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5 一時の別れ

 それからエルティミオ様との結婚準備順調に進み、学園卒業から半年後に私たちは結婚した。


 結婚式に来てくれたエレノア嬢もロザリー嬢もオデット嬢もそれぞれの婚約者との結婚準備は順調に進んでいると聞いて、私は心底ホッとした。できるならみんなで幸せになりたいと思っていたから。

 ちなみにヒロインのアリシア嬢についてだが、私はやっぱり気になって彼女の現状を調べた。すると彼女はやりたいことがある、と隣国へ留学していた。彼女のやりたいことが何かはわからないが、彼女の望みが叶うと良いなと思っている。



 そして結婚後、私は抑えつけていた感情が一気に溢れて、私はエルティミオ様に甘えるようになった。そして彼もまたそんな私を「かわいい」と言って甘やかし、愛し愛される甘々の新婚生活を送っていた。


 そして結婚から二か月後、彼の子を妊娠していることが分かった。


「え、ルーシェのここに私の子が!?」


 そう言って彼は私を抱き上げとても喜んでくれた。

 早々に孫が誕生するかもしれないと陛下も王妃様も大喜びだった。


 気の早いエルティミオ様はベビー用品を早くから用意して、執務の合間に何度も私の様子を見に来てくれた。


「無理しちゃいけないよ。冷えるといけないからこれを使って」


 ブランケットを私に掛けて「私がお前のパパだよ」と私のお腹をさすりながら声を掛けていた。

 悪役令嬢を卒業した私はこれからずっとこんな幸せな日々が続くものだと思っていた。



     ◇



 それから一か月が過ぎたときだった。


「え、ドラセナ公国へ……」

「ああ……大公が急逝したらしく、公国を治められる人材がいないんだ。こんなタイミングで国を離れるのは嫌なのだが……」


 ドラセナ公国はこのシェフレラ王国の属国で、この王都からは馬車でひと月弱かかる距離にある国だ。我が国の属国であるドラセナ公国を統治していた大公が先日馬車の事故で亡くなった。大公には息子がいるが、まだ十五歳と若く後を継げるような年齢ではなく、今は大公の補佐官がなんとか国を回しているらしいが、身分と権力がないので崩壊寸前らしい。

 そこで宗主国の王太子が一時的に大公を務め、本来のドラセナ大公の息子が十八の成人を迎えたときに大公を交代してエルティミオ様はシェフレラ王国に戻ってくるらしい。


 私の妊娠が分かったばかりなのに、と悲しく思うが、王太子としての責務を放棄することはできないと……。


「ルーシェも一緒に連れていきたいが……」


 妊娠中に一か月も馬車に揺られて旅をするのは無理だ。


「三年間ですよね。私、この子とエル様のお戻りを待っております」


 国の権力者がいろんな事情で伴侶と離れ離れで生活するなどよくあることだ。戦争で十年離れ離れになる……というわけではないので、三年で戻ってこられるのであれば良い方だと思おう。

 私はにっこりと笑ってお腹に手を当て物分かりの良い妻を演じた。


 エルティミオ様は腕を引っ張り強く私を抱きしめた。


「すまない。三年で必ず戻ってくるから……! 愛してるルーシェ……」

「必ず……私の許へ戻ってきてくださいませ。私も……あ、愛しています……エル様……」

「ああ、ルーシェ……必ず……」


 私たちは別れを惜しむように何度も何度も口づけをし、私は口づけながら涙を流した。



     ◇



 それから間もなくエルティミオ様はドラセナ公国へ旅立った。私の方はつわりがあったり、毎日眠くて仕方がなかったり、妊娠線が出来てしまったり、というよく聞く妊娠トラブルはあったが、しばらくは穏やかな日々が続いていた。

 歯車が狂いだしたのは父の体調が崩れ始めたころだと思う。私が妊娠八か月のときだった。


 法務大臣をしている父とはたまに王宮内で会うことがあったのだが、父がずっと会議を休んでいると耳にした。

 私は心配になって公爵家に戻ると父は瘦せ細って床に臥せていた。


「最近急激に体力が落ちてしまってね……。ああ、王宮へもどるのであればモーブ伯爵が私の補佐官を務めてくれているから、悪いがこの書類を渡してやってくれ……」


 私が心配そうな顔をして書類を受け取ったからか、父は優しく笑った。


「心配ないよ、孫の顔だって見ないといけないのだからすぐに良くなるさ」


 そんな会話をしたひと月後……父の体調は良くなることなく亡くなった。



 公爵家は兄が継ぐことになり、バタバタと葬儀が執り行われているときだった。


「うっ……うぅ……」

「リナルーシェ……? え、どうしたの……? お腹痛いの……!?」


 私はお腹に激痛が走り倒れた。妊娠九か月のときだった。



 急いで王宮に戻り医師に診てもらったが、出血があり今日生まれてしまうだろうと言われた。


「まだ妊娠九か月よ!?」


 私を心配して駆けつけてくれた王妃様がそう言ったが医師は過度なストレスで早産を引き起こすことがあると説明した。


「ステファニア公爵の件……あなたはずっと気丈に振る舞っていたけど、つらかったのね……」


 王妃様は寝台で蹲る私の腰をさすりながら、優しい声を掛けてくれた。


「うぅっ……いたい……」


 下腹部を絞るような痛みが断続的にやってくる。


「陣痛が来てますね。王妃殿下、出産の準備に入りますので、お部屋でお待ちください。産まれましたらお呼びしますので!」

「絶対に二人の命を救うのよ! 出来なかったらどうなるかわかっているわよね……!」

「わ、わかりましたから、お部屋でお待ちください……!」


 王妃様は医師を脅しながら部屋から出ていった。


 そして陣痛が進み、痛みは徐々に強くなる。


「あぁっ、いたい、いたいっ……! うぅっ……」


 私は寝台のシーツをぐっと握りしめ蹲って痛みを堪える。

 冷や汗で髪は顔に張り付くし、涙なのか涎なのかなのかわからない液体で顔はもうぐちゃぐちゃだ。

 一分ごとに腰を鈍器で殴られるような痛みを感じ、息が上手にできない。


「リナルーシェ様!! しっかり息を吐いて呼吸をしてください! 赤ちゃんに空気を送らないと赤ちゃんが苦しくなりますよ!」

「ふぅぅぅぅーっ……!」


 赤ちゃんが苦しくなる。それはダメだと私は一生懸命に呼吸をした。


「あぁっ、また……! いたいっいたいっ」


 再び腰を鈍器で殴られる……。一体この痛みはいつまで続くのだろうか……。



     ◇



 ほにぁ、ほにぁ、とか細い泣き声が聞こえる。


「無事に生まれましたよ……。男の子です」


 体感的には丸一日苦しんだ感覚だった。へろへろのどろどろで、真っ赤でしわくちゃな顔の我が子を見て「へへ……」と変な声しか出なかった。

 「無事」という言葉を聞いて、心の中では泣きたいくらいホッとしていたが、もう涙を流す気力もなかった。


「早かったわね。で、どうなの!?」


 王妃様はすぐにこちらに駆けつけてくれて、医師に説明を求めた。

 早産だったせいか出産自体は四時間程度と一般の出産に比べてかなり短かったが、出血が多かったためしばらくは絶対安静にするようにとの事だった。

 問題の赤ちゃんの方だが、妊娠九か月の出産といえども三十五週で赤ちゃんの機能は完成しており、少し大きめに育っていたのか、体重も気持ち小さめの赤ちゃんということで特に問題もなく元気な男の子だと言われた。


「あああぁぁぁあ、よかったわ、本当に良かった。あなたと赤ちゃんに何かあっては、エルティミオが何をしだすか……」


 ん? エルティミオ様……?


「とにかく無事でよかったわ。私は陛下に報告してきますね」

「は、はい……」



 子どもの名前はアルヴィンと名付けた。これはエルティミオ様と考えた名前だ。


 ――結局お父様には孫を抱かせてあげることができなかったわ……


 お父様は悪役令嬢の父なだけあり、私にはいつも甘かった。甘やかしてばかりでダメなところもある父だったが、私は大好きな父だった。それなのに私は葬儀の途中で抜けてしまった。

 お父様……ちゃんとお別れできなくてごめんなさい。


 そしてベビーベッドに眠る我が子を見た。


「アルヴィン。これからよろしくね」



     ◇



 医師の指示通りしばらくは安静に過ごし体調が戻ってきてから、少しずつ赤ちゃんのお世話を乳母に教えてもらい始めた。

 エルティミオ様にも出産の報告の手紙を出した。ドラセナ公国までは片道ひと月かかるのでエルティミオ様が手紙を読むのはひと月後にはなるが、赤ちゃんの成長日記のように毎月一回手紙を出した。


 早産というショッキングな出産ではあったが、なんとか乗り越えこえられた。

 兄も公爵家を継ぎ、実家の方も問題なく回っていると聞き、これからはアルヴィンの世話をしながら穏やかな日々を過ごすことができると思っていた。


 だが、すぐに王宮内で嫌な噂が流れ始めた。


 『王太子妃は結婚前から他の男の子どもを妊娠していたんじゃないか』と……

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