8 協力者
「──あなた私に協力してくれない?」
私はここへ来た目的を果たすためウォーレンにそう声を掛ける。
「結構な大金だぜ? あんたに用意できるのか?」
「あなた私を誰だと思っているの? この国の王太子妃よ」
「は……!?」
ウォーレンは驚いたような顔をする。
宝物庫に出入りできるほどの人間を誰だと思っていたのだろうか。
「俺はそんな雲の上の人、知り合いにいねーよ! あんたなんで俺のこと知ってんだ!?」
「国の偉い人たちには偉い人たちの情報網があるのよ」
私はあたかも当たり前のように口にした。
だけど内心はハラハラしていた。
「そ、そうなのか……?」
「そうなのよ。あなたの顔だって割れてるし、恋人のことだって知られているの。お金は私が用意するから、もうこれ以上の窃盗行為はやめなさい」
私の話を信じてくれそうな態度が見られたので、私は畳み掛けるように言ってみた。彼が手に持つ短剣がこちらに向いたりしないか実はドキドキだったのだが……
「なぁ、協力って何をすればいいんだ?」
その台詞を聞いて安堵した。
◇
「それって絶対しないといけないの?」
「これがあった方が怪盗っぽいだろ?」
そう言いながらウォーレンは『王太子妃は頂いた』と書いた紙を用意する。
「追手がすぐに来ちゃったら逃げづらくなるじゃない」
「ははっ、もちろん時差で届くように仕掛けをするさ」
私はウォーレンに「私を盗み出してほしい」とお願いした。ウォーレンはにやりと笑って「そんなことは簡単だ」と言った。
「でも、どうせあんたがいないことなんてすぐに気付かれるんだろう?」
「まあ、確かにそうね」
宝物庫の中は王族以外は入ることができない決まりになっているので、護衛も警備も安易には踏み込めないだろうが、私が三時間も四時間もここから出てこないようであれば、陛下や王妃様に許可をもらって踏み込んでくるだろう。
「それに俺に関する情報は全部あんたが買い占めたから、他の人間には流出してない。だったら今はここから逃げ出すことを考えればいい」
ウォーレンは私の言ったハッタリをすんなり信じてくれた。
「ところでここからどうやって出るの?」
「これを使う」
ウォーレンが見せてきたのは腕時計のような魔法道具。
ウォーレンが魔力を込めてそれに触れると何もなかった壁に扉が現れる。
「え、映像装置?」
「わかるか? 人の視覚に干渉できる魔法道具なんだ」
この魔法道具を介してウォーレンが見せたいと思った映像を見せたい時間だけ見せることができるらしい。
「そんな魔法道具ないわよね。しかも視覚に干渉って……」
「ああ、腕時計の術式いじって俺が作った」
「えっ、ちょっとそれ、犯罪っ!」
魔法道具に術式を組み込むことは高度な技術を要するため国家資格を持つ者のみが術式を組み込める。既存の術式を許可なくいじることは犯罪だ。そして他人に干渉するような魔法道具も違法である。
「そもそも窃盗も犯罪だからな、それに今からすることは誘拐か……」
そう言ってウォーレンは魔法道具に魔力を流し自分の姿を消したように見せた。実際には姿は消えておらず、あらゆる方向からウォーレンの向こう側の景色が透けて見える状態になっているだけらしい。
「さあ、いくよ、えっと……王太子妃様?」
「ルーシェでいいわ」
「ルーシェ!」
彼は私の名前を呼ぶと私の姿も消えて見えるようにした。
「視覚に働きかけをしてるだけだから、絶対に人にぶつかるなよ。普通に当たって道具の効果が切れちまう」
「わかったわ」
そして開く扉は消して見せて、閉じた扉だけが見えるように魔法道具に魔力を込める。
警備も護衛も本物の扉が開いていることに全く気付かず、私たちは堂々とその前を横切った。
こんな複雑な映像を見せるなんて、相当難しい術式を組み込んでいるはずだ。ゲーム内でも大怪盗と言われるだけあって、すごい技術を持っているのだな、と感心してしまった。
そしてあっさりと王宮を抜けて城下町に降りた。
「よし」
ウォーレンは裏路地で自分の姿だけ見えるように魔法道具を切り替えた。
「あんたの姿、目立つんだよな……」
自分でも目立つ容姿をしている自覚はある。こんな場所で姿を現したら、注目されてしまって大変だろう。いまだに私は映す価値なしの状態を保っている。
「その魔法道具で別人の姿を映し出すことは出来ないの?」
「無理だ。色々試したんだけど、意思を持って動く物は映せない。動かない物を映し出すのが限界だった」
「そっか」
それでも十分すごい技術ではある。
「せめてそのドレスはなんとかした方が良さそうだな……」
とりあえず私たちは近くで宿を借りた。
ドレスの代わりの服はウォーレンが買ってきてくれたので、私は町娘らしい服に着替えた。
特に目立つ色をしている髪は編んでまとめて厚手のヴェールで覆って隠すようにした。
「多少はマシだけど、雰囲気がお上品なんだよな」
前世では庶民だったし、今もなんの意識もしていないのだが、今世の十八年間で培った淑女の所作はしっかりと身体に染み付いてしまっているらしい。
「ルーシェ、手ぶらのようだけど、約束の金って」
「大丈夫よ! ここに」
私は脱いだドレスのスカートをバッとめくる。そこには私の所有していた現金と宝飾品をたっぷりと仕込んでいた。
私は協力者を説得できれば、今日脱走するつもりであらかじめ準備をしていたのだ。
中にはエルティミオ様から誕生日にもらった贈り物もあり、売ってお金にすることを前提に持ち出すことは躊躇われたが、彼のことを吹っ切るには良い機会だと思い全てを持ち出した。
色々詰め込んだスカートはちょっと重たかった。
「すごいな、これ……全部俺にくれんの?」
「まさか。私だってこれからこの資金を元手に生活していかなきゃいけないんだから」
だからできればウォーレンに渡すお金も最小限にしたいとは思っている。
「ははっ、だよね! いいよ、俺はドロシーを助けられるだけの金がもらえれば」
「すぐにドロシーのところへ戻らなくても大丈夫なの?」
「とりあえず、今日は隣の家の人にドロシーの世話を頼んでおいたから、明日馬車を乗り継いで帰ろうと思う」
「馬車を乗り継いで? あなたたちどこに住んでいるの?」
てっきり王都の城下町近辺に住んでいると思っていたのだが。
「ルーノラだけど?」
「ルーノラ!? すごい田舎じゃない! お医者さんなんているの?」
ここから馬車を乗り継いで一日ほどで行ける距離で遠いわけではないのだが、娯楽も何もない小さな田舎の村だ。
「田舎だけど、一応いるよ。ヨボヨボなじーさん一人」
「そう……」
それは大丈夫なのか少し心配になるが、私たちは翌日ルーノラへ向かって旅立つことにした。
彼はルーノラの村で魔法道具の修理師をしているらしく。一応魔法道具に術式を組み込むための国家資格は持っているらしい。
「あ、店じゃ違法な術式を組み込んだりなんかしてねーよ」
国の定期監査もクリアする清廉潔白な店だと言っていた。
馬車の乗り場へ向かうと物々しい数の騎士がいて私は咄嗟に物陰に隠れた。
「え、なに、何か事件……?」
「そりゃ、大事件でしょ。王太子妃が誘拐されてんだから」
「そ、そっか……」
この人たちは本当に私を探しに来た騎士達なのだろうか。
騎士達は街の人に話しかけるようなことはしないが、妙齢の女性を見かけると近づいていってまじまじと顔を見ている。
その様子を見てゾッとした。
間違いなく彼らは私を探している。
どんなに髪の毛を隠しても目の色は誤魔化せない。ずっと目を瞑るなんて怪しい行動を取れば不審尋問をされるだろうし、ヴェールを取られれば珍しいストロベリーブロンドの髪が現れて、すぐにバレてしまうだろう。どうしよう……。
すると、ウォーレンは私に魔法道具を向けて私の姿を映す価値なし状態にした。
「無銭乗車になるな」
そう言ってウォーレンはニッと笑った。
私はホッとして人にぶつからないよう気をつけながらやってきた馬車に乗り込んだ。
ウォーレンはすごく頼りになる。この人に協力を頼んで正解だった。