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25 真相

 あれだけエルティミオ様から逃げ回っていたのだが、彼の想いを知った今、私は自分の想いに蓋をすることなどできない。エルティミオ様に「私の妃としてシェフレラ王宮へ帰って来て欲しい」と言われて私は「はい」と返事をした。

 王宮へ帰るのは少し怖いが、私以外の人間が彼の隣に立つのはやっぱり嫌だ。


 アンナ嬢はあれからすぐに王都の騎士団へと護送されることになり、この日はもう遅かったため、私たちは宿に帰って休んだ。


 部屋に戻るとアルヴィンはすやすやと眠っていた。

 宿の前で見張りの騎士からアルヴィンが無事なことは確認済みだったが、私もエルティミオ様もアルヴィンの寝顔を見て、目を見合わせて顔を綻ばせた。


 カミラも先に戻った騎士から私の安否は聞かされていただろうが、私の顔を見て「ご無事で良かったです」とホッとしたような顔をした。



     ◇



「エルティミオ様も一度目の人生の記憶が……?」


 翌日エルティミオ様がすべて説明するからと時間を取ってくれた。

 私は早速一番気になっていた点をエルティミオ様に質問する。


「ああ、まずは私から順を追って説明しよう」


 エルティミオ様は頷いてから話し始める。

 エルティミオ様の一度目の人生。ドラセナ公国から一時帰国をした際、私に会いに離宮へ行くと、アンナ嬢が王家の秘宝『成りすましの指輪』を使って私に成りすましてエルティミオ様を迎えた。エルティミオ様はすぐに偽者であることに気付くが、そのとき、すでに私は地下牢で衰弱死していた。アンナ嬢は『成りすましの指輪』を怪盗ワロンに盗み出させて手にしていたらしい。


「王家の秘宝の情報は王家以外には知ることのできない極秘事項であるのに、なぜ彼女が王家の秘宝について知っていたのか、怪盗ワロンにはどう接触したのかと聞いても、彼女は『カキンして情報屋から聞いた』『コウリャクサイトにのっていた』というばかりで彼女の言うカキンの情報屋についてもさっぱりわからないし、コウリャクサイトがなんなのかは理解できなかった」


 そして、エルティミオ様は死んだ私を救うため、王家の秘宝である『時戻しの宝玉』を使って学園時代まで時を戻して二度目の人生を送ることにした。


「本来『時戻しの宝玉』は使用者のみしか一度目の記憶は残らないはずなんだ。だから君に一度目の人生の記憶があると聞いて驚いた」


 私は、ああ、と思う。だからアリシアに扮したエルティミオ様は私が一度目の人生の記憶があると話をしたとき「そんな事象は聞いたことがない」と言ったのだと。


 そして二度目の人生、あらぬ噂で私が悩んだりしないように、結婚前から王宮入りさせたり、初夜の後も色々と工作をしていたと聞かされた。


 ――寵愛がすごい……鬼畜……絶倫……の噂はエルティミオ様のせいだったのね……


 私はそこまでする必要はなかったのでは、と突っ込みを入れたい気持ちになったが、彼は本気で私のことを想ってしてくれたことだと思うと、まあ良いかと話を流した。


 そしてアンナ嬢の存在についてはこの時点ですでに色々と調べ上げ、警戒し、常に見張りを付けていたらしい。

 彼女は悪役会(乙女ゲームの悪役令嬢キャラでの集まり)でも一度話題に上がった『相手の心の声が聞こえるお守り』を始めとするたくさんの違法魔法道具を集めており、それを理由に逮捕された。ただし、罪が違法魔法道具の所持・使用、という程度のもので、捕まったのが貴族令嬢であるのなら本来注意勧告程度で済む程度のことだった。しかし違法魔法道具の保有量が多かったことから、エルティミオ様は悪質であると見解を述べ、修道院送りとなった。それに伴い、王宮勤めをしていたモーブ伯爵は王宮での仕事を退任せざるを得なくなった。


「モーブ伯爵って……私、一度目の人生で一度お会いしていると思うのです。確か……父の補佐官をしていたはずで……」


 法務大臣をしていた父が体調を崩した際、父に頼まれ補佐官をしていたモーブ伯爵に書類を届けた覚えがある。


「そう。一度目の人生、君が亡くなってからステファニア公爵家へ行ってステファニア公爵の死について確認したんだ」


 父の体調不良は突然で、父の死に違和感を抱いた兄は父の死後、父の身体を専門の医師に見せて調べていた。医師の見解ではどうやら少量ずつ毒を与えられていた可能性があると。


「アンナ・モーブは父の手伝いと称して、王宮に出入りし頻繁にステファニア公爵にお茶を用意していた」


 自分の部下の娘である伯爵令嬢の用意するお茶を毒見など出来ることもなく、父は少しずつ毒を摂取して体調を崩して死んでいったということらしい。

 そして、王宮内で力を持っていた父がいなくなったことで私に関する嫌な噂が広がった。


「だから二度目の人生ではアンナ・モーブを王宮に出入りできないよう、どうしてもアンナ・モーブの罪でモーブ伯爵を失脚させたかった」

「お父様はエルティミオ様のお陰で救われたのですね……」


 私だけでなく父のことまで助けてくれていた。


「ステファニア公爵は君のことを心配しつつも大臣として今もしっかり活躍してくれているよ」


 エルティミオ様が優しく微笑むものだから、泣きそうになってしまう。



「こうしてルーシェの憂いは全て取り払ってから公国へと発ったはずなのに、ルーシェが誘拐されたと聞いて絶望したよ」


 実際の私は誘拐されたわけではなく自分から王宮を逃げ出したので、エルティミオ様の想いを聞いて申し訳ない気持ちになる。


「でも公国が荒れている中、大公代理をする私が公国を離れることはできず、君をルーノラの村で見つけたという報告を聞くまで生きた心地がしなかったよ。しかも誘拐されたと思っていた君はアルヴィンと一緒に散歩をしていたと聞いて唖然とした。ああ、責めているわけではないよ。君が一度目の人生の記憶があるというのなら、地下牢に入れるように命じた人物から逃げるのは当然の心理だとは思うから」


 それからもエルティミオ様は騎士を使って私を探し続けた。


「なかなか見つからないはずだよね。まさか別人に成り代わって生活しているとは思わなかったから」

「ドロシー……私が姿を借りていた女性からは姿を借りる許可はもらいました……」

「ははっ、大丈夫。責めてないよ」


 でもそれから一年してエルティミオ様に見つかった。彼は姿の違う私を一発で見分けた。


「エルティミオ様はあと一年、大公代理の任期が残っていましたよね」

「ああ、さすがに私も二度目の大公だから、発生する問題は全て先手を打たせてもらって早期に解決させてもらったよ。そして本来大公を継ぐ予定だったドラセナ大公子息も優秀な子だったから、特別法案を議会に提出し、特例として成人よりも一年早くドラセナ大公子息に大公を継いでもらう法案を可決してもらったんだ。まあ補佐官も優秀な人物だから、あの国はもう私がいなくても問題なく回るよ」


 だから彼は一年早く帰国できたのだという。


「あ、あの……アリシアがヒロインだとか……乙女ゲームのこととか……」

「ああ、それは本当のこと。ジェラルドが教えてくれたんだ。始めはジェラルドの言っている意味が分からなかったが、ジェラルドに『騙されたと思ってリナルーシェ妃に言ってみてごらん』と言われたんだ」


 どうやらジェラルド殿下はアリシアが日本人女性としての前世の記憶があることを聞かされていたらしい。アリシアは私にも同様に日本人女性としての前世の記憶があって自分が悪役だからエルティミオ様から逃げているのでは、とジェラルド殿下に話をした。

 ジェラルド殿下は全てをエルティミオ様に丸投げしようとしたが、アリシアは私が事情を話すまで待ってほしいとお願いした。

 そこでタイミングよくエルティミオ様がジェラルド様に私のことを直接相談しに行ったため、アリシアのしてくれた話をエルティミオ様にそのまま話し、ジェラルド様はエルティミオ様に私を引き渡すことにした。


「驚いたよ。ルーシェには一度目の人生の記憶よりもさらに前の人生の記憶があったんだね」

「はい……あの……」


 でも、これをどう説明すれば良いかわからず、私は言葉に詰まってしまう。


「いいよ。その話はまた今度、ゆっくりじっくり聞かせて。それよりジェラルドから手紙を預かっているから、後でポリシャス伯爵令嬢に手紙を書いてあげてほしい」

「手紙?」


 ジェラルド様からの手紙はこうだった。

 エルティミオ様からの圧が凄すぎて、アリシアに内緒で強引な方法を選んでしまった。誤解も解けていないのにエルティミオ様に私を引き渡したことや勝手に前世の話をしたことがバレたらアリシアから嫌われてしまうので、上手く収まるべきところへ収まったのであれば、隠すところは上手く隠してアリシアに報告の手紙を書いてほしい、ということだった。『できれば、ジェラルド殿下のお陰で……という一言があれば、アリシアに怒られずに済むからお願い』という一文があり、私はすぐにそのように手紙を書くことにした。


 アリシアだと思って正直に事情を話したところで実はアリシアではなくエルティミオ様だったとわかった瞬間はかなりの恐怖を感じたので、ジェラルド殿下には文句を言いたいところではあるが、心優しいアリシアにはとても救われた。私の手紙一つでアリシアとジェラルド殿下が仲良く過ごせるのであればそれに越したことはないと思う。


 ――それにエルティミオ様の圧が怖いっていうのもなんとなく理解できるしね……



「ようやく君を捕まえることができたと思っていたのに宿で君が誘拐されて、私はまた君を失うのかと頭がおかしくなりそうだったよ」


 修道院にいたアンナ嬢には見張りを付けており、騎士の報告では見張っていたアンナ嬢は修道院から一歩も外へは出ていなかった。

 だが、それは不思議な魔法道具で見せられたアンナ嬢で、小屋でアンナ嬢を捕らえた後に修道院にいたアンナ嬢へ接触を計るとアンナ嬢は人形に変わってしまったらしい。おそらくその魔法道具が彼女の言っていた裏アイテムの『身代わりの人形』なのだろう。


「あの……どうして、私の囚われている場所がわかったのでしょうか?」


 私が監禁されていた場所は宿から遠い場所ではなかったが、町の入り組んだ裏路地にある小さな小屋で外からでは私が囚われていることなど到底わかりそうにないところだった。


「ああ、それはね、そのネックレスに私の魔力が込められる術式を組み込んでもらったからだよ」

「魔力が込められる術式……?」

「人は他人の魔力を感じることはできないけど、自分の魔力を感じることはできるでしょう? そのネックレスには私にだけ感じられる私の魔力が込められているから、君がどこにいても私にはわかるようになっているんだ!」

「え……」


 私たちは自分の魔力の流れを自身の身体の中で感じることはできるが、他人の魔力については何も感じることはできない。


「もともとは魔力切れ防止のために、魔力を蓄積して必要なタイミングで自分の身体にその魔力を補充するという目的で魔力を込められる魔法道具を開発してもらっていて……」


 魔力のバッテリーみたいなものだろうか。


「魔力を込める術式までは出来上がったんだけど、それを自分の身体に取り込む術式まではまだ研究が進んでいなくてね」


 魔力バッテリーの実現にはまだ時間がかかるらしい。


「ルーシェ、すぐネックレスをいろんなところに落として来ちゃうでしょ? 先日ならず者のアジトからネックレスを回収したときに、今度は落としてもすぐに取りに行けるようネックレスに魔力を込められる術式を刻んでもらい、私の魔力をたっぷりと込めておいたんだ。おかげですぐにルーシェの居場所がわかったよ」


 それってこのネックレスはエルティミオ様専用のGPSってこと……?

 私の背筋に寒気が走る。


「ルーシェ? ネックレス、また落としてしまっても、私がすぐに見つけ出してあげるからね」


 私を見つめてうっとり微笑むエルティミオ様の瞳は、瞳孔が開き切った闇の深い色をしていた。

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