10. 爆発魔王
そして、映像は無情にも進んでいく。
オーガを一撃で両断し、その後の決めポーズ――――。
画面の中で、マオがぴょんと軽やかに飛び上がり、空中でバレリーナのようにくるりと回転し、着地と同時に片目をパチリとウインクしていた。
ゼノヴィアスは、まるで魂が抜けたようにガックリと肩を落とした。震える両手で顔を覆う。
(五百年もの間、世界を恐怖で支配した暗黒の覇者が……なぜピンクのドレスで媚を売らねばならんのだ……馬鹿な……これは悪夢だ……)
しかし、画面の中の自分は容赦なく続ける。
『ご視聴ありがとうございました!』
(何が『ご視聴ありがとうございました』だ! 見るな! 余の醜態を見るな!)
改めて客観的にリプレイで見た衝撃は、まるで千本の針で心臓を刺されるような苦痛だった。
自分があんな恥ずかしいポーズを取って、しかもピンクのフリフリで、視聴者に媚びている。その残酷な現実が、五百年かけて築き上げた魔王としての尊厳を、音を立てて崩壊させていく。
あまりのショックに、ゼノヴィアスは目頭を押さえ、石像のように動かなくなった。
「あら、泣くほど感動しちゃいました? ふふふ、陛下も案外ナルシストなんですね~」
リリスは無邪気に、そして残酷に微笑んだ。
瞬間――。
「ふざけるなぁぁぁ!」
ゼノヴィアスが爆発した。
「貴様、余をオモチャにして遊んでおるな! 不敬な!!」
怒りに震える指先をくるりと素早く回すと、空中に不吉な紫色に輝く魔法陣が出現した。古代ルーンが狂ったように回転し、禍々しい電撃が迸る。
「ひぃぃぃぃ!」
リリスの顔が真っ青になった。
ピシャーーン!
凄まじい紫色の稲妻が、リリスがついさっきまで立っていた場所に炸裂した。石造りの床が爆発し、破片が四方八方に飛び散る。
「め、滅相もないですぅぅぅ! 陛下の魅力を最大限に引き出しただけですぅぅぅ!」
「ピンクのドレスが魅力だとぉ!! 炭にしてやる!!」
ゼノヴィアスは容赦なく、次々と紫電を放っていく。
バリバリバリ!
「ひぇぇぇぇ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
リリスは必死に稲妻を交わしながら、まるでネズミのように部屋中を駆け回る。机の下を潜り、時には壁を蹴って三角飛びまで披露した。
「余は魔王である! 道化ではないぞ! こんな屈辱的な企画、二度とやらん! 絶対にだ!」
「で、でも兵士たちのご飯が……!」
「うるさい!」
最後の一撃が、サイドテーブルを粉々に粉砕する。
ひょえぇぇぇ!
リリスは悲鳴を上げながら、転がるように廊下へと逃げ出していった。
荒い息をしながら、ゼノヴィアスは頭を抱える。
五百年にわたり世界を恐怖に陥れた最強の魔王が、ピンクのドレスを着てクルクル回り、『いいね』を懇願する――そんな現実を受け入れることなど、到底できるはずがない。
「ふんっ!!」
憤怒の鼻息と共に、ゼノヴィアスはいたたまれなくなってベランダへと飛び出した。
もう二度と、あんな真似はしない。絶対に――――。
◇
魔王城のベランダ――。
夕暮れの空に一番星が瞬き始め、宵闇が紫から藍へと、息を呑むようなグラデーションで世界を染め上げていく。涼やかな風が、ゼノヴィアスの漆黒の髪を優しく、まるで慰めるように撫でていった。
石造りの手すりに寄りかかり、彼は遠く地平線の彼方を見つめる。
かつて、この場所から見渡す限りの大地を睥睨し、世界征服の野望に胸を熱くした日々。
戦場を疾風のように駆け抜け、敵を容赦なく蹂躙し、その名を聞くだけで人々が震え上がった栄光の時代。
あの頃の自分は、確かに生きていた。輝いていた。
「はぁ……」
深い嘆息が、薄墨色の夜風に溶けて消えていく。
その時――。
「ヤッタァ! 明日は肉だってよ!」
突然、階下の中庭から歓声が爆発した。
「おい!? 本当か? 何年ぶりかなぁ!」
「リリス様が言ってた! ステーキだって! 本物の肉だぞ!」
「うおおお! マジか! 夢じゃないよな!?」
普段は疲労と諦念に満ちた顔をしている警備兵たちが、まるで祭りの日の子供のように浮かれ騒いでいる。錆びついた鎧をガチャガチャと派手に鳴らしながら、ある者は飛び跳ね、ある者は仲間と抱き合っていた。
「陛下のおかげだってよ」
「陛下が何か新しい金策を見つけてくださったらしい」
「さすが陛下だ! 俺たちのことを、ちゃんと考えてくださってる!」
ゼノヴィアスは身じろぎもせず、その光景を見つめていた。
月明かりに照らされた兵士たちの顔は、何ヶ月ぶりだろうか、本物の希望に輝いている。明日の肉料理を夢見て、まるで遠足前夜の子供のように興奮し、語り合っている。
その光景を見ていると、胸の奥が熱く、そして痛いほどに締め付けられた。
魔王としてのプライドと、主君としての責任。
かつての威厳と、目の前の現実。
輝かしい過去の栄光と、今この瞬間になすべきこと――。
相反する思いが心の中で激しくぶつかり合い、火花を散らしていた。