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9 病気と医者

 妊娠初期に馬車に乗ることは少し心配だったが、つわりよりも眠気が上回り意外と平気だった。


 そして丸一日移動に費やし、無事にルーノラの村に辿り着いた。


「ルーシェ、移動中ほとんど寝てたな。緊張しているように見えたけど、わりと神経図太いんだな」


 私は馬車での移動中、起きていられたのは一台目の馬車だけで、乗り換えた二台目、三台目の馬車ではウォーレンにもたれかかってずっと寝ていた。そして降りるタイミングで起こしてもらうということを繰り返した。

 王太子妃が人前で寝るなんてありえないけど、妊娠中ってなぜか眠くて眠くて仕方ない。


「ところで、私を盗んでなんて言うから、つい家まで連れてきちゃったけど、盗んだ王太子妃様はどこで売っぱらえば良いんだ?」

「売っぱらわなくて良いわよ。ちょっと気になることがあるから、ドロシーに会わせて」

「良いけど」


 ウォーレンとドロシーが暮らす家に案内してもらった。村で一軒家を借りて過ごしているらしい。


「ドロシー大丈夫か?」

「おかえり、ウォーレン」


 寝台の上で青白い顔で返事をする女性。


「お客さん?」

「あ、ああ……」

「初めまして、ドロシー。ルーシェよ。あなたの病気が良くなるまでウォーレンからあなたのお世話を頼まれたの。ウォーレン、これから仕事でちょっと留守がちになるから」

「えっ、ちょっ、勝手に──」


 私がそんなふうに言えばウォーレンは何を言い出すのかとギョッとした。


「仕事を頼みたいのよ。報酬は出すし、彼女の世話は私がするからお願い」


 ウォーレンにコソコソ言った。


「王太子妃様が病人の世話なんて出来るんか?」

「難しいことは出来ないけど料理や一通りの家事くらいなら私でも出来るわよ!」


 前世は一人暮らしをしていたわけだし。


 ウォーレンはしぶしぶ「なら良いけど」と言ってくれた。


「留守がちに? そうなの?」

「ああ! そうなんだ。俺がいない間は彼女がお前の世話をしてくれるから」

「でも……」


 ドロシーが心配そうな顔をした。


「危険な仕事じゃないから大丈夫よ」


 彼女はおそらく怪盗の仕事じゃないかと心配をしている。私がウォーレンに頼みたいのはそんなことではない。


「それは良いけど……でも……」


 なにか他にも心配事があるようだ。

 私とウォーレンを交互に見る様子を見てピンと来た。


「あ、大丈夫よ。私妊婦だから、ウォーレンとどうこうなったりなんてしないから。訳あって夫から逃げてきたの」


 彼女の心配事はこっちだったらしい。


「え、妊婦さん?」

「はぁ? 妊婦!?」


 ウォーレンは再びドロシーに聞こえないように私とコソコソ話す。


「妊婦だなんて聞いてねーよ! お腹の子は王子ってことだろ!?」

「大丈夫よ。誰も私が妊娠してることなんて知らないから」

「本当かよ。面倒事の匂いしかしねーよ」


 ウォーレンは深いため息を吐き、ドロシーは私を見て悲痛な面持ちをした。


「妊娠してるのに……旦那さんひどい人だったのね。逃げてきたって、住むところはあるの?」


 DV(家庭内暴力)でもされたんだろう、という目で私を見ており、ちょっと複雑な気持ちになる。

 だが、これからDV以上に酷いことをされる予定だったのだから、そういう目で見られても間違ってはいないのか? とも思い直す。


「住むところはこれから探そうと思って。この辺りに良いところ、ないかしら?」


 欲を言えばもう少し王都から離れた場所が良いが、これだけ田舎であれば見つかりにくそうだ。


「ねえ、ウォーレン、彼女うちに住まわせてあげようよ」

「え、いいの!?」

「もし旦那さんが追いかけてきてもウォーレンが追い返してあげてよ」

「うーん。住まわせるのは良いけど」


 だがウォーレンは私にだけ聞こえるように「でも」と言う。


「王太子が追いかけてきたら、ルーシェは置いて、ドロシー連れて真っ先に逃げるからな……!」

「それでいいわよ」


 私のせいでウォーレンが誘拐犯として捕まってしまうのは不本意だ。もし、捕まっても彼が犯罪者にはならないように動くつもりだが、この世の中は私の想定とは違う方向に事が進むことが多すぎる。

 ウォーレンが逃げると言うならば、便利な魔法道具を持つ彼ならきっと上手く逃げてくれると思う。


 私はドロシーに近づいて手を握る。


「ありがとう! ドロシー助かるわ」

「ううん。いいの。私はこんな身体で、ウォーレンの食事も満足に作ってあげられないから……」


 ドロシーは悲しそうに下を向く。


「家のことは私に任せてあなたは病気を治すことだけを考えて! ところでドロシーはなんの病気なの?」

「村の医者にはパーキラ病だと言われたわ。治らない病気で一生薬を飲みながら病と上手に付き合っていかなければならないと……」

「パーキラ病?」


 聞いたことがある。


「一生薬を飲みながら……?」


 そんな病気だったか首を傾げる。


「それが結構高い薬で、一生分ってなるとかなりの大金になっちまうんだ……」

「そういうことね……」


 なんとなく私の気になったことは当たっていそうな予感がする。



     ◇



 私はウォーレンに二つのことを頼んだ。


 まずは手持ちで用意していた現金で隣町の医者に往診をお願いして来て欲しいと。


「隣町から往診なんて余計に高くつくじゃねぇか」

「結果的には安く済む可能性があるからお願いするのよ」


 日本人女性だった時の前世ではセカンドオピニオンという言葉があった。

 納得のいく治療法を選ぶ上では普通のこと。




「パーキラ病で間違い無いですね」


 隣町の医者は往診料がかかるがそれでも良ければ、とすぐにドロシーの診察に来てくれた。若く物腰の柔らかそうな医者だ。


「やっぱり。あのじーさん間違ってねぇじゃん」

「治らないのでしょうか?」


 私が聞くと「薬の服薬で半年ほどで治りますよ」と答えが返ってきた。


「え!?」


 ドロシーとウォーレンはその答えに驚いていたが、私はやっぱり、としか思わなかった。


 学園に在学中、パーキラ病で休学していた生徒がいたが、半年休学しただけで完治したと復帰していた。

 病気が進行しすぎていると治らない、などの懸念もあったが、そういうことはなくて安心した。


「村のお医者さんからはこの薬をもらっていたようなのですが……」


 私は村の医者からもらった薬を見せてみる。


「ああ、これはパーキラ病の治療薬ですね」

「じゃあ、やっぱり、あのじーさんの診察でも良いんじゃないのか?」

「でも量が少ない。その倍量は飲まないと完治できないですよ。倍量飲めば半年で完治します」

「なっ……!」


 この村の医者は村に医者が一人しかいないこと良いことに、患者に死なせない程度に薬を与え、完治させずに、永遠に治療費を巻き上げようとしていたようだ。


 隣町の医者に聞けば、パーキラ病の倍量の薬代も村の医者の用意した薬の半額だった。


 田舎の村で村民は当たり前にその医者を頼っていて、村の患者は医者の独占状態だったのがよくなかったのだろう。


「全く……あのじーさんにはすっかり騙された……」


 ウォーレンは額を押さえて深いため息を吐いた。


「治る病気で良かったわね、ドロシー」

「ええ」


 ドロシーは青白い顔だが明るい表情で医者にお礼を言う。そして医者は二週間分の薬を置いてまた来ますと家を出る。

 そして「うちはお産も出来るから、お嬢さんも良かったら診察に来てくださいね」と言って帰っていった。

 若いのによく見てる医者だな、と感心した。



     ◇



「じゃあ、一週間くらい家を空けるからルーシェ、ドロシーを頼むな」


 ウォーレンは店で預かっていた修理が必要な魔法道具を全て直し返却を終えてから、一週間休業しますという札を店の扉に下げた。


「ええ、任せて!」

「ウォーレン、気をつけてね」


 ウォーレンは私のもう一つの依頼をこなすため家を出た。


 もう一つの依頼は私の所有していた宝飾品を売ってきて欲しいというもの。


 簡単な依頼なように思えるが、下手な場所で売れば足がついて私の居場所がバレてしまう。

 ネックレスやイヤリングなど宝石をバラバラに出来るものはバラして売るように指示をした。



「なぁ、ルーシェ、めちゃめちゃ高そうだけどこれもバラしちまって良いんか?」


 見せられたのはエルティミオ様が誕生日にプレゼントしてくれたネックレス。たくさんの宝石が付いていて、きっと良いお金になると思う。私が「いいわ」と返事をするとウォーレンは「わかった」とそれをばらす。

 それを着けて学園の休みの日にエルティミオ様とカフェへ行った。楽しく笑い合いながらお茶をしたのは遠い昔の思い出のようだ。ウォーレンがまたブチッとそれをばらすと思い出も一緒に壊れていった。

 これでいい。これでいいのだ、と何度も自分を言い聞かせ、張り裂けそうな胸の痛みを必死に堪えて平静を装った。



 捜索を撹乱する意味も込めて、出来るだけいろんな場所で売ってきて欲しいと指示をした。

 売った額の二割は報酬として持っていっても良いと言えば、ウォーレンは快く引き受けてくれた。


 大金が必要と言われていたドロシーの薬代が安く済んだから良かった。




「薬の効果はどう?」


 私はドロシーの身体を少し起こしてパン粥を食べさせた。


「前よりも楽になってきていると思う。それにルーシェの食事がすごく美味しい」

「良かった。しっかり食べて、早く治すのよ」


 私は食事を作って家事をする、そしてドロシーの看病をするという日々を繰り返す。


 一週間してウォーレンが戻ってくる。

 ウォーレンはひと月ほど店を開いて引き受けた魔法道具を全て修理し返却したらまた一週間くらいかけて宝飾品を売りに行く。


 私は看病の合間に隣町のドロシーを見てくれているベンジャミン先生のもとへ訪れて妊娠の経過を診てもらう。

 毎回「順調ですよ」という答えがもらえてホッとする。



「ルーシェはなんで王太子から逃げてんだ? 王宮ってそんな大変なところなんか?」

「うーん……大変なところではあるけど……」

「貴族のお嬢様にしては家事の手際がいいし、料理が上手すぎる。一体どんな生活をして、なにをされて逃げてきたんだ?」


 夜、ドロシーが眠りについてからウォーレンに質問された。

 答えにくい質問だ。だが、王宮から逃げてくるのを助けてくれたウォーレンには、前世のことは言えないが、ある程度のことは説明しなければならないのかもしれない。

 私は覚悟を決めて話そうとした。だが……


「あー……やっぱりいいや。ドロシーのこと以外の面倒は引き受けるつもりはないからさ。ルーシェのこともドロシーとの生活に悪い影響が出そうなら、やっぱり置いて逃げるつもりだし」


 そう聞いて私はクスクス笑う。


「それで良いわ。私はあなたに今以上のことを求めたりしないから」


 私と彼は依頼人と請負人。それ以上の関係にはならない。そう再確認したような会話だった。

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