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4 学園生活

 私は自分でできる限りのことはしようと決めた。


 ヒロインが王太子ルート以外を選んだ場合、他の攻略対象ルートの悪役令嬢にもヒロインへ嫌がらせなどのひどいことはしてほしくないし、断罪などという展開にはなってほしくない。


 私はこのお茶会の間に他の攻略対象ルートの悪役令嬢に今度お茶会に誘いたいと声を掛けた。

 ヒロインであるアリシア嬢を誘うべきか悩んだが、彼女が私たちに遠慮して自由に恋愛が出来なくなってしまうというのはよくないかと思い、彼女とは適度な距離を保つことにした。


 そして私は学園入学の十五歳までに宰相の息子の婚約者のエレノア嬢とも騎士団長の息子の婚約者のロザリー嬢とも侯爵家の息子の婚約者のオデット嬢とも仲良くなった。

 本当ならば大怪盗と暗殺者ルートのライバルキャラとも交流をしたかったが、彼女らは平民なので筋金入りの貴族令嬢の私にはそれは不可能だった。


 悪役顔の私たちが四人集まるとそれだけで何か企む悪い集団のように見えてしまうので、基本的に四人のお茶会以外、みんなで行動することは控えることにした。

 そして彼女たちには口を酸っぱくして、仮に婚約者が他の令嬢に心惹かれる様子を見せたとしても絶対に嫌がらせなどはしてはいけない、普通にしていれば、両親が別の婚約者を宛がってくれるでしょう。最悪は次期公爵の私の兄を紹介するから心清らかな淑女でいることを心がけましょうと説いてきた。


 みな素直な良い子たちでいつも「はい」と良い返事をくれていた。



     ◇



 そして時は流れ、私たちは十五歳の学園入学の年には予想通り、各攻略キャラの婚約者となっていた。


 ドキドキの入学式。ヒロインは誰を選ぶのか。もしかして逆ハールートなんかも存在するのかな、とハラハラしながらアリシア嬢がやってくるのを学園の門の陰から眺めていた……


 ……そして私は学園の入学式に遅刻した。


 私は公爵令嬢でありながら入学式に遅刻をし、十五にもなって時間を守れないなどありえない、と先生から盛大に叱られた。


 しゅんとした態度でガミガミと怒られながら考えていた。


 ――なんでアリシア嬢が入学してこないのよー!!


 もしかしたら、編入生パターンか、と翌年も翌々年も彼女の訪れを待っていたが、私は毎度始業式に遅刻して、彼女は三年間学園には一度も現れることはなかった。


 ――もしかして、モブ? モブ令嬢パターンなの!?


 そう思ってエルティミオ様の周りをよく観察して、女性の気配がないかを探ったが、そんな気配は一切なく「最近私のことこっそり見てるよね? リナルーシェ嬢に見られるとドキドキしちゃうんだけど」と言われてこっちの心臓がバクバクで爆発してしまいそうだった。



 なんだかんだで三年間の間にエルティミオ様とはそれなりに交流を深めてきた。

 彼は年に一度の誕生日の贈り物は必ず自分で選んだものを贈ってくれたし、学園終わりに新しくできた貴族向けのカフェに誘われたりもした。

 誘われた日はいつものメンバーでの悪役会があったため「エレノア嬢たちのお約束が……」と言えば「学園内ではあまり一緒にいる姿は見ないけど、昔からずっと仲良しだよね? 妬けちゃうな……」なんて嫉妬しているようなことを言われて嬉しくなってしまった。


 もちろんカフェには別の日に二人で行ってきた。

 学園の休みの日だったので、私は街歩き向きのワンピースに、その年の誕生日にプレゼントされたネックレスをして……だが必死に、浮かれてはいけない……もしかしたら見知らぬ女性が乱入してきたり……と、覚悟をしながらカフェデートに挑んだが、結局そんなことは一切ない普通に楽しい時間を二人で過ごした。


 学園のイベントでは必ず一緒に回ろうと声を掛けてくれて、一緒に生徒会に入らないかと誘ってくれた。私がヒロインの登場を恐れて答えを渋ると「少しでもリナルーシェ嬢と一緒に居られる時間を伸ばそうっていう魂胆だから、無理はしなくていいよ」と少し寂し気な顔で言われてしまう。私の胸の高鳴りは止まらなかった。

 キラキラな王子様に切なげな表情でそんなことを言われてときめかない人間はいるだろうか。私は最高にキュンキュンしたわ。


 好きになっても不毛な恋かもしれない。そう思っていても彼を好きになる気持ちは止められなかった。

 せめて彼に本当に好きな人ができるまでは夢を見させてもらおうかな、と宗旨替えまで考えた。



     ◇



 結局大きな事件もなく三年が過ぎたのだが、一度だけヒヤリとする出来事があった。

 いつもの悪役会でのことで、騎士団長の息子ネイト・サンデリアーナ伯爵令息の婚約者であるロザリー嬢が面白いものを手に入れたと見せてくれた。


「多分魔法道具だと思うのですけれども……『相手の心の声が聞こえるお守り』らしいですわ」

「っ!」


 見せられたのは『恋シェフ』内に登場する裏アイテム。『恋シェフ』では攻略キャラの好感度が一定以上でないとバッドエンドを迎えてしまうため、好感度がどのくらいか把握ができない場合はこの裏アイテムを使って好感度を測ることができる。


「学園の裏路地で占いをしているおばあ様がいらして、たまたまお迎えの馬車が遅れていたので時間潰しに立ち寄った時に、購入を勧められたのです」


 ゲーム内ではその占い師の出現する時間と場所の条件があったのだが、おそらくロザリー嬢は偶然その条件に合致してしまったのだろう。

 ゲームをしているときは便利な道具と思い、攻略サイトで時間と場所を調べ、お金を貯めて購入したものだが、これが現実に存在するとなるとちょっと危ないアイテムだと思う。


「こ、これ……高かったのでは……?」

「? ええ、でも買えない金額ではありませんでしたので……」


 ゲーム内ではかなり法外な金額だと思ったが、ロザリー嬢は資産家伯爵の娘で「高い」なんて言葉には縁がないのかもしれない。


「使い方は相手の髪の毛を一本このお守りの中に入れるだけと聞きました。それで心の声が聞こえるようになるのだとか」

「えー! すごい! 本当に聞こえるようになるのかしら」


 エレノア嬢もオデット嬢もわくわくした顔でそのお守りを見ているが、私は眉を顰めた。

 口の悪いツンな婚約者のデレな本音が駄々洩れ! や無口で仏頂面の婚約者のえっちな本音が聞こえてます! なんて展開もハッピーエンドを迎える可能性はある。

 だけど忘れてはいけない。私たちは悪役令嬢で破滅の可能性が他人よりも多く潜んでいる。


「ロザリー嬢……そのお守りにはもしかしたら他人の精神干渉するような違法な魔法が掛けられている可能性があるわ」

「い、違法……!?」

「心の声なんて聞かれて嬉しいと思う人はいないわ。ロザリー嬢が違法な道具を使っているとサンデリアーナ伯爵令息が知ったら何て思うかしら。相手の本音を知りたいのなら対話を惜しんではいけないわ」


 ロザリー嬢はハッとして顔を青くした。


「そ、そうですね……。私この魔法道具のことネイト様に報告します。彼のお父様は騎士団長だからきっと良いように動いて下さりますわ」

「そうね、それがいいわ」


 エレノア嬢とオデット嬢も私の意見に賛同してくれて、うんうんと頷いてくれた。



 その後、お守りのことをサンデリアーナ伯爵令息に報告したときの様子をロザリー嬢は教えてくれた。

 二人はそのお守りを騎士団に報告する前に結局本当に心の声が聞こえるのか、お互いの髪の毛を入れて試したらしい。そしてお互いの甘々な本音が聞こえてよりお互いの仲は深まった、と。ただの惚気を聞かされただけなのだけど、幸せそうなのでよかった。

 お守りについては現在騎士団で調査中らしい。



 ゲームの世界なので裏アイテムというものはいくつか存在する。今回の『相手の心の声が聞こえるお守り』は前世ではネット上の攻略サイトに多く挙げられていたので私も知っていたが、まだ一般に情報が出回っていない裏アイテムもあると思う。

 私たちはこの世界を現実として生きる人間だから、違法な道具を便利なアイテムと思って簡単に飛びついては危険だ。



     ◇



 そして迎えた卒業式の日。

 悪いことなど何もしていないけど断罪、というパターンもあるかもしれないと、問われたその日に何をしていたのかすぐに答えられるよう、三年分の日記を持って卒業パーティーに参加した。


「リナルーシェ嬢? エスコートしたいから、その大荷物は警備に預けておこうか」

「はい……エルティミオ様、すみません……」


 それなりに嵩張る荷物だったが、出番はなかった。



 卒業パーティーで最後のダンスが終わったとき、エルティミオ様は私に言った。


「私と君は政略で決められた婚約者。愛はなくとも結婚できる関係だ」


 愛はなくとも結婚できる……それを聞いて私の胸はツキリと痛む。

 だが、エルティミオ様は私の前で跪く。


「でも、私の婚約者がリナルーシェ嬢で心から良かったと思っている。君のことを好きになったんだ。何事にも真面目で一生懸命で、たまに突飛な行動をするところも愛おしいと思っている」


 と、突飛……!? まぁあれだ。入学式で遅刻したり、今も嵩張る荷物を会場の警備に預けている。そういうところを言っているのだろう。


 彼は片手を差し出した。


「リナルーシェ嬢、愛してる。どうか、この手を取って、私と結婚してください」


 私の視界がじわっと滲む。


 ――だめ……今泣くのは……だって……


 ちゃんと確認しないと……!

 私は涙を堪えて、そっと周りを見渡す。みな、緊張したような面持ちでこちらに注目している。

 ヒロインもいないし、モブ令嬢もいない。留学中の隣国の王子様も王女様もここにはいない。


 私は本当はずっとその手を取りたかった。でもいつかヒロインが現れるかもしれないと自分の気持ちに予防線を張っていた。


 今日は卒業式。もう乙女ゲームも悪役令嬢も終了だよね。


 私は意を決して、彼の手を取った。


「私もエルティミオ様をお慕いしております。どうぞよろしくお願いいたします」


 その瞬間会場がワッと盛り上がり私たちは温かい拍手に包まれた。

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