        ◇



 冒険者たちの声が届かなくなったところで、マオは肩の力を抜いて深い溜息をつく。


「なんかすごい人気だったな」


 呟きには、戸惑いと、わずかな驚嘆が混じっていた。たった一日の配信で、まさかここまで人々の心を掴むとは――――。


「そりゃそうですよぉ」


 リリィが小さな胸を誇らしげに張る。虹色の羽がきらめいた。


「配信界に彗星のごとく現れた超ド級新人、美少女剣士マオ。私のプロデュースがバッチリはまったということですよぉ」


 くるりと優雅に宙で一回転し、決めポーズ。その自信に満ち溢れた態度に、マオの口元に苦笑が浮かんだ。


「はぁ、お主にはそういう才能があるってことだな」


 それは皮肉でも嫌味でもなく、心からの賞賛だった。たった一日で、恐怖の象徴たる魔王を、人々の憧れの的に変えてしまう手腕。認めざるを得ない。


「ふふーん。もっと褒めていただいても結構ですのよ?」


 リリィは至福の表情でくるっと回った。小さな羽から零れる虹色の燐粉がキラキラと幻想的な光景を作り出す。


 ふと、ゼノヴィアスの胸に不思議な感慨が湧き上がった。


 今まで自分は畏怖の対象だった。気に入らなければ即座に首を()ね、それでも気が済まなければ街一つすら灰燼に帰していた。人々が自分の名を口にする時、そこには必ず恐怖が宿っていた。


 だが、今は違う。冒険者たちの瞳に宿っていたのは、純粋な憧れと喜び――――。


 自分が多くの人々の希望となっている。


 それは五百年の魔王人生で、一度も味わったことのない感覚だった。胸の奥で、何か温かいものがじんわりと広がっていく。この屈辱的な状況も、少しだけ――本当に少しだけだが――悪くないような気がしてくるのだ。


 だが――――。


(いや、違う! これは魔王軍復興のためだ。世界をもう一度恐怖に陥れるための布石なのだ)


 ゼノヴィアスは慌てて首を激しく振り、甘美な感情を振り払った。


 自分は魔王ゼノヴィアス。世界を恐怖で支配することこそが、自分の存在意義なのだ! 


 マオはぎゅっと小さな拳を握りしめた。その手のひらには、まだ人々の温もりがかすかに残っていた。



        ◇



 洞窟の奥へと進んでいくと、足元の岩肌が次第に黒く変色し、空気も重たくなってきた。そろそろ配信を始める頃合いだ。


「さーて、今日も頑張って配信スタートですよぉ!」


 リリィが指をパチンと鳴らすと、ゴーレムアイが青白い光を放ちながら起動した。水晶のような球体が、マオの周りをゆっくりと旋回し始める。その軌跡が、薄暗い洞窟に幻想的な光の輪を描いた。


「では、配信五秒前、四、三、……」


 リリィがカウントダウンを始める。その小さな体が興奮で震えているのが分かる。

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