表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/69

11. 完全勝利を我が軍に

 ゼノヴィアスは苦い薬を飲み込むように、ゆっくりと現実を受け入れざるを得なくなっていく。


 魔王軍が今、飢餓の淵で喘いでいるのは、戦時経済に依存しきった体制から脱却できていないからだ。人間たちとの停戦協定以来、経済は死んだように停滞している。それは紛れもなく、指導者である自分の無能さが招いた結果だ。


 かといって、兵士に満足な食事すら提供できない現状で、再び戦端を開くなど狂気の沙汰。飢えた軍隊で戦争などできるはずがない。


 まさに、完全なる袋小路。八方塞がり。どん詰まりだ。


 そこに降って湧いたこの配信企画。それ自体は魂を引き裂かれるような屈辱であり、唾棄すべき愚行ではあるが――他に何か策があるというのか?


「くぅぅぅ……」


 歯を食いしばり、ゼノヴィアスは深くうつむいた。拳を握りしめ、その爪が掌に食い込む。


「やったー、肉だ肉だ~」


 と、階下ではまだ騒いでいる――。


「ふんっ!」


 ゼノヴィアスは忌々しそうに顔を上げ、昇り始めた月を睨みつけた。


「……もう少しだけ」


 絞り出すような声で呟く。


「もう少しだけ、頑張ってみるか」


 美少女になって配信する。恥ずかしい決めポーズも取る。視聴者に媚びもする。

 

 それが部下たちの笑顔につながるというのなら――。


「陛下……」


 背後から声がした。振り返ると、リリスが申し訳なさそうな表情で佇んでいた。先ほどの雷撃で少し髪が焦げている。


「すみません。調子に乗りすぎました。陛下がどれほどの苦痛を……どれほどの屈辱を感じているか……」


「いや」


 ゼノヴィアスはゆっくりと首を振った。


「お前の言う通りだ。我が軍はどんな手段を使ってでも金が要る……。余は……マオとして、もう少し頑張ってみようかと思う」


 その言葉を聞いた瞬間、リリスの顔がパッと輝いた。


「陛下……!」


「ただし!」


 ゼノヴィアスは鋭く人差し指をリリスに向けた。


「猫耳だけは絶対に拒否する! 絶対にだ!! これだけは魔王の最後の尊厳として譲れん!」


「……それは次回のスパチャの金額によりますわ」


 リリスの瞳が、商人のように光った。


「つまり、もっと儲けろと?」


「えぇ、スターダムにのし上がっていただかないと……」


 リリスが小悪魔のような笑みを浮かべる。


「まるで……戦争だな……」


 ゼノヴィアスは首を振り、苦笑した。


「そうですよ? これは戦争です。視聴者の心を掴むための死に物狂いの戦争なのです」


「ふんっ! 戦争であれば、この魔王ゼノヴィアスが負けるわけにはいかんな」


「陛下であれば必ずトップ配信者まで上り詰められますわ……いえ、上り詰めていただきます」


 二人は月光の下で顔を見合わせ、そして同時に、不敵な笑みを浮かべた。


「勝つか……この新しい戦いに……」


「ええ、勝ちましょう……完全勝利を我らが魔王軍に……」


 ゼノヴィアスとリリスは、まるで戦場に赴く同志のように、ガシッと熱い握手を交わした。


 月が静かに二人を見守る中、魔王と秘書官は新たな戦いへの決意を固めたのだった。



       ◇



 朝靄が薄絹のように漂う中、B級ダンジョン『漆黒(しっこく)の廃坑』の入り口に、一人の少女が姿を現した。ピンクのフリルドレスが朝の光を受けて淡く輝き、銀髪が風にそよぐ姿は、まるで物語から抜け出してきたプリンセスのようだった。


 しかし、洞窟の奥から立ち昇る瘴気は、昨日のC級ダンジョンとは比べ物にならない。重く、穢れ、そして禍々しい。ここは熟練の上級冒険者たちが、万全の準備を整えてパーティを組んで挑む場所。単独での攻略など、正気の沙汰ではない。


 ましてや、あのひらひらと風に舞うドレス姿で……。


 入り口でブリーフィングをしていた冒険者たちの間にざわめきが広がった。


「マジかよ、B級でもやるのか?」


 歴戦の傷跡が刻まれた革鎧を着込んだ戦士が、信じられないという顔で呟く。彼の瞳には困惑と、わずかな畏怖が宿っていた。


「さすがにダンジョンなめすぎじゃねーか?」


 杖を握る魔法使いが眉をひそめた。昨日の配信は見ていた。確かに規格外の強さだったが、C級とB級では危険度が桁違い、そんなに甘くはないのだ。


 しかし、その重苦しい空気を切り裂くように――。


「マオさん!」


 群衆を掻き分けて、一人の若い男が駆け寄ってきた。軽装のシーフらしき青年は、まるで子供のように目を輝かせ、マオの前で急停止する。


「昨日の配信最高でした! 今日も楽しみにしています!」


 興奮で声が上ずり、頬は紅潮している。そして青年は、頭を下げると震える右手をゆっくりと差し出した。その手は、期待と緊張で小刻みに揺れている。


(こ、これは……?)


 ゼノヴィアスの思考が一瞬、完全に停止した。魔王として君臨して五百年、一般人に跪かれることはあっても、手を差し出されたことなど一度もない。この震える手は、一体何を求めているのか――――?


(へ、陛下! 握手ですよ握手!!)


 慌てふためいたリリィの念話が頭に響く。小さな妖精は必死に両手をぶんぶんと振った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ