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23 ちゃんと話をするべき

「まあ、ただの寝ぐずりでしょうな」


 ――でしょうね。


 わかりきった診療をさせてしまったことを申し訳なく思う。


 ロベレニー王国の王都は国の中心地よりもシェフレラ寄りにあり、エルティミオ様が御者に指示を出した時にはすでにロベレニーを越えてシェフレラに入っていた。

 実はこのフィカスという町には一度来たことがある。シェフレラとロベレニーとの国境近くの町で、町にある宿は全て乳幼児お断りで、町の診療所の初老の医者は熱が出たアルヴィンを前にしてどんなに頼み込んでも、休診日だから明日出直すようにとしか言ってくれなかった。


 馬車を降りると後続の馬車にサンデリアーナ伯爵令息や他にも騎士が数名いて驚いた。皆、騎士服から着替えて、一人はエルティミオ様の従者として、サンデリアーナ伯爵令息と残りの騎士は町では隠れて護衛をしてくれるらしい。私には一人の女性騎士を付けられた。カミラという女性騎士は「心配だからお前は隠れずにルーシェに付け」と指示をされて、彼女は私にピタリとくっついている。

 (逃げ出されたら)心配だからということだろう。


 フィカスの町に着いてすぐに例の診療所へ向かった。どうやら休診日だったようで、まだ夕方前の時間だと言うのに今日も休診の札が下がっていた。

 だが、エルティミオ様は構わず診療所の扉をどんどん叩く。そして出てきた初老の医者は案の定「休診の札がかかっているだろう!」と文句を言った。だが、エルティミオ様の従者役の騎士が医者に「この方をどなただと心得る」と凄んだので、その医者はエルティミオ様を見てびくりとする。「一般の民にそのような態度をとるでない」とエルティミオ様が言うと、明らかに貴族らしい風貌に医者は誰だかわからないが、偉い人が来てしまったとすぐにアルヴィンを診てくれた。


「アルヴィン、問題なくて良かったな」

「ええ、ええ、どこも異常もなく何よりでございます」


 初老の医者は手のひらを返したような態度で揉み手をする。

 寝ぐずりの診断を下した後、一瞬だけ寝ぐずり程度で医者へくるなよ、と言わんばかりの顔をして、従者役の騎士に「何か言いたいことでも?」とすごい顔をされて「なんでもございません」と揉み手をしながら作り笑いを浮かべていた。


「心配でしたら、今日一日は安静にお過ごしくださいませ」


 医者からはそう言われエルティミオ様は「この町にはあまり長居をしたくなかったのだが仕方がない」と宿を取ることにした。


 診療所を出たところで私は通行人にぶつかってよろけてしまった。


「あっすんません!」


 通行人は謝ってくれたが、アルヴィンを抱いた状態でバランスが取りづらく、よろけて壁に当たりそうになったとき、壁と私の身体の間にエルティミオ様の腕が入り込み、抱き込まれるような形で助けられた。


「ルーシェ、大丈夫?」

「は、はい……すみません」


 近い距離で顔を覗き込まれてドキドキした。


「ああっ、俺のせいで、すんません! うわぁっ、血が出てるじゃないですか!」


 エルティミオ様は手の甲を壁にぶつけていた。

 私とぶつかった男性は、エルティミオ様の手を取り、出血してしまった手の甲にポケットから取り出したハンカチを当たる。


「大したことはない。彼女と子どもに怪我がなかったんだからそれで良い。気にしなくて良い」


 エルティミオ様がそう言うと、男性は「すんません、すんません」と頭を下げながら去っていった。

 私は背中や腕にエルティミオ様の熱を感じて、心臓がいつもより少しだけ速く鼓動した。



 それから今日宿泊する宿を探したが、案の定、一軒目から「乳幼児をお連れのお客様は……」と断られてしまったのだが、どういう技を使ったのか、従者役の騎士が「宿、取れましたよ」と二軒目で宿が取れた。


「この町は子どもに対する理解が乏しいな………ロイドにでも指示をしておくか……」


 エルティミオ様は一連の様子を見て、そのように呟いた。


 この町の人からしてみれば、寝ぐずりでわざわざ医者にかかるような人には子どもに対する理解云々言われたくないとは思うのだが、子連れが肩身の狭い思いをするというのはいただけないので、エルティミオ様の発言にこっそり共感した。

 エルティミオ様の言うロイドという人物は宰相の息子であるロイド・ゼブリナ公爵令息のことで、国内のあらゆる政策に彼が関わっており、決定した政策は徹底的に施行するよう貴族や領主への圧がすごいと聞いたことがある。

 国としては子どもに優しい国を目指しているので、きっとこの町はもうすぐゼブリナ公爵令息の圧により子どもに優しい町へと変わっていくと期待できる。


 宿に着いて、部屋を案内されたのだが、当たり前のようにエルティミオ様が私とアルヴィンと同じ部屋に入ろうとしてギョッとした。エルティミオ様は「夫婦なのだから同室でいい」と言ったが、アルヴィンが「ちらない! ちらない! やーっ! やーっ!」と言って泣き出してしまい、エルティミオ様は絶望したような顔で隣の部屋へと入っていった。どうやらアルヴィンが寝起きから何度も泣いてぐずっていたのは知らない人(エルティミオ様)が一緒だったからのようだ。

 アルヴィンは女性騎士のカミラには泣くことはなかったので、結局私はカミラと同室となった。


 夕食は部屋に運んでもらっていただいた。わざわざ毒見までしてもらってから食事を口にする。アルヴィンの食事には卵料理も入っており、さっきまでご機嫌斜めだったアルヴィンは嬉しそうに食べていた。


「リナルーシェ殿下、あまり窓の方には近寄らないでください」

「わかったわ」


 夜、アルヴィンが眠りに就いた後、窓を開けて夜風に当たっていた。二年もの平民生活でこのような行動を当たり前にしてしまったが、護衛対象に何かあると護衛騎士が責められしまう。窓の付近は矢などの飛び道具で狙われる可能性がある。私は大人しくカミラの言うとおりにしようと、開けていた窓を閉めようとした──が、窓の外の景色を見て、私の胸はドキリと大きく跳ねる。

 窓の向こうにある人物が見えて私はガクガクと震えた。


 ――なぜ……彼女がここに……!? 彼女は公国にいるのでは……?


 嫌な汗が背中に滲む。


 ――『もう君は必要ない。これからは彼女が君の代わりになるから』


 ――『誰の子かわからないような子どもを王子として育てるわけには参りませんから、この子は私が責任をもって里親を探してあげますね』


 あの時の台詞がぐるぐると私の頭を駆け巡る。


 彼女はローブを深くかぶっていて顔がわかりにくい状態だった。それでも私は彼女のことを見つけてしまった。

 咄嗟に逃げたい衝動に駆られる。


 怖い。いやだ。見たくない。


 そんなことばかりが頭に浮かぶ。

 だが、私はふと首にかけられたネックレスを握りしめる。


 ――まだちゃんとエルティミオ様と話をしていない。


 エルティミオ様は誤解だと言っていた。私とアルヴィンのことを守るとも……。

 アルヴィンを自分の子だと言っていたし、大切にしようとしているとも思う。

 私は前を向く。


 怖い。だけど、やはりちゃんと話をするべきだ。


「エルティミオ様とお話がしたいのだけど……」

「では、エルティミオ殿下のお部屋へお供します」

「いえ、あなたはアルヴィンに付いていて、廊下にも護衛はいるのでしょう? であれば、隣の部屋に行くだけだから大丈夫。アルヴィンを置いて逃げるつもりもないから」

「そうですね。お休みされているアルヴィン様を起こすのも忍びないですしね。では、お気をつけていってらっしゃいませ」


 カミラもアルヴィンを置いて逃げるつもりがないと聞いて納得した。

 そして私は一人で廊下に出た。エルティミオ様はサンデリアーナ伯爵令息と同室で、廊下の護衛は二人ずつ交代で警備しているはずだ。


「あれ……? いない?」


 私はともかく王太子の警護を任されている護衛が二人もいないというのは少しおかしい。

 私はすぐに部屋に戻る。


「廊下の護衛騎士がいないわ! 私は急いでエルティミオ様に伝えてくるから、あなたはアルヴィンをお願い!」

「いえ、私が報告して参ります」


 カミラはそう言い、私もこの状況でアルヴィンから離れることには抵抗があったのだが、同時に私でアルヴィンのことを守り抜けるのかという不安がよぎる。


「あなたはここでアルヴィンを守っていて、私とアルヴィンと二人きりの時に何かあった場合、非力な私ではアルヴィンのことを守り抜けないかもしれない」


 女性騎士は苦い顔をしたが「わかりました」とアルヴィンに寄り添った。私は「よろしくね」とすぐに廊下に出て隣の部屋へ急ぐ。

 異様にしぃんとした廊下が気持ち悪い。私は扉をノックしようとしてすんでのところで手を止める。


「──こうなるなら強引だが地下牢にでも入れてしまえばよかったんじゃないか!?」


 地下牢……!?

 物騒な言葉を発したのはサンデリアーナ伯爵令息だ。


「そういうわけにはいかない。奴はまだ、違法魔法道具を使用した……という程度の罪しか犯していない。その程度の罪で与えられる罰としては修道院送りがせいぜいだ。貴族令嬢なら知らなかったと言えば、注意勧告で済むレベルの罪だ」


 エルティミオ様の声で違法魔法道具という言葉が聞こえて私はぎくりと手首を押さえる。そこには腕時計の形をした、ウォーレンからもらった自分の姿を消すことができる魔法道具がある。他人に干渉するような魔法道具は違法で、これは人の視覚に干渉する作用がある。つまり私は違法な魔法道具を使用していた。


「だったらもうちょっと泳がせて大罪を犯すところを捕まえたらよかったんじゃないか!?」

「そんなことをして彼女に危険が及んだらどうする!」


 ヒロインを守るために私を修道院送りにでもしようとしているような会話にも聞こえる。彼はアルヴィンのことを自分の子だと言っていた。私が修道院送りにさせられるのであれば、王子であるアルヴィンとは引き離されるだろう。

 やはりアルヴィンを連れて逃げるべきか……一瞬そう考えて首を振る。


 先走ってはいけない。

 彼らは、奴……や、彼女……という言葉で会話をしており、それが私とヒロインのこととは限らない。

 まだこれ(魔法道具)は取り上げられていない。ちゃんと確認して、それでも私がアルヴィンと離れ離れにさせられるのであれば、それから足掻いてみればいい。


 とりあえず、護衛騎士がいない状況を伝えよう。私はしっかりと前を向いて扉をノックした。


「エルティミオ様、リナルーシェです。少しよろしい──んぐっ……!」


 私は突然何者かに湿った布で口元を押さえつけられ、鼻を強く刺激する匂いの薬品を吸い込んでしまった。手足の力が抜けていく。

 すぐにぺたりと座り込み徐々に意識が遠のいていく。


 遠のいていく意識の中、やはりカミラにアルヴィンをお願いしておいてよかった、とそれだけを考えていた。

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